第19話 飛べ! ベリー号

     飛べ! ベリー号


「男の子って、ああ言うことになるとどうしてあんなに夢中になっちゃうんだろう」

 サトちゃんが言うと、ピピチャビがうなずく。

「そうねえ、男の子って単純で幼稚なのよ」

「私もその意見に賛成。さあ、私たちは交代した人たちに飲み物をくばりましょ」

 ふたりは飲み物を乗せたトレーを持つと歩きだした。横目で、出来あがった武器に眼の色を変えて夢中になっている、カッチン、ヤッチン、ヨッチンを見る。ふん、二人は鼻を鳴らし 澄ました顔で横を通り過ぎた。三人はそれにも気づかない。ほんとに男の子ったらどうしようもないんだから。

 だが戦いを前にした猫達は真剣だった。山羊のおじさんとゴリさんも、真面目にカッチン、ヤッチン、ヨッチンの三人から使い方を教えてもらっている。ヤマト親分とニモもしっかりと聞いていた。

 レンコンバルカン砲。モウソウバズーガ。ホウセンカボンブ。サボテンミサイル。新たに松ぼっくりを使うマツボックリランチャーと、立ち枯れた木の洞で作ったキノウロ一〇五ミリ無反動砲が加わった。大きくて重い無反動砲はゴリさん専用で、ゴリさんが肩に担いで使うのだ。

「これで戦う準備はなんとか間に合ったようだな」

 ヤマト親分が言うと、ニモが続けた。

「あと一時間足らずで、苺の収穫と摘みこみは終わるでしょう。それからが、勝負です」

「そう言うことだ。野郎ども、油断するんじゃねえぞ」と睨みを利かせてから、ヤマト親分はカッチン、ヤッチン、ヨッチンの顔を順番に眺め、呆れた顔でこうつぶやいた。

「それにしても小僧ども、おめえたちはいっつもこんなことばかり考えていやがるんだろうなあ。いたずらの名人になるはずだ。よくもまあ、次から次へと考えつくもんだ。一度その頭の中を覗いて見てえもんだぜ」

 突然、金属がぶつかり合うような激しい音が響いた。シールドが一瞬歪んだように見えた。ギチギチギチとシールドを締め上げる音が強くなってくる。鶏のおばさんたちや山羊のおばさん、猫の女性たちが悲鳴をあげる。

「こちらの都合に合わせる気はないようですね」ニモが唇を噛んだ。

「世の中そう言うもんだ。お天道様だって、照って欲しい時にゃあなかなか顔をみせてくれねえ」

「だからこの世は面白い」ニモはヤマト親分にうなずき返した。

「野郎ども、配置につけ。おっぱじめるぜ」

「慌てないで。まだ時間はある。手が空いた者は苺を収穫してベリー号に摘んでくれ。収穫が終わったらご婦人は離れの土蔵に避難して、看護の準備を」

 ヤマト親分とニモがてきぱきと指図を出した。

 みんなは不安に怯えながらも、自分達の仕事に戻っていく。

「ハルさん、シールドはあとどれくらい持ちそうだ?」ヤマト親分が聞いた。

「思ったより囚われの網の力は強そうです。あと三十分もつかどうか」

 ハルおばあさんが淡々とした調子で答えた。

「シールドのエネルギーを一点に集中して網を破り、その間に脱出する計画は断念しなければならないと言うことですね」

 ニモも感情を抑えた声で言った。

「ええ。でもこれだけのエネルギーが衝突するのですから、シールドが破られた時には、囚われの網も消滅するでしょう。その瞬間を狙って私たちは飛び立ちます。ですから、皆さんは古屋敷に身を隠してください。バグジー達の狙いは苺と私たちですから、バグジーは私達を追いかけるでしょう」

 ヤマト親分は黙ってハルおばあさんを見た。何も言わずに、じっとハルおばあさんをみつめている。それから、ふうーうーっと深いため息をついた。

「ひとりでしょいこむつもりかい」

「……」

「サトちゃんも残していくんだろう?」

「親分さん……」

「何故分かるのかって?分かるんだよ」

「バグジーは容赦なくみなさんを傷つけるでしょう。わたしは……」

「ふざけるねえっ。俺達はな、そんなつもりで苺を育ててきたんじゃねえそ。猫だけじゃねえ、犬も鶏も山羊も牛もみんな同じだ。これはハルさんひとりの苺でもなきゃ、あんたひとりが背負う仕事でもないってことさ。みんなで育てた苺だ。みんなが力を合わせるのは、この最後の今なんじゃねえのか」

「誰も、あなたひとりに背負わせて隠れていたいなどとは、考えもしないでしょう。特にあの……」

 ニモの言葉を受けてヤマト親分が顎をしゃくった。

「あの小僧どもは、絶対に承知しねえや」

 ヤマト親分に微笑むと、ハルおばあさんは頭をさげた。

「親分さん……」

「おっと、礼を言うのは、戻ってきてからにしてくれ。今はちょいと取り込み中でな。ハルさん、あんたは出発の準備を急ぎな」

 踵をかえすと、ヤマト親分は悠々と歩み去った。ハルおばあさんの眼が潤んで、きらきら光っている。

「この草で編んだ六つの人形で、子供達とあなたのダミーを作ってください。それと、離れの縁の下の木箱で、ベリー号のデコイも作ってください。ダミーは敵を引きつけておくのに役立つでしょうし、デコイは敵を撹乱するでしょう。……みんな、お帰りをお待ちしていますよ」

 草で編んだ人形を手渡すと、ニモは軽く会釈してその場を離れていった。


 三十六匹の猫。山羊のおばさんとおじさん。犬のクロベエとその友達。牛のゴリさんと仲間。鶏のおばさん達。カッチン、ヤッチン、ヨッチン。ピピチャピとサトちゃん。そしてハルおばあさん、ヤマト親分と若き猫のリーダーニモ、あわせて、六十二人。この六十二人で、バグジーと二百三人の魔法使いと戦わなければならない。

他にもたくさんの猫や犬や鶏のみんなが手伝ってくれたけれど、シールドが張られる前に古屋敷にいたのは六十二人。外にいるみんなは大丈夫だろうか。きっと心配してるだろうなあ。カッチン、ヤッチン、ヨッチンの三人は、レンコンバルカンやマツボックリランチャーをセットしながら、そんなことを思っていた。サトちゃんとピピチャビは、皆に混じって一生懸命苺を摘んでいる。みんなで耕し、みんなで植え、みんなで育てた苺。

 苺の苗を植え終わった夜、襲ってきたネズミを追い払ってからも、気が抜けない日々が続いた。水をやり、雑草を取り、肥料を足した。梅雨の間、苺が根腐れしないよう、水はけの具合に気をつけた。

 その間、サトちゃんには友達がいっぱい出来た。カッチン達は、ピピチャピとサトちゃんと一緒に、毎日一生懸命、苺の世話をした。猫達は、苺畑を鼠に荒らされないよう、交替で夜の見張りをやってくれたし、山羊のおじさんとおばさん、鶏達は、雑草取りや肥料を足す時に必ず来てくれた。クロベエ達や猫達も一緒だ。

 梅雨が明け、苺の白い花が咲き夏が来た。苺畑の上で蜜蜂がぶんぶんうなり、水まきが忙しくなり、やがて小さな苺の実が出来た。ニモやヤマト親分は、人間の姿になって毎日アトリエにやって来た。苺畑をながめ、ハルおばあさんと長い時間話しこみ、いつの間にか帰っていった。目立たないが、充実した日々だった。収穫だって、朝露がキラキラ光る苺畑にみんな揃って、笑顔で楽しい瞬間になるはずだった。それが、それがこんなことになるなんて思いもしなかった。

「や、破れるう」誰かが叫んでシールドを指さした。

 全員がシールドを見あげた。ギイギュギュ、キインキイン、ピシピシッとシールドが音をたてる。青い光のシールドを、黄色い網が締め上げ、シールドは脆いガラスのように固くなっていく。網がシールド喰いこみ、パシッ、バチッバチバチバチと火花を散らした。シールドの欠片がパラパラと落ちてきた。

「摘んだ苺を積みこめ!女性は土蔵へ!」

 ニモが、山羊のおばさんや鶏婦人会を誘導している。ダミー人形やベリー号のデコイを並べる者、武器に飛びつく者、苺を積みこむ者、まだ諦めきれずに苺を積みつづける者。みんなが走り、みんながそれぞれの役目を続け、みんなが苺を守るために祈っていた。

「始まるぞ!女は土蔵へ、男は武器を持て!」ニモが叫ぶ。

「正念場だぞてめえら」

 ヤマト親分が咆えている。吠えながらハルおばあさんをベリー号へ押しやっている。

 パキッとひときわ大きな音が響き、シャリン、シャリンシャラシャラシャラとシールドが砕け散った。黄色い光が閃き、青い光が砕け散り古屋敷に陽射しが射しこんだ。見あげる空には、古屋敷を取り囲む無数のコウモリの影。

 コウモリの中に、人間ほど大きな奴がいる。あれがきっとバグジー達に違いない。コウモリが一斉に笑い出した。キイッキッキッキッキッ……。笑い声は大きくなり、コウモリの眼が赤く光り出す。冷たいつめたい光りだ。

「あぶない、逃げろ」カッチンは苺畑へ向かって駈け出した。

 ヤッチンとヨッチンも後を追いかける。サトちゃんとピピチャピが、まだ苺を摘んでいるのが見えたからだ。

「だめよっ、まだ足りないかもしれない!」サトちゃんが泣いている。

「もっと、もっと摘まなきゃ!」ピピチャピも泣いている。

「もう止めるんだ。ベリー号へ行くんだ」ヤッチンが叫び返す。

「出発だ」ヨッチンがサトちゃんの腕を取って立ちあがらせる。

「いや、いや、いやよ。私の村の苺」

 ヨッチンの手を振りほどいて、サトちゃんは苺を摘もうとする。

 カッチンは走り寄り、力いっぱいサトちゃんの肩をつかんで立たせた。

「馬鹿っ。サトちゃんのバカっ。みんなを信じるんだ。みんな仲間だ。仲間の力を信じるんだ」

 カッチンはサトちゃんの手をしっかりとつかんだまま、ぐいぐいベリー号へむかって引っ張っていった。

 苺畑に残っていたクロベエが、何を思ったのか後ろ足で苺を根っこから掘り返し始めた。

 掘り返された苺は実をつけたまま、そばの木箱に蹴りこまれていく。

「これも持って行ってくれ」クロベエがヨッチンに叫んだ。

「ありがとう」ヤッチンとヨッチンが木箱を抱えて走りだす。ピピチャピがその後を追った。

「苺の箱をしっかり固定して。ピピチャピとハルおばあさんといつでも飛びたてるようにしておいて。僕たち三人が飛び乗った時が出発の合図だ」

「カッチン」サトちゃんがやっとうなずく。

 カッチンはにっこりと笑おうとしたが、ぜんぜんうまく笑えなかった。

 ドスン。苺が入った木箱を荷台に下ろすと、ヤッチンとヨッチンがカッチンを見た。三人がうなずきあう。ハルおばあさんにピピチャピがしがみつく。

 ザー、ザアーザザザザアと異様な音を響かせ、コウモリが空からかけおりてきた。黒い巨大な雲になって。

「迎え撃て」ニモがさっと手をあげ、振りおろした。

「挨拶もなしとは、いい度胸だぜ」

 ヤマト親分はモウソウバズーガのトリガーをゆっくりと絞った。

 レンコンバルカンがパパパパパパと空気を切り裂く。

 モウソウバズーガがズドーンと鼓膜を震わせ、マツボックリランチャーがヒュンヒュンヒュンとおどけて空中を踊り、ゴリさんが担いだキノウロ無反動砲がドドンと地面を揺るがす。

 そのたびに、襲いかかるコウモリがパタパタと落ちていく。バズーガが破裂すればコウモリの群れにぽっかりと穴があき、ランチャーのマツボックリは群れの間で炸裂して、黒い雲のあちこちに穴をあける。無反動砲の弾はコウモリたちの前でバーンと爆発し、巨大なネットになって、一度に何百匹ものコウモリをからめ取る。ホウセンカボンブは種が飛び出し、敵にべっとりとくっついて動けなくする。

 武器はすべて、コウモリたちを殺す力はない。気絶させたり、動けなくしたり弱らせるだけのものだ。だが、バグジー達が操るコウモリたちは、執拗に、容赦なく襲いかかり、傷つけ歯をむいてくる。そしてバグジー達は戦いもせず、コウモリをけしかけ、安全な空中で猫や山羊や犬や牛が疲れ、倒れていくのを楽しんでいるのだ。

「卑怯者、下りてきて戦え!」

 カッチンは怒りで体が震えた。ネズミ達を操った時と同じだ。自分達は傷つきもせず、他の誰かを犠牲にして、自分達の目的だけを達成しようとする。傷つく者の痛みも分からなければ、みんなを守るために戦う者の心を踏みにじって、平気で嘲笑っている。

「許さない、許さない、ゆるさないぞ」

「卑怯な奴等に負けてたまるか」ヤッチンが叫ぶ。

「絶対、諦めない」ヨッチンも雄叫びをあげる。

 三人はレンコンバルカンを撃ちつづけた。

「うああ……」

「くそっ」

「ぎゃあっ」

 だが、あちこちで猫達が倒れていく。最初の一斉攻撃で動揺したコウモリたちだったが、押し寄せては舞いあがり、舞いあがってはまた押し寄せる攻撃に、次第に守るものたちは倒されていく。少しずつ押し寄せる黒い雲は小さくなっていたが、終わることのない波状攻撃に、猫たちの三分の一以上が傷つき倒れていった。

 押し寄せた黒い雲がさあっと舞いあがった。そして、空中でぴたりととまった。ゆっくりとバグジー達が降りて来る。それでもコウモリたちの近くまでだ。

「ハルウア、もう諦めなさい。猫や犬ごときを操り、私に勝てるとでも思っていたの?」

 抑揚のない乾いた声が響いた。バグジーだ。

「負けを認めなければ、猫であろうが人間であろうが許さない。一匹残らず殺してあげるよ。そうなってからでは遅いんじゃないの?」

 みんな息を飲んでバグジーの声を聞いていた。しーんと静まりかえった木立の中に、熱い風が吹き渡る。

「残念だな、魔法使いのお譲ちゃん。俺達は操られているんじゃない。自分の意志で苺を育て、守ろうとして戦っているんだ。そんな俺達に、操り人形のコウモリや、卑怯なお前らが勝てると思ってるのか?」

 ヤマト親分が屋根の上に仁王立ち、空に浮かぶバグジー達を睥睨しながら言った。

「おやまあ、威勢だけはいいことね、猫のおじいちゃん。それじゃ遠慮なく見せて貰うわよ。あんたたちの強い意志を」

 ヤマト親分は、フンと鼻で笑っただけだった。

「聞いてくれ」

 ベリー号のそばに立つカッチン達のそばに、音もなくハックルベリイが近づいて声をかけた。

「敵は総攻撃をしかけてくるだろう。私たちは総攻撃を何とか持ちこたえて、コウモリが舞いあがる瞬間を狙って、バグジー達に攻撃を仕掛ける。奴等の態勢が崩れた時を見計らって、デコイとベリー号を発進させろ。あとは任せろ心配するな。必ず魔法の村を救ってくれ。ヤマト親分とニモからの伝言だ」

 ハルおばあさん、サトちゃん、ピピチャピ、カッチン、ヤッチン、ヨッチンは、ぐぐっとうなずいた。

「チャンスは一度きりだ。しくじるなよ」

 ハックルベリイは一人一人の顔を見ていった。

 ハルおばあさんは会釈して運転席にむかった。

「待っておばあちゃん、私に運転させて」サトちゃんは言うなり、運転席に飛びこんだ。

 ハルおばあさんは少し考えたが、黙って助手席に乗り込む。

「ピピチャピ、君は猫の代表だ。最後まで諦めないでやり抜いてくれ。そして……」

 ハックルベリイは何か言いかけたが、苦しそうにその言葉を飲みこんだ。

「みんなを頼むぞ」

 カッチン、ヤッチン、ヨッチンに言うと、ハックルベリイは音もなく消えた。

「行くわよ、乗って!」運転席からサトちゃんが怒鳴った。

 バグジー達がじわりと下りて来る。コウモリが黒い雲の形を整え、不気味な泣き声を上げる。一瞬、ぐっと固まった雲は地上へ殺到した。バグジーの高笑いと一緒に。

 バズーガが唸り、バルカンがありったけの弾を撃ち出す。ゴリさんが無反動砲と咆え、悲鳴と絶叫が重なる。カッチン達も最後の最後までバルカンを撃ちまくった。

 そして、黒い雲がさあっと上空へ舞いあがった。その横を、バグジーめがけ、サボテンミサイルのすべてが駆け上がっていった。

「撃てえ。反撃だ。撃ち尽くせ」ニモが指揮を取っている。

 みんなが反撃に出た!猫もクロベエもゴリさんも山羊のおじさんも。ミサイルが爆発し、中から飛び散った粘る液体がバグジー達を捕えた。魔法使い達がばたばたと地上へ落ちていく。そこへ向かって、今まで回りに隠れていた猫や犬たちが、いや鶏達までが飛びかかった。シールドで中へ入れなかったみんなだ。土蔵の扉が開き、こん棒やシャベルをかざした山羊のおばさん、鶏のおばさんたちまでが飛び出してきた。

「私たちもあきらめないよ」山羊のおばさんが高らかに叫ぶ。

「つつけ突け、つつけ」鶏のおばさんも叫ぶ。

「今だ!飛べベリー号!」バズーガを撃ちまくりながら、ヤマト親分が咆えに咆えた。

 カッチン、ヤッチン、ヨッチンの三人がベリー号に飛びこむと同時に、ギュッとたわんだベリー号が空へ向かって飛んだ。ベリー号のデコイが七つ、同じように空へ向かって飛びあがる。再び黒いコウモリの雲が地上を襲う。バグジー達が放つ黄色の光の矢が飛び交い、赤い熱球が猫や犬を襲う。デコイを追う魔法使い達。地上を攻撃するコウモリたち。戦う僕たちの仲間。次々に倒れていく僕たちの仲間。

「誇り高い猫一族だと言うことを忘れるな。戦え、最後のひとりまで」

 ニモが叫び、魔法使いのひとりに飛びかかっていく。

 子分をかばって黄色い閃光にうたれたヤマト親分が、ゆっくりと倒れていく。土ぼこり、濃い影。夏のギラギラした光。それが、僕らが見た地上の光景の最後だった。

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