第16話 不気味な行進

不気味な行進


 静かになにも起こらず時間がすぎていく。

 鳥が眠り、犬が眠り、梟が星をひろいに飛び立ち、人間が寝静まった時間。

 

 そいつらは、突然やって来た。

 音もなく、黒い影のかたまりが襲ってきた。

 地面いっぱいに広がったネズミは、地面そのものが動いているように見えた。

 何百匹ものネズミが、いっせいに苺畑めがけて襲いかかったのだ。

「待てっ!」

 素晴らしくドスのきいた声が響きわたったのは、ネズミの大群が苺に飛びかかろうとする寸前だった。

「貴様ら、妙なまねするんじゃねえぞ」

 苺畑の前に足を踏んまえて、仁王立ちになったヤマト親分が、ぎろりとネズミどもを睨みつけた。その足もとには、ヤマト親分の声で気絶したネズミが十匹以上ころがっている。

「このまま黙って帰るんなら、今夜のところは何も言わねえ。だが、どうしてもこの苺畑を潰すつもりなら……」ヤマト親分はネズミどもを睨みながらずいっと前へ出た。

「容赦しねえぞっ!」

 ヤマト親分の咆哮が、雷になってネズミどものうえにとどろいた。

 ポップコーンみたいに空中に三十匹以上のネズミが弾け飛び、白目をむいて地面に落ちてくたっとなった。ネズミどもがざざっと後ろへさがる。親分がもう一歩ずいっと前に出る。ヤマト親分の眼がかっとひらき、口がしゃあっと鋭く鳴った。

 木の上や縁の下に隠れていた猫達が一斉に飛び出したのは、その時だった。ひとつの群れは背後からネズミどもを取り囲み、もうひとつの群れは一散に苺畑を取り囲んで守る形をとった。同時に、アトリエの扉が開き、ハルおばあさんと八匹の猫が飛び出してきて、苺畑をすっぽり網でおおった。

「どうやら間に合ったようね。蜘蛛の糸といら草を編みこんだから、そう簡単にはやぶれないはずです」

 ハルおばあさんがヤマト親分に言った。

「ありがとうよ、ハルさん。これで安心して戦えるってもんだぜ」

 ヤマト親分がにやりとする。

 ハルおばあさんは、固い表情のままうなずいた。

「僕らも行こう!」

 我慢できなくなったカッチンが、隠れている草むらの中から立ち上がった。

「駄目よ!」

 サトちゃんが低く叫んで、無理矢理カッチンを草むらの中に引き戻した。

「どうしたんだよ、サトちゃん。終わっちゃうよ」

「あの中にネズミを操っている者はいない。それにいやな臭いがさっきよりずっと強くなってきてる。まだ終わっちゃいないわ」

 サトちゃんは用心深く言った。

「こっちから来たぞお!」

 苺畑の向こう側で猫たちが叫んだ。

 庭の池に引きこまれた小川を伝って、別のネズミどもの大群が押し寄せたのだ。

「自分の持ち場を離れるなあっ」

 叫んで、ヤマト親分は眼の前のネズミの群れに飛び込んでいった。

 背後からネズミどもを囲んでいた猫たちも一斉にネズミを押し包む。

 ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃあ……。

 気味の悪いネズミの叫びと、猫達の叫びが古屋敷に木霊した。

 苺畑をかけた戦いが始まったのだ。

 カッチン、ヤッチン、ヨッチン、サトちゃん、ピピチャピの五人は草むらから頭を突き出し、様子をうかがった。戦いはどうなっているのか。苺畑は大丈夫なのか。ネズミどもを操って苺畑を襲わせた者はどこにいるのか。

 戦いは猫とネズミが入り乱れて、大混戦になっている。だが、それは不気味な光景だった。猫達は互いに声を掛けあい、次から次と襲いかかるネズミどもを退けている。出ては戦い、退いては守る。

「そっちだ、守るんだ」

「任せろ、後ろだ。後ろにもいるぞ」

「おっと、そうはさせるか」

 猫達は互いを呼び合い、助け合い苺畑を必死に守って戦っている。

 しかし、ネズミどもはどんなに叩きのめされようと、弾き飛ばされようと、ぎゅぎゃぎいぎゅ……苺をつぶせ、いちごを潰せ、いちごをつぶせ……イチゴを……ツ、ブ、セ……。呪文を唱えるように呟きながら、濁った黄色い眼を光らせて苺畑にむかって進んで来るのだ。まるでロボットのように。まるでゾンビのように。

「狂ってる……」カッチンが、くいしばった歯の間から苦しそうに言った。

「操られているんだ、やっぱり。操っている奴等をみつけないと」ヤッチンが両方の拳をゴツンゴツンぶつけながら、悔しそうに顔を歪ませた。

「でも、屋根の上のハックルベリイさんは動いていない。まだ操っている奴等見つからないんだ。今動いちゃ駄目だ」

 ヨッチンは今にも飛びだしそうなからだを押さえつけて、両手で草を握りしめていた。

「うん、待とう。まだだ、まだ動いちゃいけない」

カッチンが自分に言い聞かせるように言った。

段々あのいやな臭いは強くなり、蝙蝠イヤホーンには段々荒くなる猫達の息遣いが響いている。今はハルおばあさんも、ネズミを必死に追い払い、ヤマト親分はトラクターみたいにブンブンネズミどもを跳ね飛ばしている。

「ちくしょう、どこに隠れているんだ。卑怯なやつらだ。チクショウ」

 カッチンがギリギリっ、と歯を鳴らした。

「ネズミが網に取りついたぞ、たたき落とせ。おいもどせ!」

「こっちもだ。守れ、絶対苺畑を守るんだあ!」

「こいつら、どっから湧いてきやがるんだ。おい、しっかりしろ」

猫の悲痛な声が古屋敷を震わせた。

「見て!ハックルベリイさんが動いた!」ピピチャピが叫び、真っ先に草むらを飛び出して走り出した。

 はっとして見ると、ハックルベリイと六匹の猫が、風のように屋根をかけ、枇杷の木へ向かっていく。

「どっちだピピチャピ」

 カッチンが後を追いかけながら、叫ぶ。

「離れの横。枇杷の木のうえ、大きなネズミが三匹」

 ピピチャピが走りながら指さす。

「見えた。逃がすもんか」

 足の速いヤッチンの声が、カッチンのすぐ後ろで聞こえた。

 その後ろにヨッチンとサトちゃんが並んで走ってくる。

 カッチンは走りながら、枇杷の木の上の三匹に蝙蝠イヤホーンを向けその声を聞いた。

「苺を潰せ、ネズミども。猫を踏みこえて……」

 右端のネズミがかすれた声でささやている。

「網を破り、苺の苗を食いつくせ。命を捨てろ、進め、進め……苺の苗を食いつくせ」

 左端のネズミが、同じようにかすれた声でささやき続けている。

 まんなかのネズミは、両手を大きく動かしている。まるでオーケストラの指揮者のようだ。三匹の眼は紅く充血し、ぎらぎらと光っていた。

「あの三匹を捕まえれば、ネズミ達はきっと正気に戻るはずよ」

 後ろからサトちゃんの叫びが追いかけてきた。

「わかった!」

 カッチンが返事した時、屋根から枇杷の木へ向かって、ハックルベリイ達と六匹の猫が跳躍し三匹のネズミに攻撃をしかけた。

 やった!と思った瞬間、枇杷の木に隠れていたネズミの黒い塊がハックルベリイ達へ殺到していく。枇杷の木の上でも激しい戦いがはじまった。三匹のまわりを紅く歪んだ光が包んでいる。その時三匹のネズミが、勝ち誇ってくわっ、と歯をむいて笑うのをカッチン達はたしかに見た。

「くそっ、急げ。苺を守るんだ」カッチンが叫ぶ。

「オウッ!」皆がこたえる。

 カッチン達は苺畑の横を走り過ぎながら猫達に声をかけた。

「もう少しだぞ。ネズミのボスを捕まえるから」

「頑張って!」

「頼んだぞ、小僧ども!」

 ヤマト親分が叫んだ。

 百匹以上のネズミが網に取りつき、カリカリカリと網をかじっている。

 でも猫達は回りから押し寄せるネズミを撃退するのが精一杯だ。次から次へと押し寄せるネズミどもと、猫達は応援もないまま必死に戦い続けているのだ。もうみんな疲れきってへとへとのはすだった。それでも、倒れては立ち上がり、戦ってはよろけ、仲間を助け苺畑を守ろうとしている。

 カッチン達はこぼれそうな涙をぐっと飲みこんで走った。みんなありがとう。待っててくれ、すぐに終わらせるから。ありがとうみんな。

 離れの枇杷の木までもう少しだ。

 先頭にピピチャピ、カッチンとヤッチン、すぐ後ろにヨッチンとサトちゃん。

 五人の眼の前に突然シャボン玉が浮かび、直ぐに消えた。そしてハルおばあさんの声が流れ出した。

「良く聞いて。今から貴方達をネズミに変身させます。人間のままじゃ五人が枇杷の木に登れないし、自由に動けない」

「魔法であいつらを捕まえられないの?」ヤッチンが聞いた。

「三匹を包んでいる紅い光はバリヤーよ。魔法は届かない。貴方達がネズミになって近づいて捕まえて頂戴。貴方たちの右手についているのはスパイダーネット、でも気をつけてね。一度しか使えない」

「わかりました。やります」ヨッチンがお腹に力を入れてこたえる。

「僕もやる」前にネズミに変身した時のことを思い出しながら、カッチンもこたえた。

 見る間に地面が近づいてきたと思ったら、次の瞬間五人はネズミになって走っていた。眼の前は枇杷の木だ。五人は幹に飛びつき、頂上目指して駆けあがった。上からは、ネズミを操る呪文の囁きと、激しく戦う猫とネズミが立てる音が聞こえて来る。

 五人は頂上近くまで一気に駆けあがり、申し合わせたようにピタッと止まった。お互い顔を見合わせる。失敗できない、たった一度のチャンスだ。ネズミとハックルベリイ達の戦いをかいくぐって、あの三匹を捕まえることができるだろうか?五人は不安と焦りと、抑えきれない怒りの炎を宿した眼をみかわした。

「行こう」静かにカッチンが頷く。

「行きましょ」サトちゃんがぎゅっと唇をかんだ。

「あっ」ピピチャピが声をあげた。

 続いて全員が、あっと声をあげた。

 紅く歪んだ光が、枇杷の木を離れ空中を漂い出したのだ。しまった、逃げられる。カッチンの躰が勝手に走り出していた。枇杷の木のてっぺんに駆けのぼり、宙を飛んで紅いバリヤーへ飛びついたのだ。

「カッチン!」みんなの声が遠くに聞こえた。

 紅い光の球がぐらりと揺れて、漂いながら少しずつ下へ下りて行く。

「絶対逃がさない。ぜったい苺を守るんだ。負けない、負けない」

 カッチンは叫び続けた。紅い球に食い込んだ両手が熱い。躰がだんだん痺れていく。オオウーッ、カッチンは咆えた。

 紅い球は古屋敷を抜け、小川を抜けた畑の中に降り立った。

「お前は人間だな。馬鹿なやつだ」

 真ん中のネズミがにたりと笑った。両側のネズミは呪文を唱え続けている。

 紅い球がすっと消え、まん中のネズミがカッチンの肩を蹴飛ばした。カッチンはごろごろと畑を転がった。

「苺畑はもう終わりだ」くう、くっくっくっとそいつが笑った。

「負けない。お前なんかに負けない」カッチンは力の入らない左肩を押さえて、それでも立ち上がり、ネズミどもを睨みつけた。

「そうかな。まあ無駄なあがきを頑張ってみるがいいさ」

 まん中のネズミが、左手を指揮者のように振ってネズミを操りながら、右手を開いた。掌の上に赤黒い点滅する光の矢が浮かんでいる。

「邪魔者は消えてもらうしかない。魔法使いでもないくせに、我々の戦いに首を突っ込んだ報いだ」

 ゆっくりと右手が上がっていく。

「カッチン、逃げろ!」ヨッチンとヤッチンの声が後ろで聞こえた。

「逃げてカッチン」サトちゃんとピピチャピ。

 みんなが駆けつけたのだ。カッチンは後ろをちらっと見た。みんなの顔が見えた。

「いやだ!」

カッチンは叫びと一緒に、ネズミどもへ向かって飛びかかった。赤黒い光の矢がネズミの手から放たれた。

「カッチン!」

 赤黒い矢がギュウンとカッチンに迫ってくる。ヤッチン、ヨッチン、サトちゃん、ピピチャピは思わず眼を閉じた。カッチン、誰もが叫んでいた。

やられる、思った次の瞬間、カッチンの両腕はまん中のネズミをつかんで、地面に転がっていた。ネズミが必死にもがいている。残り二匹のネズミが、何が起こったか分からず、呪文をやめて地べたを転がる仲間とカッチンを茫然として見ている。間違いなく、カッチンは光の矢に射抜かれていたはずなのだ。

「呪文を続けろ」やっとカッチンを引き離してまん中のネズミが叫んだ。

 二匹が呪文を再開した。

「もう、終わりだ」畑の奥から声が響いた。

 畑の奥から、三つの影が近づいてくる。

 カッチンのそばにみんなが駆け寄った。

「大丈夫カッチン?何がおこったの?」サトちゃんがカッチンを支えて起き上らせた。

「分からない、突然矢が消えたんだ」

 ネズミの手の上で、何十本もの光りの矢が赤黒く怪しい光を発している。

 三つの影は恐れ気もなく、ネズミ達の前に立ちはだかった。

「ニモ!」とカッチンとヤッチン。

「ゴリさん!」ヨッチン。

「クロベエ!」サトちゃんとピピチャビ。

 三人は、五人にむかってにっこりとしてみせた。

「悪あがきをやめるのは、お前たちのほうだ」

 ニモが静かだが凛として言い放った。

「邪魔はさせない」とゴリさん。

「大事な苺畑だ」とクロベエ。

「御大層なことだ]

 きーっ、きっきっきっきっとネズミが嘲笑い、光の矢を空中へ放った。跳ね上がった矢は空中で円弧を描き、真っ直ぐにニモたち三人とカッチン達へ襲いかかって来た。逃げる間もなかった。カッチン達は、眼をぎゅっとつぶって体をかばった。

 一秒、二秒、三秒……。矢は飛んでこなかった。そっと眼をあけると、三匹のネズミが紅く充血した眼玉をひんむき、顎が抜けるほど口をぱっくりとあけて立っていた。そして、高く掲げたニモの右手には、小さな丸い鏡が光っていた。

「み、見返しの鏡……」サトちゃんがつぶやいた。

「みかえしの鏡?」ヤッチンが乾いた声で聞く。

「魔法を吸い取ってしまう鏡。おばあちゃんの宝物」

「言った筈だ。悪あがきをやめるのはお前たちの方だと。残念ながら魔法は使えない。悪いようにはしない。諦めて降伏するんだ」

 ニモが前に出る。ゴリさんとクロベエが続く。

「チクショウ、見返しの鏡などと卑怯な手をつかいやがって」

「卑怯なのはそっちだよ」

ゴリさんは肩に担いだ太い電柱ほどもある丸太を、どすんと地面に突いた。クロベエは拳を構えてぐっと身構える。ニモの手には、いつの間にかしなやかな長い皮の鞭が握られている。月を隠していた雲が流れ、畑は青い光につつまれた。

「まわりこんで、スパイダーネットで捕まえよう」ヤッチンがみんなにささやく。

 みんなうなずくと、無言でじりじりと三匹のネズミの方へ近づいた。

「さあ、おとなしくしてもらおうか」

 ニモの声が終わらないうちに、三匹のネズミは黒い玉を地面に叩きつけ走り出した。地面から赤い炎と黄色い煙がたちあがり、あたりを覆った。

「逃げたぞ」真っ先に飛び出したのはクロベエだ。

 ゴリさんとニモも後を追う。もちろん、カッチン達も走り出していた。

 ネズミ達は右の方へ逃げていく。畑の先は田んぼで、田んぼの先は高い土手になっている。そのまた先は小川だ。

「ウワン」咆えて、クロベエが勢いをつけ空中へ飛んだ。

「待て、逃がさないぞ」

 クロベエがネズミどもの前に飛び降りて叫んだ。

 ネズミどもの後ろにドオンと地響き立てて丸太が投げ落とされる。左へ逃げようとするネズミどもの前に、ビュッ、パシンと鋭い鞭が鳴った。

「今よ!」サトちゃんが右手をぐっと突き出した。

「よしっ」

 ネズミどもの右側に迫った、カッチン、ヨッチン、ヤッチン、サトちゃん、ピピチャピが一列に並び、一斉にスパイダーネットを飛ばした。

 スパイダーネットが月の光をうけ、透明な銀色に輝いて、三匹のネズミの上にひろがった。

 

 きょっ?きょきょきょきょきょお?きょ。

 ネズミ達はふと気づいて辺りを見まわした。

 あれ?ここはどこだ、なにをしているんだ?

 ネズミ達は夢から覚めたような気分だった。

 ぎゃ、チュッ、ちゅちゅちゅちゅちゅう、きょおー。

「ねこ、猫がいっぱい。なぜ?なぜなぜなぜ???きょきょきょきょおっ」

 ネズミ達は一斉に逃げ出した。

 喰われる、喰われる、猫に喰われる。助けてくれえ。

キョキョキョキョチュチュチュチュチュキョウ……

 苺畑を襲っていたネズミ達は、呪文がとけるとあっと言う間に姿を消してしまった。

 古屋敷はしいんと静まりかえった。

「終わったようだな、フン」

 ヤマト親分は、どさりと地べたに胡坐をかくと、ふうっとため息をついた。

「お、おやぶん、お、おわったんですかい?ほんとに?」

「ああ、終わったぜ」

「親分っ」

「泣くな、馬鹿野郎」

 肩をよせあってへたり込む者。荒い息をしずめようとする者。ネズミのいなくなった庭を茫然と見まわす者。ぐったりと動けなくなった者。へらへら笑っている者。怪我した腕や肩をなめる者。やたら手で顔を洗う者。全員が全力で戦ったのだ。

突然に始まり、突然に終わった戦いを、まだ誰も信じられなかった。夢の中の出来事のように捉えどころがなく、それでいて強烈でなぜかもの悲しかった。

「どうにか、間に合ったようですね」

 ヤマト親分のそばに来たハルおばあさんが、まだ少し震える声で言った。

「ああ、やっとこどっこいだ」

 ヤマト親分はよいしょと立ち上がり、正面からじっとハルおばあさんの顔を見た。

「済まなかったな、ハルさん」

「えっ?」

「冷や冷やしたろう。でけえ口叩いておきながら、こんなおおごとになるとは思いもしなかった。俺の算盤もにぶっちまったようだぜ。すまない」

「とんでもない、謝るのは私の方です。こんなことに巻き込んでしまって。どんなにお礼を言っても足りません。親分、有難うございます」

 頭を下げようとするヤマト親分をさえぎって、ハルおばあさんは深々と頭を下げた。

「そんなことは止めなよハルさん。こっちの方が照れちまう」

「おばあちゃん」

 声と足音が一緒にして、サトちゃんとピピチャピがハルおばあさんの胸にとびこんできた。二人を抱き寄せたハルおばあさんは、まあまあ、と嬉しそうに腕に力をこめ二人を抱きしめた。

「やったぞ」カッチン、ヤッチン、ヨッチンが踊りながら裏庭に飛び込んできた。

 そのうしろからニモ、ゴリさん、クロベエが姿を見せる。

「ニモ、面倒かけたな。お陰で上手くいったぜ」ヤマト親分が軽く手をあげる。

「みんなが力をあわせたからですよ」

 ニモは同じように軽く手をあげた。

「苺は?苺畑は大丈夫?」

 サトちゃんが大声で言って畑の方へ駆けだす。ピピチャピがあとを追った。

 カッチン、ヤッチン、ヨッチンの三人も畑に駆け寄り、みんなで金網をはずしていく。

ヤマト親分とハルおばあさんに寄ると、ニモは低い声で言った。

「捕まえた三人は離れの奥の土蔵へ入れてあります。ハックルベリイ達が見張っているから大丈夫でしょう。あとで相談しましょう」

 三人は黙って頷いた。

「無事だ。苺は無事だそ」

 子供達と猫、ゴリさん、クロベエの声が、古屋敷に響きわたった。

 夜の空に月が輝き、その遥か彼方には天の川がよこたわって、苺畑をみおろしていた。

 静かな、静かな夜だった。


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