第14話 大変な間違い

大変な間違い


 カッチン達は急に不安になった。

「何が……あったの?」とサトちゃん。

「苺の苗、植えおわったよね?」

 ヨッチンが畑を指さす。たしかに、畑は苺の苗で埋め尽くされているのだ。

「苺の苗が、四百株残っている」

 ニモが、低い声で言った。

「四百?」カッチンが聞いた。カッチンにはさっぱり意味がわからない。

「どう言うこと?」サトちゃんが緊張した顔で聞いた。

「畑に、植える場処がないのだ」

 ニモも困った顔で答えた。

「アァッ!」

 叫んでヨッチンが畑へ走り出した。そして、大股で畑の広さを測り始めた。でも、途中まで行ってヨッチンは、ぱたっと立ち止まってしまった。

「ああ……」かすれた悲鳴をもらして、ヨッチンは振り返った。まっさおな顔をしている。

「ヨッチン」カッチン達は駆け寄った。

「どうしたの?」サトちゃんがヨッチンの両肩をゆさぶる。

「ぼく……ぼく……」ヨッチンの声はふるえている。

「ああっ!」今度はヤッチンが叫んだ。

 畑のへりを行ったり来たりしたヤッチンは「しまった!」声を絞り出した。

「ぼく、畝と畝の間の、通路を計算してなかった。ぼくが悪いんだ」

 ヨッチンはまっ白い顔のままで言うと、へなへなとその場に座りこんだ。

「くそっ。僕が、ちゃんと計算して、もっと早く気付かなきゃならなかったんだ」

 ヤッチンが眼をギラギラさせて言った。

「畑の広さを、間違って測ってたのか?」

 カッチンが大声で聞いた。ヤッチンとヨッチンが力なくうなずいた。

「……そんな。……私の、私の村はどうなるの?六千個の苺は?」

 サトちゃんは虚ろな眼で呟いた。

 急に辺りが暗くなって、さしかける光が重く感じられる。

「馬鹿ァ!」サトちゃんは叫んだ。

 ヨッチンとヤッチンはうなだれたままだ。

 カッチンは頭の中が真っ紅に燃えていた。

――僕達が間違ったんだ。助けようと、サトちゃんを助けようとしたのに……。

 サトちゃんはハルおばあさんの所へ走って行く。そのまま、ハルおばあさんの腕の中にとびこんで、それから泣き出していた。

 カッチンは躰が焼けるように熱くなった。

――みんな、みんな、僕達を信じて助けてくれたのに!

 今から、足りない畑を耕すのは無理だ、とカッチンは思った。あと二日しかない。

――これから、草をむしって、小石を取って、耕して、肥料を入れて、畝を作って、苗を植えて。とても間に合わない。

 何もかも、自分達が悪いんだ、とカッチンは思った。膝がガクガク震えている。立っているのがやっとだ。ヤッチンもヨッチンも同じに違いない。

 だけど、カッチンの体は動き出そうとしている。頭の中ではもう無理だと計算しても、心も体もあきらめていないのだ。

――いやだ。……いやだっ。いやだ!

 カッチンの体は勝手に動き出していた。

 鍬を握りしめ、苺畑の横の草むらを掘り出した。

「くそっ!くそっ!畜生っ!」

 鍬を振り降ろすたびに、お腹から声が出てくる。自分への悔しさ。得意になっていた自分への腹立たしさ。

 みんなは、口をぽかんと開いて見ている。と、ヤッチンが鍬を取ってカッチンの横に並んだ。二人で鍬を打ち降ろす。ヨッチンが並ぶ。三人が鍬を打ち降ろす。

「わたしもやるっ」ピピチャピが並んだ。

「よおし、俺もやるぞっ」

 クロベエが吠えた。

「お、俺も」と猫の一人が立ち上がる。

「俺もだ」山羊のおじさんが鍬をとる。

 みんなが、あるだけの鍬と鋤を持って集まって来た。

「俺達も、最後まで付き合うぞ」

 みんなが、カッチン達に声をかけてきた。

「ありがとう!」ヨッチンが叫ぶ。

「負けるなよ」とクロベエ。

「ごめんね」ヤッチンが叫ぶ。

 その様子を見ていたヤマト親分が、

「小僧共、なかなか骨があるじゃねえか」

 ぼそりと言った。そして、ニモへ向かって、

「おめえ、どう思う?」と聞いた。

「今夜、夜を徹して草を取り、明日一日で掘り返し、石を取る。明後日に耕し……、もう一日、足りませんね。三日間徹夜しても無理だ」ニモは答えた。

「だが、小僧達はやるつもりだぜ」

「私も、諦めるとは言っていない」

 二人の眼はギラリと光った。

「ならば、わしも魔法を使ってやろう」

 ヤマト親分は口の中でうそぶき、ハルおばあさんを見た。

「ハルさん。わしはちょいと出掛けてくるよ」

 と言った。

「ええ。その間に、私はあの子達を止めて、話をして措きます。私もあきらめません」

 ハルおばあさんは、泣き続けるサトちゃんの頭をなでて言った。

「いやまったくその通りだ。まだまだだぜ。あの小僧共が参ったと音をあげるまでは、まだ終わっちゃいないさね。やらせておくのだよ」

 ハルおばあさんが何か言いかけるのへ、ヤマト親分は首をふった。

「帰りを待ちます」ニモが言った。

「あいよ」

 気軽に答えると、ヤマト親分の姿は、暮れ始めた夜の帳りの中へ、するりと見えなくなった。

「ヤマト親分が言った通り、我々はやり遂げます。ご心配なく」ニモが言った。

「でも、もうこれ以上、あの子達を苦しめたくありません」

 ハルおばあさんは毅然として言った。

「そうでしょうか?今止めさせれば、あの少年達に残るのは、敗北だけです。私は、そうしたくない。彼等もまたこのままやりかけで負けることは、決して望まない」

 ニモは厳しい口調で言うと、ゆっくりと畑の方へ歩き出した。

「私も、まだ諦めない」

 サトちゃんが顔を上げて言った。

 ハルおばあさんは、じっとサトちゃんの顔を見た。

「そうね……。私は色んなことを考え過ぎて、とても憶病になっていたようだわ。やりましょっ。最後の最後まで」

 ハルおばあさんは、サトちゃんの手をぎゅっと握りしめた。そして、二人も畑へ向かって歩き出していた。

 月が昇り、夜が来た。一体、どれだけの時間が過ぎたのだろう。

 その声は、柔くのんきに響いてきて、眼の色をかえたみんなの手を止めさせた。草の根にはばまれ、みんな疲れ切っていた。また、声がした。

「おーい。来たぞォ」

 みんな声の主をさがして周りを見回した。

 月の光を背中からあびて、林の奥からぬっと姿を見せたのは、三人の大男と山高帽の小さな影だ。三人の内の二人の大男は、何か長く太いものを肩に担いでいる。山高帽の影は、ヤマト親分に違いない。

「俺だ、ヨッチン」

 大男の一人が草むらに姿をあらわすと言った。大きな目玉でみんなを見まわし、わふっと笑った。

「ゴリさん……」ヨッチンが大男の名を呼んだ。そうだ、牛のゴリさんだ。

「悪いが、みんな、そこをちょいとどいて場所をあけてくれ。わしらは仕事の準備をしなきゃならん」ゴリさんが言った。

 みんな、サッと場所をあける。

 待っていた大男二人が、肩に担いだものを降ろした。牛用の犂だ。

「ヤマトの親分から話を聞いてな。みんな、ヨッチンの失敗を堪忍してくれ。俺の息子の病気を心配して、ちょいといつも通りにいかなかっただけだ。その分、俺が働くよ」

 ゴリさんが言うと、二人の大男も、

「俺達もな。まあ、任せといてくれ」

 と言った。

「じゃあ、始めるよ。誰か犂を押えてくれ。土を掘っくり返すぞ」

 ゴリさんと二人の牛の大男は、犂の帯を肩にかけた。

 ひとつの犂をゴリさんが、もうひとつの犂を二人の大男が。

「ほれ、ぼやぼやするな」

 ヤマト親分の声がひびく。

 猫の男達があわてて犂にとびついた。

「残りの者は、交替で犂の後から草と小石を取っていく。さあ、これからだ」

 ニモが言った。

 ザクッ、と犂が土に突き刺さる。

「ほうれェ」掛け声がかかり、牛のゴリさんがぐぐっと足を踏んばり前へ進む。

 ズズッと草むらが裂け、地面が掘り起こされていく。一度動き出した犂は、ズイズイズイと小気味良く進んでいった。

 ゴリさん達の後で、拍手と歓声があがった。

「ヨッチン、やったね!」

 カッチンが、ヨッチンの背中を叩いた。

「う、うん。――ゴリさん、すごいな」

 ヨッチンはじっとゴリさんの背中を見ている。

「よかった。ほんとに良かった」 

 ヤッチンの声が震え、裏がえっている。

「サトちゃん、ごめんね」

 ヨッチンが言った。

 サトちゃんは黙って首をふった。

「私の方こそ……、ごめんね」

「見て、すごいよ。あっと言う間だよ」

 ピピチャピが、カッチンの背中をぴしゃぴしゃ叩いた。

 二筋の犂の跡が、黒々と草むらの中に伸びていく。掘り起こされた、湿った土の臭いが広がっていった。

「ありがとう、ヤマトの親分さん」

 ハルおばあさんが言うと、ヤマト親分は顔の前で手を振り、

「ハルさんのバイバイリーフが役に立ったわい。あいつらを、牛の姿のままで連れてくるのは大変だからな」とこともなげに言った。

 夜の大気の中を、青いぴかぴかの月の光に染まった風が吹き渡っていく。

「ホーイ、ホーイ」

 ゴリさん達の唄うように調子をつけた声が響き、その後に、猫達の声が、

「ほうれ、ほうれ、さあ」

 答えるのだった。

 カッチン達も、みんなと並んで草や小石を取り除きながら、

「ほうい、ほうい、さあ」

 と声を揃えた。

「ゴリさん、ブルドーザーみたいだな」

 ヤッチンがぽつりと呟いた。

「熊より強そうだね」 

 ピピチャピが言った。

 みんな、心の中が温かくなって、ちょっぴりだけ笑うことが出来た。

 そんな僕等の姿を、草の陰からじっと見ている者がいることを、僕達はだれひとり知らなかった。

 そして、僕達を見張っている者の背後で、影のように見張りを見張っている者がいることも。


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