第12話 にぎやかな夜
にぎやかな夜
古屋敷の庭を、二十燈のカンテラが照らしている。カンテラは、木の枝に張られたロープに吊り下げられていた。カンテラの灯りの下は、もうお祭り騒ぎだ。庭が、話し声と笑い声で、ワァン、ワァンと鳴り響いている。
カッチン達はテーブルに料理を運び終わると、庭を見わたした。五十人近い、人間の姿をした、山羊、鶏、犬、猫達が、一緒にテーブルについて、ご馳走を食べているのだ。テーブルの間を、鶏や猫のおばさん達が料理を運んで、忙しくしている。
クロベエ達の前には骨付肉。鶏や山羊には野菜サラダ、コーンスープ。猫達には、味付き魚団子。
「すごい数だね」ヤッチン。
「いつの間に……」とヨッチン。
「最初は、僕達六人だけだったのに」
カッチンは言って、わあと口をあんぐり開け、テーブルを見た。
「こんだけの、いっぱいの動物たちが集まったの、初めてだよ」
ピピチャピは、夢を見ているような顔だ。
「本で読んだ、開拓村みたいだ」
ヤッチンがつぶやいた。
「私達も食べましょ。明日も忙がしいんだから」サトちゃんが言った。
「うん、食べよう。腹ぺこだ」
カッチンが言った。
夕食が終わり頃になると、あちこちで歌が始まり、踊りが始まった。もう、鶏も犬も山羊も猫も人もへだてはない。
クロベエと猫達が、肩を組んで歌っている。鶏のおばさんと猫のおじさんが踊り、あっちでは山羊のおじさんが猫の娘さんと踊っている。そして、ニモ派の猫とヤマト派の猫達は肩を組み、混じりあって、今はひとつだ。
「カッチン、見て」サトちゃんが指さした。
何と、ピピチャピとニモが踊っている。カッチンはちょっとくやしい。
「げェっ」ヤッチンが声をあげた。牛ガエルみたいな声だ。ヤッチンは眼玉をバチンと開いて固まってる。横にいるヨッチンも同じだ。
カッチンとサトちゃんが、二人の視線の先を見ると……。
「げェっ」
カッチンとサトちゃんも、つぶれた牛ガエルになった。
「ヤマト親分が……」カッチンとヨッチン。
「ハルおばあちゃんと」ヤッチン。
「踊ってる?」サトちゃん。
四人は、ウゥムと唸ってしまったのだった。
その時、ヤマト親分とハルおばあさんは、大変なことを話していたのだ。
「で、その嫌な感じってのは、確かなのかい?」
「ええ、間違うはずはないと思います」
「いつ頃からだい、気付いたのは?」
「一昨日の夜からかしら……」
「なにか、はっきりと感じたのだな?」
「ええ。ネズミの数が不自然に増えたのよ。野鼠じゃなくて、どぶネズミの数がね。変でしょ?」
「ああ、野鼠ならまだしも、そりゃあ、ハルさん、厄介だな」
「ええ。何か手を打たなければ……ヤマトの親分さん」
「判ってるよ、ハルさん。ニモにも働いてもらうとするか。フフフフフ」
次の日は朝から風が吹き、空は雲でおおわれていた。ヤマト親分の天気予報は当りそうだった。
猫達はそわそわと空を見上げて、せっせと腐葉土や肥料を畑にまいた。別の組が、クロベエ達と一緒に、土と腐葉土をすき混ぜていく。犬や山羊も雨は好きじゃないが、猫ほどではない。猫達は濡れるのが大嫌いなのだ。
ヤマト親分とニモが空を見上げ、何か話しこんでいる。カッチン達は行ってみた。
「この様子じゃ、昼まで天気がもちそうにねえな。連中を急がせた方が良い」
ヤマト親分が言うと、
「みんな分かって、急いでいるようだ。この分なら、昼前には畝作りまで終わるでしょう」
ニモは落ち着いた調子でこたえた。
「雨になりゃあ、仕事は中断だ」
「この時期、雨が降っても明日の夜にはやむでしょう。作業の流れに支障はない」
ニモは答えると、カッチン達五人を見て、
「雨になったら、私達は一時引き上げる。ヤッチンが言った通り、苗を植えるのは、土曜か日曜だろうな。その時には、私達も総動員をかけて手伝うよ」と言った。
「はい。皆さんの力で、こんなにスムーズに計画より早く終わりそうです」
ヤッチンが言うと、カッチンが、
「でも、上手くいきすぎて、ちょっと恐いけどね」と言った。
「最後まで、油断しなけりゃ、無事に済む。気をぬくなよ、小僧共」
ヤマト親分が釘をさした。
早目の昼ご飯が済んだ頃、
「雨だ。降ってきたぞ」
猫達があわて始めた。
急に畑の周りと庭が、ばたばたとあわただしくなり、足音がひびいた。
「道具をしまった者から、順番に家へ帰れ。雨が上がったら、全員集合だ」
ニモがみんなを鎮め話している。
ヤマト親分は、ニモの横で黙っている。やがて、雨が本降りになって来た。猫達はあっと言う間に道具やら肥料の袋を片付けると、カッチン達やハルおばあさんに挨拶して帰っていった。最後まで見届けたニモとヤマト親分が帰る時には、クロベエや山羊のおじさんおばさん、鶏達も帰った後だった。
「ニモ、ちょいと話してえことがある。付き合いな」
ヤマト親分は、里芋の厚くて大きな葉っぱの下で、ニモを呼び止めた。
「何か問題が起きたようですね」ニモは落ち着いていた。
「鼻の利く奴を四、五人選りすぐってくれ。ハルさんが、誰かに見張られている気配がすると言ってる」
「それは?」
「ほれ、例のハルさん達を狙ってやがる連中が、どうやら、ここを嗅ぎつけたらしい」
「苺作りの邪魔をしようとする者がいるのですね?」
「そう言うことだ。奴等、苺作りを邪魔するだけじゃねえ。ハルさんの故郷、魔法の村を、乗っ取るつもりだって言うじゃねえか。自分達が追い出された恨みを晴らそうって訳よ」
「逆恨みと言うことか。いや、それだけじゃなさそうだ。もっと、何か目的がありそうだな……」
「ニモ、やっぱりおめえは頼りになるぜ。とことん敵に回さないで良かったぜ」
ヤマト親分の言葉に、ニモは少し苦笑いした。
「ネズミの件は、私の弟のハックルベリイにやらせましょう。あいつは沈着冷静で、行動力もある、それに姿を隠して色々なことを探るのが得意です。この役目にはうってつけでしょう」
「……うってつけ、か……」
ヤマト親分はニモの方をジロリと見て、少し苦笑いした。
「何より私は、邪魔されるのが一番嫌いなのですよ」
「苺作りをか。フン、あの小僧たちに乗せられた格好になったが、俺も今はちょいと面白くなってるのさ。でえいち、俺も邪魔されるのは嫌いでな」
ニモがかすかに頷いたようだった。
みんなが居なくなって、カッチン達はアトリエに入った。雨の音が、アトリエを静かに重く包んでくる。
雨の音が、心の中に満ちてくると、誰からともなく、ため息がもれた。緊張の糸が湿ってゆるみ、体の底に沈んでいた疲れが、ぼんやりと体全体にひろがっていく。全部が全部終わってしまった、遠い昔の思い出のようだ。
「何だか、あっという間に始まって、ここ何日間か、嵐の中を飛んでいるみたいだったわね」
ハルおばあさんが、しんみりと言った。
「それに、変な気持だな。一生懸命にやったけど、いつの間にか手伝ってくれる人数がどんどん増えて。昨日とか今日は、その、取り残されたみたいだった……」
カッチンは、自分の心の寂しさを、ぽつりぽつりと話した。
「ニモも言ってたろ。目的は、苺畑を作ること。僕達も、その為に頑張ったんだ」
ヤッチンが言った。
「分かってるけど。私もカッチンと同じ気持だな」サトちゃんが言うと、
「私は、よくわかんない。みんなと一緒にやれたのが、すごくうれしくて。それだけ」
ピピチャピが言った。
「まだ、終わった訳じゃないわ。畑が出来ただけ。苗を植えても、苺を育てるのはこれからよ。地味で目立たない仕事だわ」
ハルおばあさんが言うと、
「そうだ。そうだよね。何だか、今やってることにだけ夢中になってた」
カッチンが言った。
「考えてみて。最初、私とサトちゃんは二人切りで、予定外のここへ来たのよ。カッチン、ヤッチン、ヨッチン、ピピチャピが一緒にやるって言ってくれた時、私達はどれだけ心強かったことか。……それは今も変わらない」
ハルおばあさんはほほえんだ。
「きっと、私達二人じゃ途方にくれていたと思うわ」サトちゃんもほほえんだ。
「それは、サトちゃん達が困ってたから。な、ヤッチン、ヨッチン」
カッチンは照れ臭そうに言った。
「そうさ。放っておけないよ」
ヤッチンが力をこめて言う。
カッチンはヨッチンを見て首をかしげた。
――いつものヨッチンと違うな。
そう思ったが、カッチンは言った。
「畑作りに詳しいヨッチンがいなかったら、こんなにうまくいかなかったよ」
「……うん」ヨッチンの返事はそれだけ。
「ヨッチン、何か心配ごとでもあるのか?」
カッチンは急に心配になった。
「いや、何でもない。大丈夫だよ……」
ヨッチンは何か言おうとしたが、すぐに首をふって、小さく、いやいいんだと眼を伏せた。
「ひょっとすると、子牛のこと?」
ヤッチンが聞いた。
ヨッチンはドキッとして顔を上げ、みんなを見た。そして、
「うん。でも、苺畑には関係ないことだから。それに、みんなを心配させたくなくて」
と言って、少し笑ってみせた。
「何だよヨッチン。話してくれれば良かったのに」カッチンがガタンと椅子を鳴らした。
「ああ。でも、きっと大丈夫さ。今日、牛のお医者が来て、子牛を診てくれるんだ。すぐに治るよ」
「子牛のそばにいてやらなくて良かったのか、ヨッチン?」ヤッチンが言った。
ヨッチンの眼がキラリと光った。口をぎゅっと閉じて息を大きく吸いこんだ。
「僕、考えたんだ。子牛には、ほら僕の父さんも母さんもつきっきりだし。お医者も来るけど。苺畑は、ちゃんとしようと思ったんだ。僕にも責任があるから……」
ヨッチンは口をぎっとしめると、言葉と一緒に涙ものみこんだ。
「ごめんなさい、ヨッチン。私、気づいてあげられなくて。ごめんね。自分のことだけで精一杯になってて……」
「サトちゃん、もう良いよ。それは違うよ」
カッチンが言った。
急に雨の音が大きく重く、アトリエにおおいかぶさってきた。まだ昼間なのに、夕暮れのようにアトリエの中が暗くなった。
「そうだよ。サトちゃんじゃない。僕たちがもっと早く気づかなくちゃならなかったんだ」
ヤッチンは唇をかんだ。
ハルおばあさんは立ち上がり、アトリエの明りをつけた。子供達を前にして、
「いいえ。私達にも責任があるわ」
ハルおばあさんは窓の外を眺め、
「きっと明日も雨ね」
ヨッチンに眼を戻し、
「明日の朝になっても、子牛の具合が悪いままだったら、三人で私を呼びに来て。私が必ず子牛を元気にしてみせるわ。今度は、私達が協力する番よ」
ハルおばあさんは静かに、しかし力強く言った。
ヨッチンはしばらく、穴があく程ハルおばあさんを見ていた。それから顔を伏せた。
「……父さんが、僕に子牛をくれるって。……一人で世話をして、育ててみろって、言ってくれたんだ。だから僕……」
ヨッチンは顔を上げた。ヨッチンの眼は赤くなっていたが、涙はこぼさない。
ヨッチンは、自分一人で子牛のことを思い、誰にも話さなかった。他の誰にも心配をかけたくなかったからだ。
――ヨッチン、男らしいな。
何だか、カッチンの眼も熱くなっていった。そして、ハルおばあさんに、心の中でありがとうと言った。
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