第11話 みんな仲間だ

みんな仲間だ


 クロベエは、眠い目をもう一度こすり、目の前の光景が夢でないことを確めると、

「おやまあ。ほう、これはまたなんと」

 驚きの声をもらした。クロベエは鼻をひくひく動かし臭いを嗅ぐと、

「ほんとに、こいつはたまげたなあ。猫だよ」

 と感心した声をあげた。

「何をぽかんと口あけてんだい。あんたは鯉のぼりかい、クロベエ」

 背中をポンと叩かれてクロベエが振り返ると、山羊のおばさんとおじさん、鶏達が立っていた。みんなはすっかりバイバイリーフの使い方をおぼえて、自分達でやって来たのだ。

「一日休んでる間に、にぎやかになっちまったなあ。ヘェ」

 山羊のおじさんが言った。

「あそこで掘り返してるのは猫だね。臭いでわかるよ。それに、人間の姿をしてたって、誰れがどの猫かわかるじゃないか。面白いもんだね」山羊のおばさんは愉快そうに笑った。

「でもさ。あたしゃ何だか恐いわ。あの連中、臭いをかいであたしが鶏だって知ったら、突然ぱくりってことないだろうね?」

 鶏のおばさんが、頭をきょときょと振って心配そうに言った。

「大丈夫さ。ヨッチン達もいるし。いざとなったら、あたしが猫共を蹴飛ばしてやるよ」

 山羊のおばさんは、ちょっとだけ肥り気味の体をぶるんとふるわせて眼をいからせた。

「勇ましいことだ。俺は遠くにいよう」

 山羊のおじさんは、小声でクロベエに言った。クロベエは苦笑いした。

「すごいな。一日で半分近く耕し終わってる。いったい何人がかりでやってるんだろう?」

 クロベエが口笛を吹いた。

 雲の間からもれる薄陽の下で、一列に並んだ十二人の猫の男達が、リズムよく鍬を打ちこんでいる。後の少し離れた所に、カッチン、ヤッチン、ヨッチン、サトちゃん、ピピチャピ、人間の姿になった五人の猫の女性達、そしてハルおばあさんが並んでいる。耕した土の中から、小石や固い木の根を取りのぞいているのだ。

 ぽぽぽんと音がして、クロベエの友達がやって来た。

「やあクロベエ。耕すには良い日和だ」

「おはよう、山羊の奥さん」

 犬達は律儀に挨拶した。

「お祭りだな」一人が言った。

「さあ、俺達も行こう。猫達にだけやらせとくには勿体ない祭りだぞ」

 クロベエが言った。

 みんなは肩を並べて畑の方へ歩き出した。

「おはようクロベエ」

 カッチンが立ちあがって手を振った。

「おはよう山羊のおばさん、おじさん。鶏さん。みてよ、予定も計画もあったもんじゃないよ」ヤッチンが弾んだ声で叫んだ。

「クロベエ」

 ヨッチンも立ち上がって手をあげたが、元気がないようにクロベエには思えた。

「聞いてよクロベエ。猫さん達、三十人以上よ。これだったら絶対間に合うわ」

 サトちゃんが跳びはねて言った。

「ニモとヤマトの親分さん、仲直りしたの」

 ピピチャピの顔は笑いでいっぱいだ。

 クロベエ達も、猫に混じって鍬をふるい始めた。山羊のおばさんと鶏のおばさん達は後に。山羊のおじさんは、おばさんにお尻を蹴られて、仕方なく前の列に入り鍬を持った。

 猫の女性、おばさんや娘達と、鶏のおばさんと山羊のおばさんは、すぐに仲良くなった。

「私達猫は、鶏を襲うことはないわ」

「あんた達と話して、それがよくわかった。余計な心配をしてたんだね。ほら、ひよこ達子供がいるからね」

 鶏のおばさんが言うと、猫のお母さんは鶏のおばさんの手を取り、

「私達にも子供がいるわ。母親の気持は同じだわ」と言った。

「母親同士はそう思ってても、男共はどうかね」山羊のおばさんが言った。

「お宅はどうなの?山羊さんとこは?」

 別の猫が聞いた。

「悪いことをしたら、あたしゃ蹴とばすよ。それが家族ってもんさ。そうだろ?」山羊のおばさんが言った。

「うちもそうよ」

 猫のおばさんは、右手を鋭く斜めに振って、爪で空中をひきさく仕草をしてみせ、笑いをこらえて言った。 

 それから、女達は猫も鶏も山羊もいっぺんに笑い出した。前の列の男達が驚いて振り向くと、

「さっさと働きな。でないと、後から蹴とばすよ」

 山羊のおばさんは、腕まくりして言った。

 それで、みんなが笑った。あのニモでさえ楽しそうに笑っている。カッチン達もお腹が痛くなるまで笑った。カッチンはふと、ニモが奥さんにお尻を蹴られるところを想像してみた。

――お尻を蹴とばされても、ニモは真面目でクールな顔なのかな?

 カッチンが思っていると、サトちゃんが、

「ねえ、ヤマトの親分も、奥さんにお尻をけとばされちゃうのかな?」と言ってきた。

 ヤッチンとヨッチンとピピチャピも顔を寄せてくる。五人は、畑の横で、世界中どこにも、楽しいことなんぞ何ひとつないと言う顔で立っているヤマト親分を見た。それから、あはははっと笑った。

「君達――」後からニモが呼びかけてきた。

「あっ、はい」五人は思わず立ち上がった。

「ずい分、働き手が増えてきた。そこで相談なのだが――」

 アトリエの前まで五人を誘うと、ニモは言った。

「耕したり、石を取りのぞくのは、私達がやることにしよう。君達は、これから何をやれば良いのか、計画を立てて、私達に教えてくれないか。そうすれば、私も安心して仕事を進められる。どうだね?」

「でも、それじゃ僕達、楽すぎてみんなに申しわけないなあ」ヤッチンが言うと、

「いや、そうじゃない。考えてみると良い。他の者では計画はたてられない。計画をたてて、全体を進めていけるのは君達だけだ。それはとても大変で、大切なことだよ」

 ニモは言った。

「そうでした」カッチンが答えた。

「私達は、今日中に畑を耕し終わるつもりだ。出来れば、いつでも苺を植えられるよう、肥料も土に入れてしまいたい。そう言う計画と手配を間違いなくやって欲しいのだ。指揮は私とヤマトの親分とでとる」

「はい。わかりました。無駄なく進められるよう、きちんとします」とヤッチン。

「ありがとう」

 ニモはほほえみ、畑の方へ眼をやった。

「見てごらん。今は、ニモの側だとかヤマト親分派などと言う者は誰もいない。君達のお陰で、私達も無駄な争いを避けられたのだ。感謝している」

「いいえ、私達の方こそ」

 ハルおばあさんがそばに来て言った。

「カッチン、ヤッチン、ヨッチン、ピピチャピが一生懸命頑張ってくれて。そのお陰で、こんなに大勢の方の協力を得られました。あなた方猫一族の協力がなければ、とても苦労していたでしょう。こちらこそ、お礼を言わなくちゃなりません」

「では、お互いさまと言うことです」

ニモは会釈すると、

「私は仕事に戻ります」

 畑の方へニモは戻っていった。

 ニモが言ったように、その日の夕方には、畑は全て耕された。あとは、明日肥料を混ぜ、畝を作れば、いつでも苺の苗を植えられるのだ。

「明日、お昼まで雨が降らなければ、大丈夫だ。うまくいくよ」

 ヨッチンが言った。

「うん。ここまで来れば安心だ。苺の苗が来るのは、明後日の金曜日。二日位雨が降っても、日曜日にみんなでやれば一日で苺は植えられる。八十八夜は来週の木曜日。大丈夫だ」

 ヤッチンが言った。

「ありがとう、みんな」

 サトちゃんがお礼を言った。

「今夜はご馳走を作りましょ」

 ハルおばあさんが、サトちゃんとピピチャピの肩に手を置いて言った。

「僕等は、間違いないよう、計画を見直そう」

 カッチンが言った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る