第8話 手伝って みんな!

手伝って みんな!

 

 カッチン、ヤッチン、ヨッチンの三人は、手の中のコトノハのしずくを握りしめた。そして、五メートル先で草を食べているヨッチンの家の山羊をみつめた。何せ、山羊と話すなんて、初めてのことなのだ。三人ともドキドキワクワクしていた。一番の最初は、三人で声をかけることにした。

 三人は、コトノハのしずくを胸のまんなかにあて、並んで五歩すすんだ。草を食べていた山羊が、ひょいと顔をあげ三人を見た。

「こ、こんにちは」

 三人は挨拶した。

「おや、こんにちは。いつもの三人組だね」

 山羊のおばさんが答えた。

 三人はゴツンと額をつきあわせた。

「聞えたよな!」カッチン。

「ちゃんと判った!」ヨッチン。

「大成功だ!」ヤッチン。

「今度は、どんないたずらの相談だい?」

 山羊のおばさんが聞いた。

 三人はサッと山羊のおばさんの方を向き、エヘラッと笑い、カッチンが言った。

「いたずらだなんて……」

「知ってるよ。古屋敷の庭で、なんだか、にぎやかにやってるそうじゃないか」

 山羊のおばさんが、ギラッと眼を光らせる。

「あの、実は、そのことで……えっ、何で知ってるの?」ヨッチンが言った。

「知り合いの雀から聞いたのさ。――私にも手伝って欲しいんだろ?」

 山羊のおばさんは、頭をぶるるっと振った。

「はいっ」

 三人はキョオツケをして答えた。

「いいよ。手伝ってあげる。困っているみたいだからね」

「ありがとう!ありがとうございます!」三人はうれしくて、頭を下げた。

「手伝うのか?」

 立派な角を生やした山羊のおじさんが、小屋からのっそり顔を出して言った。

「ええ、あんたもそのつもりなんだろ?」

 山羊のおばさんが聞くと、おじさんは、

「ヨッチンは、良く面倒を見てくれるからな」

 と言って、ムフフフと笑ってみせた。

「よろしくお願いします」

 三人はもう一度頭を下げると走り出した。

「すごいぞ。本当に山羊としゃべれた」

 ヨッチンが、鼻息フウフウして言った。

「魔法だ。僕達、魔法を使ってるんだ」

 ヤッチンも、目玉くりくりで興奮している。

「この調子で、次はヨッチンの家の、犬のクロベエだ」カッチンが言った。

「その後は、鶏だ」とヨッチン。

「今日中に、手伝ってくれる動物が全部集まるかも知れない」とヤッチン。

 クロベエの小屋は、大きな納屋の端っこだ。クロベエは、前足の上にあごを乗せて、くたんと寝そべり、退屈そうに尻尾でぱさっぱさっと地べたを掃いていた。クロベエは雑種の毛が少し長い大きな犬で、冬眠からさめたクマみたいな顔をしていた。大きくて力が強かったが、おとなしい犬だ。

 三人が走って来るのを見ても、クロベエはものうげに、ワフッと小さく啼いただけだった。三人はクロベエのそばにしゃがんだ。

「クロベエ、頼みがあるんだけど、聞いてくれる?」ヨッチンが言った。

 クロベエはびっくりして耳をピョンと立て、

「ヨッチンの言ってることが、はっきりわかる」驚いてむくっと起きあがった。

「ぼくらも、クロベエが何て話してるのかわかるんだよ」ヨッチンがクロベエの頭をなでて言った。

「どうして?どうしたのヨッチン?」

 クロベエは舌をべろんと出した。

「ヨッチンだけじゃないぞ。僕もヤッチンもクロベエと話せるよ」カッチンが言うと、

「こりゃすごいな。一体どうしたんだ?」

 クロベエが三人を見渡して聞いた。

「いい。これから言うことを、よく聞いて」

 ヨッチンは話し出した。一生懸命話した。

「そうか……。ヨッチンも大変なことを引き受けてしまったな。いいよ、手伝うよ。俺もさァ、ちょっと、人間みたいに立って歩いてみたかったんだ」

 クロベエは、ヨッチンの話を聞き終わるとそう返事したのだった。

「やったァ」

 三人は、互いの手をパチンと叩いた。

「ねえ、クロベエ。他にも近所に犬が居るだろ?誰か手伝ってくれるかな?」

 ヤッチンが聞いた。

 クロベエは首を真横にかしげて考えていたが、ウーンとうなり、

「みんな、年寄りばかりだからな。川向こうまで行けば、知り合いはいるけど」

 と自信がない。

「あまり遠くじゃ無理だな。鶏さんは?」

 カッチンが言った。

「鶏なら大丈夫だ。働けそうなのが三羽くらいいるよ」クロベエが答えた。

「これで、うまくいけば六……人か。あと、猫と牛のゴリさんが手伝ってくれれば、まず問題ないな」ヤッチンが満足気に言った。

「ゴリさんは駄目だよ。今、生まれたばかりの男の子が病気で、手伝うどころじゃないよ」

 クロベエが言った。

「そうなんだ。二日前から、具合が悪いんだ」

 ヨッチンがぽそりと言った。

「ええっ?ほんと?」

 カッチンが額をぴしゃりと叩いた。

「しまった。一番の力持ちが駄目なのか」

 ヤッチンも予定外のことを聞いて、眉をよせている。

「ゴリさんは牛の大将だろ。他の牛も子牛が心配で、手伝わないと思うな」

 クロベエが言った。

「牛が駄目でも、猫たちがいるよ。猫はいっぱいいるから、牛のゴリさんの分は猫の数をふやせば、何とかなるさ」

 カッチンが言った。

「そうだな」とヨッチン。

「うん。――今日はここまでだ。夕方だけで三匹じゃなくて、三人は確実だ。牛のゴリさんだって、子牛の病気が治れば、手伝ってくれるよ」

 ヤッチンが言った。

「ありがとう、クロベエ」カッチンが言った。

 三人は、夕方も遅くなったので、家に帰ることにした。家にランドセルを放り出したまま、ずうっと走り回っていたのだから。

 三人は満足だった。コトノハのしずくで動物達と話せたし、山羊のおじさん、おばさん、犬のクロベエが、早速手伝ってくれることが決まったのだから。

「明日は鶏と猫だ。この調子でいこう」

 ヤッチンは、ノートに今日の成果を書きこみ、ぐっと顔を引きしめて言った。

「あと十二日ある。大丈夫そうだな」

 ヨッチンが、慎重に数えて言った。

「じゃ、明日はヨッチンの鶏小屋の前に集合だね」

 カッチンが言った。

「集合は七時半にしよう」

 ノートをぱたんと勢い良く閉じると、ヤッチンが言った。

「猫の仲間に、ピピチャピがうまく話してくれるといいな」ヨッチンが言った。

「ピピチャピなら大丈夫さ」カッチンはドンとひとつ胸を叩いたのだった。


 ところが、ピピチャピは夜になっても帰ってこなかった。次の日の朝、ヨッチンの鶏達に手伝ってくれるよう話した時にも、ピピチャピは姿を見せなかった。

「先にアトリエに行ってるのかも知れない、心配するなよ」

 ヤッチンとヨッチンはなぐさめてくれたが、カッチンは心配で、胸の奥でなまぬるい風がざわんざわん吹いてしかたなかった。

 アトリエにも、ピピチャピはいなかった。

 ハルおばあさんもサトちゃんも、大丈夫だって言ってくれたが、カッチンの嫌な予感はどんどんふくらんでいった。ピピチャピが家に帰らなかったことなんて、これまで一度もなかったのだ。

「さ、飛ばすわよ」

 サトちゃんが、出来たてのバイバイリーフを、アトリエの外の丸テーブルに並べた。

 サトちゃんとハルおばあちゃんが指を立て、空中をひとなでして、テーブルの方へ導くように指を動かした。すると、かすかに羽音がして、すりかえ蜂が体を金色に輝かせ、バイバイリーフの前に降りて並んだ。二人が、テーブルをトンとひとつ指先で弾くと、すりかえ蜂はバイバイリーフを口にくわえた。

 ハルおばあさんとサトちゃんが、

「行っておいで、お前たちの行くべきところ、果たすべき役目の為に。ヨッコラショ」

 優しく語りかけた。

 すりかえ蜂は、待ちかねたようにバイバイリーフをくわえて飛びたち、一度輪になってくるりとまわり、それからそれぞれの行くべき方向へ飛び去った。

「さあ、これで大丈夫。バイバイリーフが、山羊と鶏、犬のクロベエを連れてきてくれるわ。すりかえ蜂は、本物が戻るまで、代わりに姿を変えて身代わりよ」

 サトちゃんは、ほっとした様子で、カッチン達三人に言った。

「うまくいったんだ」

 まだ信じられない顔で、ヤッチンがぼんやりと言う。

「でも、すりかえ蜂が何を話してるのかわからなかった。コトノハのしずくを持ってるのに」ヨッチンが言った。

「コトノハのしずくにも、レベルがあるの。みんなにあげたのは、レベル三のしずく。虫と話すには、レベル四。魚はレベル五」

 サトちゃんが答えた。

「そうか。苺を作るのに、虫や魚は関係ないものな」ヨッチンが言った。

「うん」カッチンだけが上の空だ。

 林の奥の、秘密の入口の方を見たり、離れの方をすかし見たりして、ピピチャピの姿をさがしているのだった。

 でも、カッチンも、ピピチャピのことだけを考えている訳にはいかなくなった。すりかえ蜂が飛びたって五分もしないうちに、アトリエの前は、無茶苦茶騒がしくなったのだ。

 バイバイリーフの葉っぱがひらりんと降ってきて、ぽんっと音を立てると、その度に、動物が姿をあらわした。最初は山羊のおじさんとおばさん。鶏が三羽。ヨッチンところの犬のクロベエと、他に犬が三匹。古屋敷の庭に、山羊と鶏と犬の声が響きわたった。

 山羊のおじさんとおばさんは草を食べてる。鶏達は、勝手に庭を走り回り虫を追いかけてるし、犬達は並んで、空に向かって吠えている。もう、ごしゃごしゃで、メェェで、ワオォンでコケコケケッコウ。

 カッチン達三人は、あわてて鶏や犬達をしずめようとしたが、さっぱり言うことを聞いてくれない。ハルおばあさんとサトちゃんの二人は、あわてる風でもなく、両手を上げ、指揮者のように腕を振った。

 庭のあちこちで、ぽん、ぽんっ、ぽぽぽんっと音がして、動物達が人間の姿に変わっていく。騒がしい鳴き声はぴたりと止まり、しんと静かになった。カッチン達はほっとしてアトリエの前に戻った。

 次の瞬間。人間になった動物達が、一斉に喋りはじめたのだった。その騒々しさは、鳴き声どころじゃなかった。挨拶やら、お互いの姿の批評やら、人間になった変てこな気持やらが、一辺にごちゃ混ぜに爆発して、誰が誰と何の話をしているのやら、さっぱりわからない。

「静かにして。静かにして下さァい」

 カッチン達はコトノハのしずくを握りしめ、大声で何度も叫ぶしかなかった。

 やっと静かになった。

「ごめんよ。人間の姿になるなんて初めてのことだからさ。つい感激しちまって。でも、見てよ、ウチの人のひげ、立派でしょ?」

 山羊のおばさんは、にこにこして山羊のおじさんをみた。

 鶏も喋り出した。一番年寄りのおばあさんだ。

「私達は元々体が小さいから、草むしりくらいしか手伝えないよ。それにいくら人間の姿をしていても鶏だから、鳥目のままだし、昼間しか手伝えないよ」

「大丈夫だよばあちゃん。耕すのは俺等にまかせとけ」

 クロベエが言った。人間になったクロベエは、大きなたくましい体の、二十才程の青年の姿だった。人の好さそうなのん気な顔で、低いが優しい声だ。

「おや、あんたクロベエかい。なかなかの男前だねェ」と山羊のおばさんが言った。

「男前って?」

 クロベエがきょとんとして聞いた。

「ハンサムってことさ。近頃の若い者は言葉を知らないねえ」

 鶏のおばさんが情けなさそうに首を振り、あれっ?と言う顔で尋ねた。

「所で、何の話だっけ?」

「もう、鶏さんは忘れっぽいんだから。苺畑作りの手伝いだろ」と山羊のおばさん。

 そこで、サトちゃんとカッチン達三人とで、もう一度、畑作りの説明をしなくてはならなかった。畑にする場処の草むしりが始まったのは、三十分過ぎた頃だった。

 いよいよ、苺作りの第一歩が踏み出されたのだ。

「こんなに騒がしくて大丈夫なの?みんなの話し声が、外に響いて大変だよ」

 ヤッチンは、草をむしりながらサトちゃんに聞いた。

「大丈夫よ。樹の上にいくつも、吸い吸いスピーカーを取り付けておいたから」

「吸い吸いスピーカー?」とヨッチン。

「音や喋り声を吸い取っちゃうスピーカーよ。昼でも夜でも、古屋敷はいつもと同じに静かなままよ」サトちゃんは答えた。

「そ、そっか、吸い吸いスピーカーか……すごいな」

 ヨッチンが感心した声で呟き、そっと木を見あげた。

 

 えっ? なんだって?

 みゃあ、とその時カッチンの足許で声がした。ピピチャピだ。

「チャピ、どこに行ってたんだ。心配してたんだぞ。早く、人間の姿になれよ」

 カッチンは怒ったような、じれったいような、早口で言った。

 でも、ピピチャピはそのままで、ミャアとまた鳴いただけだった。カッチンは、コトノハのしずくを握りしめた。

「カッチン、サトちゃん。大変なの。猫の大人達は、手伝ってくれそうにないよォ」

 ピピチャピが、困った声で言った。

「やっぱり、何かあったんだな?」

 カッチンが、勢いこんで聞く。

「どうしたの?ピピチャピは大丈夫?」

 サトちゃんが聞いた。

「私は大丈夫……」

 答えるピピチャピは、体のいたる所に、草の種や枯れた葉っぱをくっつけて、とても疲れているように見えた。それでも、ピピチャピは言葉を続けた。

「猫の大人達は、今、縄張り争いをしてるの。西の方の、新しいグループと決戦って言うの?その日が近いから駄目なんだって。私、一生懸命話したんだよ。でも、子供は黙って、余計なことするなって……」

 ピピチャピは悔しそうだった。

「ああ……」

 一番がっくりしてため息をついたのはヤッチンだった。今ヤッチンの中では、自分で立てた計算と計画が、音を立ててくずれているに違いない。

 ヨッチンは黙ったまま、ピピチャピを見ている。ヨッチンは騒がないのだ。

「わかった。ありがとうピピチャピ。僕が頼んでみるよ。猫の大将の所へ連れて行ってくれ」カッチンが言った。

「私も行くわ」サトちゃんが言った。

 カッチンはチカリとサトちゃんを見た。サトちゃんがうなずく。

「カッチン、こっちは僕とヤッチンにまかせてくれ」

 ヨッチンが言った。カッチンがうなずく。

 ヤッチンのショックは大きいようだったが、ヤッチンは右腕をぐっと突き上げ、強くこぶしを握ってみせた。カッチンとヨッチンとサトちゃんもこぶしをぎっと握り、ヤッチンのこぶしに軽く打ちあてた。

「これくらい、何でもないさ。始まったばかりだ。へこまないぞ」

 カッチンが力強く言った。

 ハルおばあさんは、子供達の姿を何も言わずに見ている。自分が中心になってすすめるのではなく、子供達が力を合わせていくのを、じっと見守っている。でも、ハルおばあさんの眼には、強い決意の光が輝き続けていた。

 カッチンとサトちゃんとピピチャピは、秘密の入口から外へ出ると、ピピチャピの案内で、猫の大将が居る所へ向かった。

「猫の大将じゃなくて、猫の親分で、ヤマト親分って言うのよ。とても長生きで、誰れも本当の年を知らないの。すごく強くて、たくさん色んな事を知ってるの」

 案内しながら、ピピチャピは二人に話して聞かせた。猫の親分は、八幡山の本堂に居るのだとピピチャピは教えてくれた。

 八幡山の石段を登る間中、草の陰から誰かがじいっとカッチン達を見張っているのを感じた。八幡山は古屋敷から五百メートル離れた丸い丘の上にあるのだ。石段を登り切ると、十メートル四方の広場があり、奥に八幡様の社が建っている。

「いた。あそこだ。社のまんなか」

 カッチンが低く鋭くサトちゃんにささやいた。サトちゃんが、小さく、ええと答える。

 十メートル離れていても、猫の親分の眼がギラッと光るのがわかった。カッチン達が近づいていくと、何処からか猫が姿をあらわし、猫の親分の両側に並んだ。全部で四匹だ。

 カッチン達はゆっくりと歩き、猫達の二メートル手前で立ち止まった。猫達は、八幡社の回廊の上にいるので、カッチン達と丁度眼が合う高さにいた。

 猫の親分は、大きな欠伸をして、面倒臭そうに、ふさふさの長い尻尾を、ひとつぱたりと鳴らして、

「なんだ。今度は人間の子供じゃあねえか。何しに来やがった?」

 お腹にどすんとひびく声で訊ねたのだった。

「やあ、こんにちは、猫の親分さん」

 カッチンは呼びかけた。出来るだけ、にっこりとしたつもりだ。

「小僧、のんびり挨拶しているひまはねえ。俺たちゃあ、ちょいと忙がしいんだ」

「わかってるよ、でも、お願いがあって来たんだ……」

 カッチンが全部言い終らない内に、

「苺作りの手伝いなら、出来ねえ。他の時ならまだしも、今は無理だ。諦めな」

 猫の親分は、にべもない調子で断った。

「お願いします。どうか、助けて」

 サトちゃんが言って、頭を下げた。

 猫の親分は、人間に頭を下げられて、びっくりしたのだろうか、両眼をみひらいて、尻尾をぱさりぱさりと動かした。

「無理なものは無理だ。あんたが村を大切に思うように、わし達の縄張りも同じくらい大切なものだ。わしも、みんなを守らなくちゃならねえ」

「ねえ、相手の猫の親分がわかってくれたら、縄張り争いを止めてくれたら、僕達のこと、手伝ってくれる?」

 カッチンは必死になって聞いた。

 猫の親分は、すぐには答えず、今にも飛びかかりそうな鋭い眼で、カッチンを真正面からじっと睨んだ。すごい圧迫感だ。

――負けるもんか。

 カッチンは、猫の親分から吹いてくる熱い風にぐっと踏みとどまって、親分を睨み返した。ここで眼をそらしたら負けてしまう。

 長い長い時間に思えたが、きっと二十秒か三十秒くらいだったのだろう。猫の親分が、にたりと笑って、

「いいだろう。小僧、お前があいつを説得出来たら、喜んで手伝ってやるよ」

 猫の親分が重々しい声で言った。

「ありがとう、親分」

 カッチンは頭を下げた。

「喜ぶのはまだ早い。あいつを説得してから礼を言いな、若ェの。――あいつは親分じゃなくて、自分のことを今風にボスと呼ばせているらしい。あいつはわしより若くて荒っぽいぜ。せいぜい気をつけるこっだな」

 猫の親分は言って、カッチンの心の中をさぐるように、またじっと見据えてきた。

「西のボス猫は、どこにいるか知ってたら、教えて下さい。今から行って話してきます」

 カッチンは真剣にたずねた。

 猫の親分が、アゴをしゃくると、右後にいた猫が答えた。

「へい。古屋敷から西へ三百メートル。古い町役場の跡が、奴等の根城です親分」

「だそうだ」親分はカッチンを見たままだ。

「ありがとう」カッチンは素直にお礼を言って、また頭を下げた。

 右後の猫がひゃはははと笑い、

「俺達の関ヶ原は、古屋敷の庭だぜェ。せっかく作った苺を踏み荒らされないよう、気をつけるんだなァ」と言った。

 カァッとしてカッチンが頭を上げた時には、

「バカ野郎!」

 猫の親分の怒った声で、他の猫達はちぢみあがっていた。

「お前達がそんな間抜けだから、わしはいつまでも後を継ぐ者を決められねえんだ。たとえ相手が人間でも、真剣かいい加減な奴かはちゃんとたしかめるんだ」

 親分は子分達を叱りとばした。

「すいませんっ」子分達が謝った。

「謝るのはわしじゃねえ。人間の小僧共にあやまりな」

「エエッ?人間なんかにあやまるんですか?」

 子分達は情ない顔になり、カッチンとサトちゃんをチラッと見た。親分がひとにらみ。

「すいませんでした」

 子分達はあやまった。

「いいよ。僕は気にしない。でも、大事な苺なんだ。だから、苺畑だけは荒らさないで」

 カッチンは頼んだ。

「約束する」親分は、はっきりと言った。

「ありがとう」

 もう一度お礼を言って、カッチンとサトちゃんは歩き始めた。

 それまで黙っていたピピチャピだったが、

「あの……」親分に言いかけた。

「お前はまだ子供だ。だが、お前は自分の信じた通りやってみな。――さあ、もう行きな」

 親分は、カッチンとサトちゃんの方へあごをしゃくった。

「ありがとう。あたし、がんばるから」

 ピピチャピは走り出した。

「ああ……」

 その後姿へ向かって、親分は答えた。

 八幡山の石段を降りながら、カッチンは何だか不思議な気持だった。猫の眼から見たら、きっと人間は変てこなことばかりやってるのかも知れない。そう思った。

「ごめんね、カッチン、サトちゃん。猫の親分、ガンコ者で……」

 ピピチャピが申し訳なさそうに言った。

「ううん。そんなことないわ。猫には猫の世界の事情があるし、猫はもともと誇り高い生き物だもの」

 サトちゃんはにっこり笑って言った。

「ありがとう。そう言ってくれると、私も少しだけ安心」

「それに、相手のボスと話をするまでは、まだ諦めることはないさ。ピピチャピ、疲れてないか?」カッチンが聞いた。

「私は大丈夫。サトちゃんやカッチン達が、こんなに頑張ってるんだもん。私だって。私は、誇り高い猫一族の一員だよ」

 ピピチャピは尻尾をピンと立てて答えた。

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