第7話 魔法だぞっ!

魔法だぞっ!

 

「カッチン、コトノハのしずく、出来たァ」

 ピピチャピが、アトリエの窓から体を乗り出し、大声で呼んだ。

「行こう」

 丸太を打ちこみ終わり、草むしりしていた三人は、ピピチャピの呼び声が終わらないうちに、もうアトリエに向かって走っていた。

 カッチン達はアトリエに飛びこむと、部屋の中を見回した。

――コトノハのしずく、動物と話が出来る魔法の道具って、どんなものだろう?

 もう、体はじっとしていられない。お腹の奥がむずむずぴくぴくしている。

「こっち、これよ」

 サトちゃんは、一枚板のテーブルを指さした。サトちゃんのほっぺたはうすピンクに輝き、顔は満足気な表情でいっぱいだ。

――あれだ!

 三人は、おそるおそるテーブルに寄った。テーブルの上には、小さなガラスのびんがみっつ。テーブルから三センチ上に浮かんでいる。三人は首を伸ばして、空中でゆっくり回っているガラスのびんをジッと見た。

 とがった所をけずって、全体をぷっくらとふくらませたひし形をしたガラスの中は、虹の光が明滅している。

「わはァーッ」

 三人は、ガラスの虹の光に吸いこまれそうになって、ちいさく声をもらした。

「おおっ」

 三人は首をぐゅっとちぢめて、体をぴゅっと後へそらした。

 ガラスのびんがふっと空中へ舞いあがり、三人の前へ一個ずつ飛んできたのだ。ガラスの小びんは、三人の顔の前でとまり、またゆっくりと回っている。

「コトノハのしずくよ」

 サトちゃんが言った。

「さわっても大丈夫なの?」

 カッチンが遠慮気味に手を伸ばす。

「いいわよ」

 三人は手を伸ばし、おそるおそる小さなガラスのびんにふれた。びんから光が走り出て、指先かららせん状にからみついていく。

 三人は、光の帯が体の中へふんわりと溶けこんでいくのを、口をぽかんとあけてながめた。指の先から、温かくなり、優しい力が体中に満ちていく。

「見えない鎖で、しずくはあなた達とつながってるの。失くす心配はないわ」

「ねえ、呪文とかないの?サトちゃん」

 カッチンは、手の上にコトノハのしずくをのせ、注意深くながめた。

「ないわ。あんた達は魔法使いじゃないもの」

 サトちゃんは三人をたしなめた。

「だって、呪文がなくて、どうやってしずくを使うのさ。いっつもあちこちから、色んな動物の話し声が聞えてくるの、いやだな」

 カッチンがどうだと言う顔をした。

「使い方はちゃんと説明するわ。いくらコトノハのしずくを持っていても、動物達の声が聞けるわけじゃないのよ」

 サトちゃんは三人を前にして、先生のような口をきき始めた。

「じゃ、早く教えてよ」カッチンが言った。

「コトノハのしずくで、動物と話す方法はただひとつ。本当に、その動物と話したいと思うこと。魔法も同じなの。何百もの呪文も、何千もの薬や道具もそう。使う人の心。心が一番大切なの。やり方や呪文じゃないのよ」

 サトちゃんの瞳の中で、今まで見せたことのない熱い光が燃えている。

「魔法は、人を苦しめたり、自分の欲しいものを手に入れる為にあるのじゃないわ。それだけは分って。……そうじゃないと、村を滅ぼして、光の原石を奪おうとする、自分達の欲しいものを手に入れようとする魔法使い達と同じ心になってしまう」

 サトちゃんの体から、大きな力の波が溢れていた。サトちゃんの、村を守りたいと思う気持、魔法を正しく使いたいと思う気持は、カッチン、ヤッチン、ヨッチンの三人にも伝わった。

「ありがとうサトちゃん。ちゃんと話してくれて」カッチンが言った。

「コトノハのしずく、大切に使うよ」

 ヨッチンの言葉には、力がこもっていた。

「明日は土曜日だ。明日と明後日で、手伝ってくれる仲間をさがすよ。僕の計算では、少くとも十五人の手伝いが必要だ。猫はピピチャピに。僕達は犬や鶏、山羊に話すよ」

 ヤッチンは少し早口で言った。

「ありがとう、みんな」サトちゃんが心をこめて言った。

 あっ、サトちゃんの眼の奥がうるうるしてる。泣くなよ。女の子に泣かれるの苦手なんだ。カッチンは眉を寄せて、サトちゃんを見た。

「本当に、私達の為にありがとう。あなた達は、サトちゃんの大切なお友達だわ」

 ハルおばあちゃんは、カッチン達三人に、きちんと頭を下げた。

 カッチン達三人もあわててキョオツケをして深々と頭を下げた。

「この辺の動物のことならまかせてよ」

 カッチンが胸をはる。

「ほんと?カッチン達、結構いたずらしてるじゃない。大丈夫かなあ」

 とピピチャピが三人を横目で見ながら言った。

 カッチン達三人はドキッとして、横目できょろきょろお互いを見た。三人は、点数が悪いテストを、無理矢理山羊に食べさせたり、牛の尻尾に団扇をむすびつけたりしたことを思い浮かべた。思い出そうとすれば、もっといっぱい出てくる。

「だけど、あれは、ほらなんて言うか、一緒に遊んでただけだよ。それにさ、僕達、この前も迷子になって、小川を流されてた子猫を助けたんだぞ」

 カッチンは言ったが、あまり元気じゃなかった。

「そうだよ、弱い動物をいじめたりはしない」

 ヨッチンは言い切った。

「ちゃんと理由を話せば、手伝ってくれるさ」

 ヤッチンは自信ありげに言った。

「そうね。いじめたりはしてないものね」

 ふふふっとピピチャピは笑った。

「いたずらは、少しするけど。猫のひげを切ったり、鶏を屋根の上から飛ばそうとしたりはやったけど。あれは、実験だから」

 カッチンは顔を赤くして言った。それから、へへへっとカッチンは照れ笑いをして、

「もう、わかったよピピチャピ。そんなに意地悪だったのか?」と言った。

 ピピチャピは獲物を狙う豹のように、すすっと体を乗り出し、鼻をピクピクと動かし、

「そうかもね?」と言ったので、みんな笑い出してしまった。

「あなた達をみていると、勇気が出てくるわ」

 ハルおばあさんは、サトちゃんの肩を抱いて言った。

「まだ時間はある。今日中に、何匹かに、いや何人かな、コトノハのしずくで話をして、明日はもっと元気になる報告をしようよ」

 ヤッチンが言った。

「本当は、少しでも早くコトノハのしずくを使って、動物と話したいんでしょ?」

 ピピチャピが腕組みして、ヤッチンに言った。

「ウッ」とヤッチンは声をあげ、カッチンの方を見た。

「カッチン、なんだか、ピピチャピ、サトちゃんに似てきたぞ。大変だぞ」

 ヤッチンが弱気な調子で言った。

「当り前でしょ。二人共、チャピなんだから」

 サトちゃんはピピチャピの横に並び、同じように腕組みして言った。

 サトちゃんとピピチャピは顔を見合わせ、

「あはははは……、私たち、女の子の勝ち」

 足をばたばたさせ、笑って言った。

「ハルおばあちゃん……」

 カッチン達三人が助けを求めた。

 ハルおばあちゃんも腕組みしていた。

「……おばあちゃんも、女の人だァ……」

 三人は降参の印に、両手をあげた。

「参りました」

 三人は顔を伏せた。

 三人の肩がふるえている。サトちゃんとピピチャピは、はっとして三人を見た。少し、いじめ過ぎたかな、と思ったのだ。三人の肩のふるえが大きくなっていく。やがて、くっくっくっと言う三人の声が聞えてきた。

「ねえ、どうしたの?」

 サトちゃんが心配そうに聞いた。

 三人が一緒に顔をあげた。

「あぁっ!」サトちゃんは叫んだ。

 カッチンたち三人は、笑いながらアッカンベェをしていたのだ。

「俺達が降参なわけないだろ」

 言って三人は走り出した。

「もう、だましたわね」

 サトちゃんが追いかける。

「いじわるなのはカッチン達の方だよ」

 ピピチャピも三人を追いかけ出した。

 広い庭で、五人の追いかけっこが始まった。足音と笑い声がひびく。その姿を、ハルおばあさんはじっと見ていたが、やがて、ホッとため息をつき、祈るように両手を組み合わせ、頭を垂れた。

「僕たち、手伝いを頼みに行くからね」

 カッチンの声が、青い空にのぼっていった。

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