第6話 夢……?

夢……?

 

 それから。……眼を開くと、もう朝だった。カッチンは、自分のフトンの上にはね起きた。部屋の中を見回した。

――間違いなく、僕の部屋だ。

 カッチンはフトンから飛び出し、窓を開けた。一階の屋根瓦が見える。その下に、庭がある。

――やっぱり、僕の家だ。

 カッチンは着ているものを見た。

――パジャマだ。

 カッチンはぺたりと座りこむと、腕を組んで考えた。

――ゆめ?……ゆめだったのか?

 どっちなのか、わからない。ゆうべのことは夢?それとも本当にあったこと?とうとうカッチンは天井をにらんでしまった。

――そうだ。チャピだ。

 カッチンはぴょいっとはねると、階段をかけ降りた。

「おはようカッチン」とお母さん。

「おはよう」

 声だけ残して、カッチンは座敷をぬけ縁側へ走った。

 いた。チャピだ。いつもの、猫のチャピだ。縁側のいつものまん中に、ころんと寝転んだチャピの姿があった。黒い毛をつやつや朝日に光らせて、チャピがいた。

 カッチンは、縁側の手前で止まると、チャピを呼んだ。チャピのぴんと立った耳がぴくり、と動き、尻尾をぴたんぴたんと左右にはたいて、カッチンを振り返った。

「いつものチャピだ……」

 カッチンはふうぅと息をはいた。

――余計にわかんないよ。

 あとは、ヤッチンとヨッチンが頼りだった。


 古屋敷は、昨日と同じように静まりかえっている。表の門も、どっしりと閉じられたままだ。

 カッチンとヤッチンとヨッチンは、古屋敷の前に、ずらりと並んで、まだ、信じられない顔のままだった。ついさっき、三人で、ゆうべのことは夢じゃないと確かめあったばかりだ。

 でも、何の音も聞えてこないこの古屋敷の前に立っていると、三人とも急に自信がなくなってしまったのだ。何故なのだろう。ゆうべの出来事が、本当に起こったことではなく、ずうっと前に、三人で一緒に見た古い映画の一場面に思える。

 あまりに突然で、あまりに強烈だったので、とても自信をもってゆうべのことだと思えないのだった。

「どっちにしても、学校が終わって、古屋敷のアトリエに行ってみればわかるさ」

 ヤッチンが用心深く言った。

 それで、三人は学校への道を歩き出した。今日は、近道を行こうとか、走って競争だとか誰も言い出さないまま、とぽとぽと歩いている。まわりの景色も、どこかよそよそしくて、三人をじっと見張っているように感じられた。胸の中はもやもやでいっぱいだし、頭の奥の方で、誰かが、本当だ、夢だ、空想だと話しあっている。

 学校へ着いても、三人は元気がない。皆が広い運動場でワイワイ遊んでいるのをながめながら、ぼんやりと、体育館の階段に並んで座っているだけだ。

――昨日が本当で、こっちの方が夢を見てるのかも知れない。

 カッチンは思った。

 やがて、授業始まりのチャイムが鳴り、カッチン達はのそりのそり教室へ入った。カッチンとヨッチンは同じクラス、ヤッチンは隣のクラスだ。

 担任の水本先生が入って来た。その後に、もう一人誰れかいる。その顔を見た瞬間、カッチンとヨッチンは、本当に夢からさめたのだった。

 カッチンはヨッチンを見た。ヨッチンもカッチンを見ている。

――サトちゃんだ。

 ヨッチンの目は、カッチンにそう叫んでいた。カッチンだって見間違がう筈がない。

 あの赤い燃える髪の毛、前をまっすぐに見据える目、サトちゃんだ。

「今日は、新しいお友達を紹介します。ご両親の仕事の都合で夏休みまでですが、この学校で、一緒に勉強することになったお友達です。名前は――」

 水本先生がサトちゃんを見てうなずくと、黒板に、こう書いた。

 小野寺 聡子――。

「おのでらさとこ、です。短い間ですけど、どうぞよろしくお願いします」

 サトちゃんは、はっきりとしたよくひびく声で言うと、ゆっくりとお辞儀をした。

 みんなが拍手をしている。カッチンも拍手に加わった。

――あはははっ、やっぱり夢でも空想でもなかった……。

 ほっとすると体の力がぬけた。拍手も上の空で、カッチンはサトちゃんを見ながら、ペシッペシッと拍手した。水本先生の声が遠くに聞える。

 席が決まって、サトちゃんが机と机の間を通って後の席へ歩いていく。カッチンの横をサトちゃんが通っていった。

「おっ」とカッチンは小さく声をあげた。

 通り過ぎたサトちゃんの後に、透明なシャボン玉がふたつ、ぽわんと浮いていたからだ。

 カッチンが見ていると。透明な玉はくるくるくるっと回り始め、ひとつはカッチンの方へ、もうひとつはたしかにヨッチンへ向ってすーっと空中を滑っていった。パチンッ。シャボン玉が割れて。

『ゆうべのことは秘密よ。他の人に知られたら大変だからね。今日もこっそり、アトリエまで来てよね』

 突然、耳元でサトちゃんの声がした。

「ひょっ」とカッチンはびっくりして声を出した。後でも同じに、

「うまぁ」とヨッチンの声が聞えた。

 二人の変な声に、クラスのみんなが、ドッと笑った。

 すかさず、水本先生の声が飛ぶ。

「カッチン、ヨッチン、ふざけない」

「はい」カッチンは答えて、サトちゃんの方をそっと横目で見た。

 サトちゃんは、知らん顔で、となりの席の女の子と何か話している。

 一時間目が長いこと長いこと。カッチンは、上履きの中で、指先をもじょもじょさせて、終わりのチャイムが鳴るのを待っていた、

 一時間目が終わるチャイムが鳴ると、先生より早く、カッチンとヨッチンは廊下へ飛び出していた。ヤッチンも廊下に飛び出してきている。三人は廊下の窓ぎわの端に寄り、顔を寄せあった。

「シャボン玉」 

 三人の最初の言葉はそれだった。ヤッチンの所にも、サトちゃんが飛ばしたシャボン玉は届いていたのだ。

 むふふふっと三人はうれしくなって笑った。――やっぱり、やっぱり、本当だった。


 空のまんなかに、白い飛行機雲。

 青く光る空。光っているのは空だけじゃない。草だって、木の葉っぱだって、小川の川面だってぴかんぴかんと光っている。田植えが終わったばかりの稲の苗の上で、風がちりちりと焼けている。

 その向こうの土手を、カッチンとヤッチンとヨッチンが走っていく。朝の元気のないへにょへにょとは違うぞ。びょっ。びョッ。ビョッ、と風を切って走っていく。

「秘密の入口っ」

 そう言って、三人はぱっと別れた。

 カッチンは右の小川を飛びこえ畑の中。

 ヤッチンは真っ直ぐ土手の道。

 ヨッチンは左の田圃の畔道。

 カッチン達は、カバンを家に置くと、すぐに古屋敷への秘密の入口、満天星の陰に集まった。丸く茂った満天星のあちこちに、小さな紅い花が咲き始めている。蜜蜂が、花の匂いを嗅ぎつけて、小さな羽音をたてていた。

「行くよ」言って、カッチンは中へ入った。

 続いてヤッチン。最後に周りを見回し、ヨッチンはちょっと首をかしげた。何か大事な時には、必ずくっついてくるピピチャピの姿が見えないのだ。ヨッチンは異常なしのウンの一声を残して、秘密の入口へ潜りこんだ。

 三人は並んで古屋敷の林の中を歩き出した。もう、隠れて走ることはないのだ。

――ちょっと、さみしいかな。

 誰にも見つからないように、足音を立てずに木の陰から木へと、ドッキンドッキンしながら走った楽しみはなくなったのだ。

 林の木立ちの間から、光の筋がすっきりと地面に落ちている。カッチンはその中を、少々拍子ぬけした気持で歩いていった。

 アトリエの向こう側で笑い声が聞える。一人はハルおばあさん。もう一人は、サトちゃんじゃなくて、ピピチャピの声だ。

「あれェ」カッチンが呟き、三人は駆け出した。アトリエをぐるりと回ると。

「やっぱり――」ヨッチンが言った。

 ゆうべと同じ、女の子の姿をしたピピチャピがいたのだ。

「カッチン、ヤッチン、ヨッチン、おかえり」

 ピピチャピが手を振って言った。

 二人は、洗いざらしのオーバーオールに麦わら帽子、作業用の長靴まではいている。

 アトリエの前の木陰には、丸いテーブルが出され、周りを椅子が六つ取り囲んでいる。テーブルの上には、大きなガラスのピッチャーがどんと置かれ、トレーにはゴブレットが六つならんでいた。ガラスのピッチャーには氷のかたまりがぷかんと浮いて、外側には水滴がぷっくらくっついている。中に入ったピンクの飲み物はなんだろう。

「約束通り、来てくれたのね。ありがとう。さ、グレープフルーツジュースを飲んで、それから、計画をたてましょう」

 ハルおばあさんが、三人を手招きした。

「どう、似合うでしょ?」

 三人にグレープフルーツジュースをつぎながら、ピピチャピが楽しくてたまらないと言った調子で聞いた。

「うん。チャピは、すっかり人間の女の子が気に入ったみたいだね」

 楽しそうなピピチャピを見て、カッチンもなんだかうれしくなった。

「うん、楽しいの。一番楽しいのは、カッチンやみんなと話せること。一緒に色んなことが出来ること」ピピチャピが目を細くして答えた。

「そうか」とカッチン。

「あのねえ、もう私とおばあちゃんで、少し畑にする所を耕したんだよ」

ピピチャピは、離れの池の前の草むらを指さし、顔をしかめて、

「でも、すごく大変だよ。草は根をはってるし、石ころはいっぱい出てくるし」

 ほら、とピピチャピは両手を開いて、カッチン達に見せた。

「あれ、もうマメができてる」

 ヨッチンが、ピピチャピの手を見て言った。

「大変そうだな」

 ヤッチンがヨッチンに言った。

 ヨッチンの家は、大きな農家で、田圃と畑と葡萄畑と桃畑がある。畑のことは、ヨッチンが一番詳しいのだ。

「何の手入れもしてない所を畑にするのは、とても大仕事さ。雑草が、土の栄養を吸い取ってしまってるからな。僕も自分の畑を持ってるけど、最初はすごい時間がかかった」

 ヨッチンが言った。

「耕して、畑みたいにするだけじゃ駄目なんだろ?ほら、肥料を混ぜたり色々面倒なんだよね?」ヤッチンが訊いた。

「そうだよ。でないと、野菜も果物も育たない。でも、大変なのは、畑に苗を植えたり、種を播いた後だよ。それぞれ、水のやり方も違う。苺だって、花が咲いたら、その内のいくつかの花は間引いてしまうんだ。でないと、全部ちっちゃくなって、実にならないからね」

 ヨッチンがみんなに説明した。

「ヘェ、そりゃ大変だ。そいつを、僕達だけでやれるのかァ?」

 カッチンは心配になった。

「しかも、魔法は使えない。しっかり計画をたてないと、畑も出来ないかも知れないぞ」

 ヤッチンは、いつになく真剣な顔で言った。

「何だかまずいな。ゆうべはもっと簡単だと思ったけど……」

 カッチンも真剣に悩みはじめていた。

「やるしかないのよ」

 オーバーオールに着がえたサトちゃんの声だった。

「さあ、ぐずぐずしてるひまはないわ、やりましょ。どっちにしたって、あと二週間もないんだから」

「うん、やろう」

 サトちゃんに答えて、ピピチャピが言った。

「よおし、まず、動かなきゃ。計画はそれからだ」

 ヤッチンは立ち上がった。

 ヨッチンも黙って立ちあがる。

「そうこなくっちゃ」とサトちゃん。

 あれっ?カッチンは立ち上がらないぞ。どうしたんだろう。ピピチャピは首をかしげた。

「カッチン、どうしたんだよ」

 ヤッチンが聞いた。ヨッチンも不思議そうな顔をしている。だって、一番に立ち上がって動き出すのはカッチンだからだ。

 カッチンは、じろっとヤッチンとヨッチンを見た。

「何か変だよな」とカッチンは言った。

「変って?」ヤッチンが聞く。

「座ってくれよ」

「う、うん」

 ヤッチンとヨッチンは、また座った。

「どう考えても無理だよ。たったこれだけの人数で苺を作るの」

 カッチンは、自分をはげますように、ウンと頷くと、

「ねえ。僕たちは別にして、本当に、ハルおばあちゃんとサトちゃんだけで、六千個もの苺を作るつもりだったの?」

 カッチンは、サトちゃんの眼をみつめている。

「……え?ど、どうして?」

 サトちゃんは、すっとカッチンから眼を外らした。カッチンが立ち上がる。

「僕にだって分るよ。こんな簡単なこと。たった二人で、いや、僕を入れて六人だけど、出来るわけがないじゃないか」

 カッチンは一歩、二歩とサトちゃんの方に進み出た。サトちゃんが後へ退がる。

「やってみなきゃわからないもん」

 サトちゃんは言ったが、カッチンは無視してこう言った。

「僕は、一生懸命、苺を作るよ。僕は、昨日サトちゃんが話したことも、悔しくて泣いたのも、本当だと信じてる。なのに、どうして?」

「どうしてって?」サトちゃんが言う。

「まだ、僕達に何か隠してる。違う?」

 カッチンはぐぅっと足を踏んばった。

 サトちゃんは、眼をそらして、うなだれた。

「わかったわ、カッチン。内緒にしておきましょうって言ったのは、わたしなの。ごめんなさいね」

 ハルおばあさんが言った。

「聞かせて下さい」

 カッチンは、ハルおばあさんの方を向き直って言った。

 みんながテーブルに腰を降ろすと、ハルおばあさんは話し始めた。

「村を出て、苺を作るメンバーは、全部で二十人の予定だったのよ。でも、村を出る所で手違いがあった。時の渦から村を守っている封印を歪ませ、通路をふさごうとした人達がいたの。その人達は、私達魔法使いのルールを守らないで、村から逃げ出した人達。私とサトコが住んでいる村は、魔法使いみんなの故郷なの。村がなくなれば、この世界に居る魔法使いは、自分達が帰る場処をなくしてしまう。そして、魔法の力もね。魔法の力を守る為に、三つの光の原石があるの。太陽の原石、月の原石、星の原石。この内のひとつ、星の原石を、ルールを破った人達が持って逃げているわ。私達の村が時の渦にのみこまれて消えてしまえば、その人達だけが、魔法を使える。どうなるか、わかるでしょ?」

「はい……」カッチンはうなずいた。

「村を潰そうとする人達は、ここにもやって来るんですか?」ヤッチンが聞いた。

「いいえ、それはないわ。ここのことは誰も知らない。だって、最初に行く筈だった場処へは行かず、ここへ飛ばされて来たんだから」

「じゃ、本当なら、ここで苺を作る予定じゃなかったんですね」ヤッチンが言った。

「そう。私達が選んだ所には、ちゃんと畑が用意されていたの。でも、それも出来なくなった。相手も私達を必死になって探してるでしょうね」

「ハルおばあちゃんの仲間に連絡出来ないのかなあ」ヨッチンが言う。

「出来ないわね。相手が私達の居場処が分らないのは、私達が連絡しないから。もし、私達が連絡すれば、相手もすぐに気が付いてしまう」

「そうか。畑は出来ても、苺の実が熟れるまで、時間がかかるから、きっと邪魔されてしまうよね」ヨッチンは納得した。

「最悪の条件の下で、苺を作らなきゃならないんだ。計画を立て直さなきゃ。まず、何をすれば良いと思う?ヤッチン、ヨッチン」

 カッチンが二人を見た。

 ヤッチンは、目玉をくりくりさせ、それから、右手の親指の爪をカリカリかみ始めた。ヤッチンが、本当にほんとにほんとうに真剣に考え始めたのだ。

「でもやるしかないでしょ?」

 サトちゃんが、いらいらした声で言った。

 カッチンが、キラッと目を光らせて言う。

「やるよ。だけど、やり方を考えなきゃ。どんなに一生懸命にやっても、苺が六千個出来なきゃ、悪い奴等の言いなりじゃないか」

「その通り。失敗を覚悟してやる時もあるけど、そうじゃない時は、よく考えるんだ。みんなで考えて、それからやるんだ。僕達はいつもそうしてる」

 ヨッチンは、腕組みして言った。

「ヨシッ。これでいこう」

 ヤッチンが言った。

「出来た?」とカッチン。

「まず、ヨッチン」

「うん」

「苺畑を作る庭が、どんな具合か様子をしっかり調べてくれ。そして、どれ位の広さの畑が必要かも教えてくれ」

「よし。まかせておけ」

 ヨッチンは立ち上がり、ピピチャピとおばあさんが堀り返した所へ歩いていった。

「次に、ハルおばあちゃん」

「はい」

「苺の苗はもう準備出来てますか?」

「十日後には、ここに着くように、今日注文したわ」

「よし、苗も大丈夫。――あとは、人数と、誰が手伝ってくれるかだな。畑の広さが分かれば、僕が計算して、人数を決めよう」

「あとは、誰に手伝ってもらうかだけだな」

 カッチンが言うと、ヤッチンは、

「それが一番の問題だなァ」

 ため息をついた。どうやら、ヤッチンにもすぐには良い考えが浮かばないようだ。

「耕運機に魔法をかけて動かすとか、鍬や鋤を魔法で耕させるとか?」

 カッチンは言ったが、すぐに魔法は駄目だもんなと、自分の考えを打ち消した。

「うん。駄目だな。苺そのものを作るのに、魔法は使えない。それに僕達は、昼間は学校だし、土曜日と日曜日以外は、夕方からしか畑作りが出来ない。弱った……」

 ヤッチンは、両手で顔をごしごしこすった。

「やっぱり、大人の力を借りなきゃ、無理かも知れない」

 カッチンも、とうとうため息をついた。

「人間は駄目よ。疑う心が強いし、特に大人はすぐには信じてくれないもの」

 サトちゃんが言った。

「そうか。――そうだよね」

 カッチンは、うんうんとうなずいた。

「でも、そうなると。まず、ハルおばあちゃん。サトちゃん。僕とヤッチンとヨッチン」

 カッチンは指を折って人数を数え、

「そして、ピピチャピ。あわせて六人……」

 言って、カッチンは、ウウン?と唸り、

「ハルおばあちゃん。ピピチャピは手伝っても大丈夫なの?」と大声で聞いた。

 ハルおばあさんは、突然大声できかれてびっくりしたが、

「ええ、大丈夫よ。直接苺作りに魔法は使えないけど、ピピチャピみたいに人間に変身して、手伝うのは全然問題ないの。どうして?」と聞き返した。

「ヤッチン!ピピチャピは大丈夫なんだっ!」

 とまたカッチンは叫んだ。

「どうしたんだよ、カッチン?」

「だって、だって、ピピチャピは猫だよ。それが、魔法で人間の女の子になって、それで苺作りを手伝っても大丈夫なんだぞ!普通に苺を作るんなら、猫のチャピだってなんだっていいんだぞ!」

「そうだよ。ハルおばあちゃんが、今、そう言っ……たばかり……!……そうかあっ」

「ねっ、ねっ、そうだろ」

「すごいぞ、カッチン!」

「ねえ、何なの?」サトちゃんは、変な顔できいた。

「猫だ。犬だ。山羊も鶏もきっと大丈夫だ」

 カッチンがサトちゃんに言った。

「えっ?えっ?ちょっと待って。ちゃんと説明してよっ」

 サトちゃんが、足をパタパタさせて叫んだ。

「ピピチャピの猫の仲間に頼むんだ」

 カッチンの言葉で、サトちゃんの動きがぴたっととまった。

「うちには、犬も鶏も牛もいるぞ」

 戻って来たヨッチンが言った。

「どうだい、良いアイデアじゃないか」

 ヤッチンは満足そうだ。

「これで、ぐんと計画が立てやすくなったぞ。やったね、カッチン」

「本当に、良い考えだわ。あんた達、思ったよりやるじゃない」

 サトちゃんも意味が判って、明るい声を弾ませた。

「ねえ、ピピチャピ。猫の仲間に、苺作りを手伝ってくれるよう、頼んでくれないか?」

 カッチンが言った。

「うん。いいよ」とピピチャピ。

「カッチン、ピピチャピだけじゃ大変な仕事だ。僕等も、やろう」

 ヤッチンはサトちゃんに、

「僕達も、猫や鶏と話せるような魔法ってないの?」と訊いた。

「もちろん、あるわよっ!」

「うん、みんなで手分けしてやった方が早いな」とヨッチン。

「どう思うおばあちゃん?」

 サトちゃんがハルおばあちゃんに駆け寄った。

「いい考えだわ。私達では思いつかないアイデアだものねえ」

「三匹のねずみは、やっぱり役に立つってことさ」ヤッチンが言った。

「これだったら、間に合うかも知れないわね。じゃ、言の葉の滴を作りましょ」

「コトノハのしずく?」

 カッチン達は聞きなれない言葉に、敏感に反応した。

――魔法の薬か?

 三人ともワクワクしているのだ。

 ハルおばあさんが、アトリエの方に歩き出した。

「それじゃ、三人共、髪の毛を一本ずつちょうだい。そして、これに入れて」

 サトちゃんが、手のひらにシャボン玉を三つ転がして言った。

 三人は、すぐに髪の毛をぬいて、そっとシャボン玉の中にさしこんだ。髪の毛は、シャボン玉の中でゆらゆらと漂っている。

――魔法のシャボン玉だ。

 サトちゃんは、指をくるんと回して、シャボン玉を、アトリエの扉を開けたハルおばあちゃんへ向かって飛ばした。

 ハルおばあさんは、右手をひらりと空中に舞わせ、三つのシャボン玉を手の上に受け取った。その手の動きはまるで踊りだ。なんて優雅で美しいこと。思わず、カッチン達はほおっとため息をついた程だ。

 サトちゃんがアトリエの方に歩き出したので、ピピチャピとカッチン達三人は、その後をぞろぞろとついていった。アトリエの前でサトちゃんはくるりと振り向いた。

「ピピチャピ、私達の手伝いをお願いね」

「はぁい」ピピチャピは、するっと音もなくアトリエに入った。

「あなた達には見せられないの」

 サトちゃんは扉の前に立って言った。

「ええっ?――そんな」

 三人が文句を言うと、

「あんた達にも、やることがあるでしょ。そっちの仕事をお願いね」

 言い終わると、サトちゃんの体は扉と一緒にアトリエの中に消え、三人は外に取り残されてしまった。

 三人は、むぅッとして扉をにらんだ。それから、にやりとして、体をかがめるとそっと足音を忍ばせて、アトリエの横の窓へ近よりはじめた。その時、目の前に大きなシャボン玉――。シャボン玉がはじけて、サトちゃんの声が三人の頭の上で爆発した。

「駄目よ、こっそりのぞこうなんて。あんた達がやりそうなことは、わかっているんですからね」

「ちぇっ。仕方ない。畑にする場所をチェックするか」

 ヤッチンが、あきらめたように言い、三人は顔をあわせて、へへへっと力なく笑った。

 でも、三人はすぐに自分達がやるべきことに熱中した。

「見て。草取りは、人数がそろえばそんなに問題じゃない。だけど――」

 ヨッチンは、庭を鍬でひと掻きして、土を掘り起こした。土をつかんで手の中でもみほぐし、カッチンとヤッチンによく見えるようにした。

「ほら、小石がいっぱいだ。それに、土は粘っこくて、あまりよくない。この土には、あまり作物を育てる力がないぞ」

「小石は、そのままじゃ駄目だよね」

 とヤッチン。

「石は出来るだけ取って、掘り起こすのも、相当深く鋤き起こして、土を柔くして空気を混ぜて、水はけもよくしてやらなくちゃ。肥料もたっぷりだ」

「次は畑の広さだな。少し余裕をもたせて、広めに耕そうと思ったけど、きっと無理だろうな」ヤッチンは親指の爪をかんだ。

「よし、やってみよう。広さを決めるんだ」

 ヨッチンは落ち着いている。ポケットから凧糸を取り出した。

 カッチンとヤッチンは、丈夫な木の枝を拾うと、小刀を取り出して先を削った。そして、ヨッチンの合図を待つ。

「まず、ここだ」

 ヨッチンが足許を指さした。

 すぐにカッチンが木の枝を地面に突き立てる。ヤッチンが石で叩いて打ちこむ。ヨッチンが、凧糸を木の枝に結びつける。凧糸を伸ばし口の中で歩数を数えて、ヨッチンが歩いていく。カッチンは三本目の木の枝を削り、ヨッチンの後を追う。

「三十五――」

 ヨッチンは立ち止まり、手を上げる。

 カッチンが木の枝を渡す。ヨッチンは凧糸をくるくるっと木の枝に二回巻きつける。後に残ったヤッチンが、最初に打ちこんだ木の枝に、親指を横に、人差指を前にぴんと伸ばして当てる。ざっと直角を出すのだ。ヤッチンが左手を上げ、ゆっくり右へ振った。ヨッチンが木の枝をゆっくりとヤッチンが指した方向へ動かす。ヤッチンが頭の上で真っ直ぐに左手を伸ばす。

 木の枝を受け取ったカッチンが、枝を石で地面に打ちこむ。その間に、ヨッチンは凧糸をゆるめ左の方へ歩いていく。ヤッチンがヨッチンの方へ走っていく。

 ヨッチンが止まった所で、今度はカッチンが親指と人差指で直角を出す。ヤッチンが木の枝を地面に打ちこむ。こうやって順ぐりにやって、たちまち、地面が四角く凧糸で囲まれた。

「五歩ずつ、ゆとりをとってある。この内側を耕して畑にすれば、大丈夫だと思うよ」

 ヨッチンが言った。

「後で丸太を四隅に打ちこんで、はっきりと目印にしよう」

 カッチンが言うと、ヤッチンが、

「二人でやってくれ。その間に、僕はこの面積から人数を計算するから。――えぇっと、ヨッチン」

 ヤッチンは小さなノートとペンを取り出した。

「たてが三十五歩。よこが四十五歩」

「ゆとりが五歩ずつ。大股だね?」

「うん。大股だ」

「ヨッチンの大股は、たしか、五十センチだから、よし、十五メートルの二十メートルだ」

 ヤッチンは歩き回りながら、計算に集中しはじめた。

「こっちは目印の丸太だ。離れの床下に、丁度良い、柴垣用の丸太があったろ?」

 カッチンがヨッチンに言った。

「ああ、あれか。でっかい木槌もあったよね」

「そういうこと。行こう」

 カッチンとヨッチンは、池の向こうの離れの建物へ走り出していた。

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