第5話 魔法使いと苺

魔法使いと苺

 

 みんな、しんとしてハルおばあさんを見ている。でも、ハルおばあさんは、すぐに優しい眼にもどった。魔法使いのチャピも、息を詰めてハルおばあさんを見ている。

「大丈夫よ。私達は悪いことをする為に、ここへ来たのじゃないのよ。でも、とても大事なこと、私達にとって大切なことをする為にやって来たの」

 ハルおばあさんが言った。

「だけど……だけど、失敗したら、私達はもう、戻れない。――それだけじゃない。私達の村はなくなってしまう……」

 突然、魔法使いのチャピが、悲しい声をあげた。

 はっとして、カッチンたちはチャピを見た。魔法使いの女の子チャピは、唇をぎゅっとかんで、眼の中に涙をためている。ぎゅっと両手を握りしめて、何か辛いことをじっと我慢している。

 カッチンは、急に申しわけない気持になった。魔法でネズミに変えられたのがくやしくて、負けたくないと怒っていただけなのだ。

――きっと、何か大変なことなんだ。

 カッチンは、ヤッチンとヨッチンを見た。ヤッチンとヨッチンも同じ顔をしている。三人は、ハルおばあさんとチャピの方に向きなおった。ヤッチンが代表して口を開く。

「あのう、僕達、こっそり忍びこんだこと、ほんとに悪いことだと思っています。それで、よかったらハルおばあさんとチャピさんが、ここにやってきたわけを、話していただけませんか?」

 ヤッチンは言った。

――すごいなヤッチン。まるで大人みたいなしゃべり方だ。

 カッチンは感心した。

 ピピチャピも、心配そうにハルおばあさんとチャピを見ている。

「あんたたちなんか、何も知らないくせに!」

 チャピが叫んだ。

「チャピ、人にあたるのはよくないわよ。きちんと話せば、判ってもらえるものよ」

 おばあさんは、優しくチャピの背中をなでながら言った。

「だって、だって……」

 カッチンとあんなに強気でにらめっこしてたチャピの眼から、ぽろりと涙がひと粒こぼれたのだ。チャピの肩がちいさく震えている。

――ああ、どうしよう……。

 カッチンは、すごく責任を感じた。

――きっと、僕のせいだ。

 カッチンはテーブルに両手をついて、チャピの方へ身を乗りだした。

「ごめん、――えぇっと、あの、サトちゃん。ごめんね。きみが、いや、ハルおばあちゃんとサトちゃんは、本当に、大変なことをふたりでやらなくちゃいけないんだね。――わかる。きみの涙でわかったよ。だから、ごめん」

 カッチンは、気持をこめて、いっしょうけんめいあやまった。

「ありがとう、――あなたは……」

 ハルおばあちゃんがカッチンを見た。

「ぼくは、カッチン」

 とカッチンは答え、

「こっちがヤッチンで、そっちがヨッチン」

 ヤッチンとヨッチンの肩に手を置いた。

「これで、みんなの名前がわかったわね。みんな、心配してくれてありがとう」

 ハルおばあさんがうなずいた。そして、チャピ、いや、サトちゃんの背中に手を置いてこう言った。

「聡子、サトちゃん、いいひびき。どう、サトちゃん、カッチンとヤッチンとヨッチンに、私たちのことを話してみたら」

 魔法使いのチャピじゃなくて、サトちゃんは、手の甲でぐいっと涙をふいて、ゆっくりとうなずいた。

「きっと、みんないい友だちになれるわ。私にはわかるの……」

 おばあちゃんは言った。

 それから、カッチン達は冷たいココアを飲んで心を落ち着けた。

「おいしい……」

 ピピチャピは眼を細めて、ぴちゃんと舌なめずりをした。

「カッチン達って、いつもこんなにおいしいものを飲んだり食べたりしてたのね」

 ピピチャピは言って、カッチン達三人を見た。

「いつもじゃないよ」ヤッチンが答える。

「ありがとう、おばあちゃん、サトちゃん。あたしを、人間の女の子にしてくれて」

 ピピチャピが言った。

「いいえ。猫は、ずうっと昔々から、私達魔法使いのお友達ですもの。それに、ピピのおかげで、カッチン達とも会えたし。ほんとに感謝してるのよ」

 ハルおばあさんが言った。

「やっぱり、ほんとに、ほんとに、魔法使いなんですね?」ヤッチンがたずねる。

「ええ、間違いなく、魔法使いよ。でも、ヤッチンやヨッチンとおなじ人間よ。特別でもなんでもないの」

 ハルおばあさんが言うと、サトちゃんが、

「普通の町に、普通に暮らしている魔法使いもたくさんいるの。世界中にね」と言った。

 サトちゃんはまだ、少し怒って、ちょっぴり悲しい顔をしている。

「じゃあ、私達が何故ここへやって来たのかをお話しましょう。その前に、冷たいココアを、もう一杯いかが?」

 サトちゃんをのぞく全員が、ハァイと手をあげた。

「わたしと孫のチャピ、ここではサトちゃんね。わたし達は、ここに、苺を作りにきたの」

 ハルおばあさんはそう言って、カッチン達三人とピピチャピを見た。

「イチゴ?」

 カッチン達三人は叫んだ。

「そう、いちごよ」

 サトちゃんが、ぷんっとして言った。

 カッチン達三人は、サッと顔を寄せ合う。

「いちご?」ヨッチン。

「イ・チ・ゴ?」カッチン。

「苺?――ね」ヤッチン。

 また、三人の頭の中は、ぎゅんぎゅん、ぐらんぐらん、きらきらイチゴのカーニバルだ。

 イ・チ・ゴ?チ・ゴ・イ?イ・ゴ・チ?チ・イ・ゴ?……でも、やっぱり、

「いちご?」

 三人は、顔を寄せてこんぐらがった頭で、ハルおばあさんが言った、「苺」の本当の意味を考え、さぐり出そうとした。ウゥウウゥん、いくら想像しても、魔法使いが作る苺なんて想像がつかない。

「でっかい、家くらいのいちご?」

 とカッチン。

「いや、ぶどうみたいな苺?」

 とヨッチン。

「黒とか、金色とか、透明の苺?」

 とヤッチン。

「苺つくるんだって。私もやってみたい。苺って、あの赤いぷちぷちの甘いのでしょ?」

 ピピチャピが、三人の間に顔をわりこませて、楽しそうに言った。

「そう」と三人は答えて、はっと顔を見合わせ、ハルおばあさんとサトちゃんの方を、ババッと見て、

「ふつうの苺?」と三人で聞いた。

「そうよ」ハルおばあさんがこたえた。

 サトちゃんは、当然でしょって顔で、しょうがない人達と言う眼で、三人を見ている。

「あはは、なんだ。そうか、ふつうの、何でもない苺ですか」とヤッチンが言った。

「なんだ、ふつうの苺だったら、魔法でさっと出しちゃえば簡単だろ?」

 カッチンが言った。

「魔法じゃ駄目なの」

 サトちゃんは、ゆっくりとかぶりをふり、全くお馬鹿さんねと言う顔で、ため息をついた。

「魔法でも出せない、特別の苺なのかな?」

 ヨッチンが、考え考え言った。

「いいえ。畑で作るふつうの苺です」

 サトちゃんが否定した。

「なんか色々と大変そうだね」

 カッチンが心配そうに訊いた。

「きっと、あなたにはわからないでしょうね」

 サトちゃんが言った。

「なんだよ、その言い方は」

 カッチンが眼にぐっと力を入れて言った。

「カッチン、また泣いちゃうぞ。まずは、話を聞こうよ。サトちゃんも、もう、カッチンにケンカ仕掛けるの止めよう」

 ヤッチンが二人をたしなめた。

 カッチンとサトちゃんは顔を見合わせ、顔を赤らめた。そして、どちらからともなく、

「ごめん」

 と小さく呟いたのだった。

「サトちゃん、あなたが話しなさい」

 ハルおばあちゃんがサトちゃんに言った。

「ええ」

 サトちゃんは答えて、背筋をピンシャンと伸ばして、姿勢を正し、真っ直ぐ前を向いた。

「全部よ」

 ハルおばあさんは、サトちゃんの手をそっと握って、はげますように言った。

「質問とにらめっこは、話のあとよ」

 ハルおばあさんは、カッチン達に向かっていたずらっぽく笑った。

「はい」

 カッチン達三人とピピチャピは答えた。

 そして、サトちゃんの方を、真剣な顔で見た。すると、サトちゃんは話し出した。

「私とおばあちゃんは、魔法使いです。私達は、苺を作る為にここにやって来ました。私達が住んでる村を守るには、どうしても苺が必要なの」サトちゃんが言った。

 カッチンとピピチャピは、ウンウンとうなずき、サトちゃんの話を聞いている。

「苺は、封印の樹にのせるの。全部で六千個の苺が必要よ」

――ろくせんこっ?

 思わず声が出そうになって、カッチンはあわてて自分の手で口をふさいだ。

「もし、苺が作れなかったら、私達の村は、封印の扉が開いて、永遠に時の渦の中を漂流することになる。私とおばあちゃんは、二度と村へ戻れなくなるの……」

 サトちゃんは話しおわると、ホォッと息を吐いた。

 カッチン達は、ゴクリと唾をのみこんだ。

 サトちゃんは、眼を落として、膝の上で組んだ手を見ている。

「あの、聞いてもいいかな?」

 ヤッチンが、そっと言った。

「どうぞ」とサトちゃん。

「どうして、自分達の村で苺を作らないの?」

「私達の村は魔法の力が隅々まで働いてるの。封印の力は、魔法の力が届かないものでなきゃならないのよ」

「そう……」ヤッチンはうなずいた。

「ああ、それに、八十八夜の月の光を浴びた苺の苗でなきゃ、封印の力を持たないの。もう時間がないのよ……」

 サトちゃんは、低いが、強い声で言った。

「八十八夜って?」ヨッチンが聞いた。

「立春、春になったって日から、八十八日目の夜だよ」ヤッチンが説明した。

「茶摘みが始まる日だ。――ええ?もうすぐだぞ」カッチンが言った。

「たしか、五月二日だ。と言うことは、あと三日しかない」ヤッチンが呟いた。

「どこに植えるの?」ヨッチンが訊く。

「この庭よ。庭に畑を作って、苺の苗を二千株植えるの」サトちゃんが答える。

「これから……庭を耕して、畑にするの?」

「ええ……。だから、もう、邪魔しないで」

 サトちゃんの声が大きくなり、また、両肩がふるふるとふるえた。

「無理だ。あと三日じゃ、とても無理だ」

 ヤッチンも、諦めたように言った。

 ヨッチンはじっと何か考えている。

「僕。――手伝うよ僕達。ピピチャピもいるし、全部で六人だ。やれる、絶対に間に合うって。やろう!」

 カッチンは、じょんっと立ち上がり、両手でテーブルをバチンッと叩いた。

 みんなは、眼を丸くしてカッチンを見た。

 カッチンの眼はムキムキッと大きくひらかれ、口はぐぅぅっとまっすぐに引き結ばれていた。みんなカッチンの勢いに圧倒されて、黙っている。

 と、カッチンはそおっと右手をテーブルから離し、顔をしかめて、右手をひらひらさせ、

「しびれた……」と呟いた。

 ああぁ、カッチン、調子にのりすぎて、またやっちゃった……。

 くすくすくすすっと笑い出したのはサトちゃんだ。ハルおばあさんも、ほほふっふっふっと笑いだす。

「やろう」

 ヨッチンは言って、おひょひょひゃはっはっはっと笑い出す。

 ヤッチンは最後まで我慢したけど、とうとうぶへへへほぉっほおっと笑いだした。ピピチャピも、くぷぷぷぷっと笑っている。カッチンも、がほがほ笑ってしまった。

 アトリエの中が、急に明るくなって、みんなの笑い声が広がって、胸の中ですーっと風が吹いた。

「やりましょう。僕等も手伝います」

 ヤッチンが言った。でも、ちょっと自信がなさそうだ。

「ありがとう。でも……」

 サトちゃんは、ハルおばあさんを見た。

「私は、ここに来る前、タロット占いをやってみたのよ」

 ハルおばあさんはほほえみ、みんなを見る。

「その時、こう言う結果が見えたの。苺作りの成功は、三匹の鼠と黒い友達にかかっている。って」

 ハルおばあさんの眼が、楽しそうにキィンと輝いている。

「三匹のねずみと黒い友達?」

 サトちゃんは、何のことだろうと、とまどい、ハルおばあさんの言ったことをくり返した。カッチン達も顔を見合わせる。

「あぁっ!」

 と声をあげたのは、ピピチャピだ。

「三匹のねずみと」

 ピピチャピはカッチン達を指さし、次に自分の胸に手をそえて、

「くろいともだち」とうれしそうに言った。

「そうかァ」

 サトちゃんは、パチンッと手を打ち鳴らして、目をくりくりさせ、鼻をピコピコ左右に動かした。

 カッチンの両側で、ヤッチンとヨッチンが立ち上がり、

「ねずみっ!」三人は叫んだ。

 三人の頭の中で、さっき、サトちゃんの魔法でネズミにされた時のドキドキがかけめぐっていた。

――ネズミって、僕達のことか。でも、でもまてよ。

 カッチンは考える。

「これは偶然じゃないのかもしれない」

 カッチンは思っていることを口にした。

「そうよ。タロットは決して嘘をつかない。私達がここに来たことも、あなた達が忍びこんだことも――」

 ハルおばあさんが言うと、サトちゃんが、

「私が魔法で三人をねずみに変えたことも、偶然じゃないんだ」

 たしかめるように、ゆっくりと言った。

――そうだ。これは偶然じゃない。

 カッチンは、この不思議な出会いに、胸が熱くなった。そして、サトちゃんの泣きそうな顔を思い出した。

――一生懸命なんだ。サトちゃんも、ハルおばあさんも。

 カッチンは、胸だけでなく、体中が熱くなった。

「よォし、やるぞ。苺六千個、必ず作るぞ」

 カッチンは力をこめて言った。

「やるぞ、絶対」

 ヤッチンとヨッチンも言った。

「それと、もうひとつ大事なこと。私が言ってる八十八夜と、ヤッチンが言った八十八夜は違うのよ。説明するわね」

 ハルおばあさんが言った。

 また不思議と謎が出て来た。

「ヤッチンが言った八十八夜の五月二日は、グレゴリオ暦の八十八夜なのよ。私がめざしているのは、太陰太陽暦と言う、もうひとつの暦の中での八十八夜なのよ」

「えっ、どう違うんですか?」

 ヤッチンの眼がキラリと光った。ヤッチンは何でも知りたがるのだ。

「グレゴリオ暦は、一年を三百六十五日と決めて作った暦。太陰太陽暦は、お月様や太陽の動きに合わせて作った暦。こっちの暦だと、お月様はいつ満月になって、いつ、細い三日月になるか、暦の日にちで判るの。きちんと説明すると、暦のことだけで何日も話さなくちゃいけないから、ここではやめておくけど。私がめざす八十八夜まで、まだ十五日あるのよ」

「じゃあ、まだ充分に可能性はありますね」

 ヤッチンは、冷静に答えた。いつものヤッチンだ。ネズミショックからも、八十八夜まであと三日衝撃からも、すっかり立ち直ったように見えた。

「あっ、もう九時にちかいよ。みんな大変だよ」ピピチャピが、壁の古い柱時計をゆびさしてあわてた。

「いけねェ。ほんとなら、寝てる時間だ!」

 カッチンもあわてて時計を見た。

 ハルおばあさんとサトちゃんがうなずきあった。

「おこられるなァ」

 ヨッチンが、他人ごとのように、のんびりと言って、にっと笑った。

「大丈夫。ちゃんとばれないように、みんなを家まで送ったげるわよ」

 サトちゃんが自信ありげに言った。

「ひょっとして、まほう?」

 カッチンがサトちゃんを見た。サトちゃんがこっくりとうなずく。

「じゃ、詳しいことは、明日。僕達、学校が終わったら、まっすぐにここに来ます」

 ヤッチンはていねいに頭を下げた。

「ええ、待ってますよ」

 ハルおばあさんは答え、両手を胸の前で、花のつぼみの形にあわせた。サトちゃんも、おなじ形で両手を組みあわせる。

 二人の両手の中で、淡い光が輝き出し、光の粒々が飛び出して、カッチン達三人と、ピピチャピを包んだ。

 ぷわんっと体が軽くなって、足が床をはなれる。オオッとカッチン達は声をあげた。体がむずむずくすぐったい。

 光の粒々と一緒に、カッチン達は風になって空へ飛びあがった。一瞬、空の星がぎゅうんと近くなり、手を伸ばしたとたん、周りは真っ暗な闇に包まれた。

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