第4話 不思議なであい
不思議なであい
「おちついて。大丈夫。ちゃんとあなたの話を聞くわよ」
おばあさんが、優しい声でチャピをなだめている。
「お願い。カッチン達に変なことしないで。カッチンもヤッチンもヨッチンも、いつも私に優しくしてくれるの。悪い子じゃないの」
女の子の姿になった猫のチャピが、おばあさんの手をとって、一生懸命話している。でも、声がつまって、もう泣きそうだ。
「本当?」女の子のチャピが聞く。
「本当よ」猫のチャピ。
「わかっていますよ。きっとそうなのね。あなたの言うことを信じてますよ。猫はずっと昔々から、私達の大切なお友達ですもの」
おばあさんは猫のチャピの手をとり、そっとほほえんだ。そして、チャピに聞いた。
「あなたのお名前は?」
「チャピ」猫のチャピは答えた。
「まあまあ。なんてことでしょ。あなたもチャピなのね」
おばあさんは魔法使いの女の子、チャピの方を見て、こう言った。
「この子もチャピなのよ。――わかった。それで、私が呼んだ時、あなたが答えたのね?」
「はい。だって、とっても優しい呼び方だったから。――でも、それで、カッチン達がみつかってしまって。だから、私が悪いんです。カッチン達はただ、誰れが引っ越して来たか知りたかっただけなのに。こんなひどいことになるなんて……」
猫のチャピは、とうとう泣き出してしまった。
「わかったわ。安心して。チャピのお友達を、すぐ元の姿に戻してあげましょうね」
おばあさんは、猫のチャピの背中を優しくなでてあげながら言った。
カッチン達はうれしくて、思わず皆でとびあがった。途端に、魔法使いのチャピが、きらっとカッチン達の方へ眼を光らせた。
カッチン達は、ぴたっと動きをとめた。
紫の光が、カッチン達を包む。
躰がぽよぽよと温かくなり、きゅんきゅんきゅうんと地面が遠くなっていった。最後に、頭の上で湯気の玉がぽいんっとはじける音がして、カッチン達は元の姿に戻った。
三人は、ハァーッと息を吐いた。頭がくらくらして、その場にへたりこみそうだ。
「ありがとう、おばあちゃん」
猫のチャピが、ぴょこんと頭を下げてお礼を言った。
「あんた達、逃げないでよ」
魔法使いのチャピが、カッチン達三人を睨んで念を押した。
「逃げるもんか。僕達を助けてくれたチャピを置いて逃げるほど、僕達は卑怯者じゃない」
カッチンは、ちょっと腹が立ったので、魔法使いのチャピを睨み返して言った。
「チャピって、私の名前よ。勝手に呼ばないでちょうだい。またネズミにしたげる」
と女の子のチャピも負けていない。
「いいよ。卑怯だと思われるくらいなら、ネズミでもミミズでも、受けて立ってやる」
カッチンは、鼻息をフーッと吹いて、ぐっと肩をそびやかす。後から、ヤッチンがそっとカッチンのシャツを引っぱった。
「ケンカしても何も解決しないでしょ。お互い、意見のくい違いがあるだけよ。まずは、アトリエの中で、お茶でも飲みながら仲直りしましょ」
おばあさんは、五人の子供達を見まわしておだやかに言った。
カッチンとヤッチンとヨッチンは顔を見合わせた。まだ、自分達が鼠にされたショックはおさまっていない。
「信じられないよ。魔法使いだよ」
ヤッチンが目玉をぐりぐり。
「どうする、このままじゃ、どうなるかわかんないぞ」ヨッチン。
「くやしいな。負けっぱなしだ」
カッチンは鋭い眼で二人を見た。
「魔法使いだって、負けない」
ヨッチンが力強くうなずいた。
「うん、ここで逃げると、もう二度とここには入れなくなるからな。それに、本当に魔法使いなら、こんなチャンスは二度とないな」
とヤッチン。
「決まりだな。――最後まで闘うぞ」
カッチンの言葉で、三人はうなずいた。
「さあ、行きましょ」
おばあさんが先に立ち、みんなはアトリエに歩いていった。
アトリエの中は、外からのぞくより、ずうっと広かった。
「さあどうぞ、すわって」
おばあさんが言った。
「はい」三人は返事して椅子に座った。
古くて大きな一枚板のテーブルで、大人が八人は座れそうだ。
「紅茶より、冷たいココアにしましょう。あら、でもこちらの猫のチャピはココアでも大丈夫かしら?」
おばあさんは言った。
「大丈夫です。私、ココアを飲んでみたい」
猫チャピは、すました顔で答えた。
魔法で、人間の女の子に変身したチャピの声は、とてもまろやかでかわいい声だった。
カッチン達三人は、あらためてチャピを見た。ショートヘアが良く似合ってる。すらっとした体つきで、やっぱり凄くすばしこそうだ。眼が大きくて、瞳は不思議な碧だ。口は小さくて、キュッとしまっている。
「おばあちゃん、カッチン達を元に戻してくれてありがとう」猫チャピがお礼を言った。
「いいえ。あれは、チャピが」とおばあさんは言いかけて、横に立っている赤毛の女の子チャピを見て、「こっちのチャピがあわてて魔法を使ってしまったの。ごめんなさいね」
とにっこりと笑って言った。
「間違いじゃないわ!」
魔法使いのチャピが不服そうに言った。
「いいこと、チャピ。ここでは、勝手に魔法を使わない約束でしょ」
「だって……。この三人が私達のことを喋ったら、大変なことになっちゃうでしょ」
「さあ、それはどうかしら」
「待てよ。何か理由があるんなら、僕達は何も喋らないぞ。――ただ、悪いことをするのなら別だけど」
思わず、カッチンは立ち上がって言った。
「ほら、ごらんなさい」とおばあさん。
「そんなこと、信じられないわ」とチャピ。
「大丈夫です。カッチン達は、約束は守る良い子ですから」猫のチャピが言った。
「そうだ、僕達はおしゃべりじゃないし、約束は守るよ」とヨッチン。
「何か訳があるのなら、話して下さい」
とヤッチンも言った。
「はい。ありがとう。さあ、みんな落ち着いて。私からちゃんと皆さんに理由をお話しましょうね」
おばあさんはそう言うと、魔法使いのチャピと猫チャピを椅子に座らせ、自分も腰を降ろした。
それから、指をひとふり。すると、テーブルに、冷たいココアとクッキーが、ぽんっと並んだ。
「わっ」カッチン。
「すげえ」ヤッチン。
「魔法だ」ヨッチン。
三人はびっくりして、そうっと顔をちかづけ、本物かどうか、そうっと指先でさわってみた。……本物だっ!
「何を驚いてるの?おばあちゃんは、もっとすごい魔法が出来るし、私だって」
赤毛のチャピがふんぞり返って言った。
「驚いてなんかいないよ。初めてだから、ちょっとびっくりしただけだよ」
カッチンはギロッと魔法使いのチャピをにらんだ。チャピもにらみ返して、また二人はにらみ合いだ。
「チャピ、おやめなさい。――でもチャピが二人もいるわね。そうだわ、猫のチャピは、ピピチャピって呼ぶのはどうかしら?」
おばあさんが言った。
「ピピチャピ――ピピ、チャピ。いい感じ。ありがとう……あの、お名前は?」
猫のチャピ、いや、ピピチャピはおばあさんに聞いた。
「気に入ってくれてうれしいわ。私の名前はハルウアよ。でも、ここでの名前ははる。季節の春よ。小野寺春。そして、こっちのチャピは、小野寺聡子。よろしくね。素敵なレディ」
「わあ、レディだなんて、うれしい」
大きな碧の瞳を輝かせて、ピピチャピはにっこりとした。
「へえ。お前、聡子って言うんだ」
チャピをにらんだまま、カッチンが言った。
「そうよ。女の子にお前なんて失礼でしょ」
魔法使いの女の子チャピも、カッチンをにらんだままこたえる。
「と言うことは、その名前で、二人はずっとこの古屋敷に住むんですか?」
ヤッチンが言った。
カッチンも、はっとしておばあさん、ハルおばあさんの顔を見た。
「ええ、そうね。――そうなるかも知れないわね」
ハルおばあさんは静かに言った。
カッチンは、ハルおばあさんの顔を見て、どきっとした。おばあさんは、奇麗な優しい顔をしていたが、今、きりっとした眼に、厳しい光をたたえていたのだ。
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