魔法とスキルの習得

 日程や予定と呼べるほどのものではないが、ある程度の見込みや目標は立った。

 ひとまず魔法とやらを覚えながら食料と水を確保して、そのあと朽ちた不朽の城探しだ。


 イコに手を引かれてお菓子のある部屋に戻っていると、通路に立っていた一路が俺の手にある魔導書を見てジトリとした視線をセイドウに向ける。


「それ、交渉に使うとか言ってなかった?」

「ああ、その予定だったんだけどどうにもな。……不慣れな真似はするもんじゃないな」


 セイドウは軽く自嘲しながら、通り過ぎざまに一路の頭をポンと撫でる。


「その魔導書について説明すると、火に関する魔法が三つ載っている。効果を簡単に言うと「火を出す魔法」「火の球を撃つ魔法」「火の壁を生やす魔法」だ」

「えっと、セイドウ先輩、それは何回までなら使えますか?」

「いや、覚えてから時間が経っていないし、使えなくなるまで試すのはリスクが大きいからそこまでの調査はやってない。それに、その魔力ってやつが人によって量が違う可能性もあるからな。加えてどれぐらいで回復するのか、回復する方法があるのか……と色々と考えるとな」


 セイドウがそう言うとイコはこてりと首を傾げて俺を見る。


「魔力って寝たら回復するんじゃないんですか?」

「いや……魔力のある世界に来たばっかだしなぁ」

「そうですね。私たちは知らない世界に飛び込んでデビューして、右も左も分からない闇の中でもがいてるだけですもんね」

「都会に夢見たバンドマンみたいな表現だな」

「故郷に帰りたいと願いながらも、空に吠えることしか出来ないんですよ」

「J-popの歌詞か?」


 ……何の話をしてたんだっけ。


「私たち楽譜も読めないし実質ロックスターみたいなもんですよね」

「ロックスターは楽譜読めない設定の人が多いだけで実際は音楽教室に通ってたり教養高いからな。……それで魔力の話だったな。……多分、それほどカツカツにはならないと思うぞ。スキルがほとんど使えないみたいな状況なら女神が注意してくれているだろうし、具体的な検証はあとにするとしても最低限は使って大丈夫だと思う」


 むしろ、ほとんど使えないという状況だと惜しんだとしても生存は無理だ。生き残ることが出来る量の魔力はあると仮定するしかない。


「とりあえず、薪を集めて火を付けてそこら辺で野生化してる野菜を焼いたりして食ってみよう」


 俺がそう提案すると一路は眠たそうに欠伸を噛み殺してから俺を見る。


「ん、水の確保はいいの?」

「とりあえず火を得ないと煮沸消毒も出来ないから飲み水の見込みが立たない。それにある程度なら野菜で水分を摂れるし、まだジュースの残りもあるからな」

「……悠長にして大丈夫かな」

「外に農業用水路の跡がある。そっちは水が流れていないが、川の流れはそう簡単には変わらないと思う。あと、枯れている可能性は高そうだが、古井戸もあった」


 俺がそう説明すると、一路はホッと息を吐き出してから窓の外に目を向けて口を開く。


「手分けしようか。薪を集める人と、水を見つける人で」


 俺は一路の目の下の隈を見てため息を吐いて降りて行こうとする一路を止めようとし、先にセイドウの手が一路の肩を掴む。


「お前は寝てろ。一日中歩き通してるんだから」

「……それはあなたも一緒だよね」

「一緒じゃない。俺の方が体力があるからなー

「何を」


 ふたりが睨み合ってるのを見て、俺はセイドウの頭に軽く手刀を落とす。


「いいから二人とも寝てろ。ほら、上着を貸してやる。地面固いから下に敷け、あとダンボールもあるからそれも使えよ」


 俺が脱いだ上着を受け取った一路は不満そうに俺を見る。


「いいからさっさと寝ろ」

「でも、そのダンボールとかも充分な量がないんだし……」

「二人で使えよ」


 一路とセイドウが目を見合わせ、一路はバタバタと動いて首を横に振る。


「む、無理無理! こんなやつと!」

「ふん、おもしれえ女」

「ほら、すぐにこういうこと言うんだよ!」


 いや、まぁ……セイドウのキャラは確かにキツいけど、それはそれとして現状だと仕方ないだろ……。と思っていると、顔を赤くした一路は迷った様子を見せてからグッと拳を握る。


「わ、分かった。でも、変なことをされたときの対策のために隣の部屋にいてね。魔導書を読むんでしょ」

「そ、それはいいですけど……その、隣の部屋でイチャイチャされるのはやめてくださいね? 少し気まずくなってしまうので……」


 一路とセイドウの関係を勘違いしたらしいイコがモジモジとしながら話す。


「しないし、それに聞こえないでしょ。石造りなのにどんだけ壁が薄いの」

「でも、シスイ先輩が住んでた賃貸はちょっと物音を立てると隣の人にすぐ壁ドンされましたよ?」

「一人暮らしの男の家に遊びに行ったりしてるのか、お前ら案外進んでるな……」


 セイドウは呆れた様子を見せて、イコはブンブンと首を横に振る。


「そ、そそ、そういうことはしてませんよ!?」

「イコ、その反応してるっぽいからやめてくれ」

「時々ご飯を作りに行ってあげてるだけです! 先輩はひとりだとご飯も作れないタイプですから!」

「そんなことはないぞ」

「ご飯食べずに光合成で済ませちゃうタイプなので!」

「イコの俺の木の演技への信頼はどこから来てるんだ?」


 俺とイコがわちゃわちゃとしていると、セイドウ達はスタスタと歩いて行ってしまう。……こう、別に反応を求めていたわけではないが無視されて去っていかれるのは辛いものがあるな。


 セイドウ達が入った隣の部屋にイコと入り、日の光が当たるところで魔導書を開く。

 石造りの床は少し尻が痛み、朝の空気は少し冷たくて上着のないワイシャツ姿だと少し肌寒さがある。けれども日の光はそれを和らげるように優しく温かい。


 窓の外に覗く木々とそれが鳴らす音。……少し悔しいが、いい景色だ。


「……こんなにゆっくりしていて大丈夫なんでしょうか?」

「セイドウが言ったように魔力がどれほど使えるのか分からない以上は【翻訳】という生存に役に立たないスキルで、スキルに魔力を割り振る必要がない俺は早めに魔法を覚えるべきだ。自衛のためにもな」

「……私も一緒に読んだ方がいいです?」

「いや、それだと効率が落ちるからスキルの方を試してくれ。安心して大丈夫だぞ。今のところ、上手くやれてる」

「ん、了解です」


 イコが頭を捻っている横で魔導書を読み込んでいく。魔法を使うのに必要なものは魔力の操作と詠唱だそうで、体内の魔力を感じてそれを詠唱と共に動かすことで魔法になる……そうである。


 勝手に発動した翻訳に比べて少しばかり手間がかかる。

 だが、有用なことには間違いないので本を読みながら魔力を感じてみようと唸りながら使おうとするが、魔力を感じることは出来ない。


 本物なのか、と魔導書を疑うも、セイドウは使えていたと考えて何度も試してみる。


「どうしました、先輩。翻訳のスキルで英語になってしまって読めないとかですか?」

「それ、翻訳スキルが無意味すぎるだろ……。いや、そうじゃなくて……あ、いや、その手があったな」


 スキルを使うのにも魔力を消費する。

 つまり、翻訳スキルによって本を適当な言語に翻訳することで魔力を意図的に減らして、その減った感覚を掴むことで魔力を感じることが出来るようにしてみよう。


 むむむ、と魔導書を見て翻訳スキルを発動しようとしたその時だった。


 《精神の変容によりスキルレベルが上がります。【翻訳LV.2】》


 というメッセージが頭に流れる。……スキルレベル? 精神の変容?

 疑問がいくつか湧き、色々と思考を巡らせる頭をわざと単調化させて簡単な結論を出す。


 スキルレベルが上がった……というのは、いいことっぽいから大丈夫だ。精神の変容というのも、おそらく苦手意識があるクラスメイト達を自分から会いに行って助けようとしているとか、そういうことからだろう。


 深く考えても分かるわけがないので簡単に考えるのが一番だ。


 スキルレベルがどうとかはスルーして翻訳を使って別言語にして、その時に体から抜け出た気がする気力のようなものの感覚を微かに掴む。

 何度もスキルを無駄打ちして魔力を感じるように練習していき、ついになんとなく魔力というものを感覚的に理解出来るようになる。


 俺がそんなことをしているうちに、隣にいたイコが見慣れない本と紙を手に取ってそれからその本をじっと見つめる。

 そうしていると急に本からインクが中空から浮かび上がり、イコの書いた文字がぐにぐにと何かの輪郭を作っていき地面に降り立つ。


 そこには小型の犬……のようにも見えなくはないような、輪郭が文字で出来た不思議がものがいた。


 まるで透明な犬の表面にびっしりと文字を書き記したような姿をしたそれは俺の膝にインクの前脚を乗せて「わおん」と小さく吠えた。

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