イコのスキル

 文字の犬……空中から出てくる剣や人型だけど人間とは明らかにちがうゴブ山くん以上に脳が混乱する存在を目にして、思わず何度も瞬きをする。


「えっ、なにこれ、こわ」

「私のスキルです。なんでもこの本に動物の情報を書けば発動出来て、その書いた動物が出てきて使役出来るというもので」


 文字だけのため後ろの景色が透過していて妙な感じだ。

 変な見た目だがまるで生き物のような微細な動きをしていてそれっぽく見える。


「……使役というのは?」

「そのままの意味です。命令とかお願いが出来る感じです」

「……薪になる枝を集めてこいとか出来るか?」

「んぅ……」


 イコは考える様子を見せたあと首をこてっと傾げる。


「えと、どんな枝ですか?」

「そりゃ乾いていて燃えやすいような……。いや、待て、つまりイコが知っていないと命令出来ないのか?」

「それはそうじゃないですか?」


 いや当然というわけではないだろう。

 イコは分からなかったようだが、普通は薪になる枝と言えば乾いた枝ってぐらい分かる。

 だがこの文字の犬はそれを理解しなかった。つまり……おそらく命令はイコの知識に依存するのだろう。


 例えば「食べられそうなものを見つけて」という曖昧な命令ではイコのサバイバル知識の少なさから、あまり役に立たないだろうと予測出来る。


「……複雑な命令は出来るのか?」

「ん、んぅ……出来るとは思いますけど、どうかしたんですか?」

「いや、かなり……この中の四人で一番有用そうなスキルだと思ってな」

「そうですか? セイドウ先輩達のスキルの方が強そうですけど」

「いや、単純に食料を必要としない人手が増えるのは凄まじいだろ。どれぐらいの時間使えるんだ?」

「えっと……ん、んぅ……? なんていうか先輩達みたいな魔力を消費するのとは若干違うというか……。最大MPを使って出して、私が回収するか壊れるまで永久に動くみたいです」


 ゲーム的な言葉が出てきて少し理解が遅れるがなんとなく理解する。

 壊れないかぎり永久に動く……というのは、よく考えなくとも非常に有用だ。出せる数や質にもよるが、かなり生活が楽になりそうな予感がする。


「どれぐらいの数が出せるんだ?」

「ん、それは試して見ないことには分からないですけど、感覚的にこの子と同じような子なら十匹ぐらいかと思います。でも、人間大の大きさだと一人が限界……だと思います。感覚ですけど」

「……本当にすごいスキルだな。出せるだけ出して薪を集めさせるのがいいか。いや、それとも半分は水の確保に……他にもやらせたいことが幾らでもあるな」


 十匹の小型犬の労働力……と考えると大したことがないように感じるが、正確には「命令を正しく行える小型犬が十匹もいる」だ。

 探すのが難しいものや知識が必要なものはあまり期待出来ないが、枯れ枝を集めてくれという単純な命令なら人が数人いるのよりも効率が良い可能性は高いだろう。


 食料が最低限ある今、早急に欲しいものは水と塩と火、それに夜に体温を保持するための寝床だ。


 寝床の材料に使えるものの中で一番簡単に手に入るものは、やはり枯れ枝と枯れ葉だろう。まず人一人が寝るのに使えるレベルだと集めるのに一苦労だし、集めても虫が付いていたら寝るどころではなくなるので殺虫する必要があり、現状だと殺虫に使える手段は煙でじっくりと燻すとかだろう。


 そうなるとかなりの量の薪が必要になる。


「……とりあえず、出せるだけ出して枝を集めさせるか」

「んー、枝ですか?」

「ああ、火を魔法で起こせても継続は出来ないだろ。何をするにも火はいるし、枝を集めてきても水分が多いからすぐにはなかなか使いにくいだろうし、早いうちに持ってきて感想させたい」


 イコは分かったのか分かっていないのか、コクリと頷いて文字の犬に「枝を集めてきてくれますか?」とお願いしてからスキルで出した本に文字を書き込んでいく。


 ……このスキル、例えば犬に羽が生えているような記述をしたら羽の生えた犬が出てきたりするのだろうか。そもそももっと変な生き物を書いたりとか、別の言語や絵を書いたり、あるいはハンコを作ってそれで記述したり。


 気になることは山ほどあるが、今は実験している場合ではなく出来る限り早く身の回りを整える必要がある。そのためには確実に使える方法を取るべきだろう。


 小型犬の表面積と同じだけの文字を書くのは少し大変そうだがイコは少し疲れた様子を見せながらも二匹目を書く。……これは十匹は無理だな。


「……あまり実験してる暇はないが……俺が書けるかどうかだけ試してみるか」

「んぅ、でも私のスキルですよ? 先輩が使えたら変じゃないですか?」

「その本にそのペンのインクで書けば良いだけじゃないのか?」


 とりあえず、大した時間も取らないだろうと思い、イコのスキルで出したペンと本を手に取って書こうとするか、インクが全く出ず書き込むことか出来ない。


「……イコ限定っぽいな。まあ、無理はしなくていいぞ」

「無理はしますよ。切迫した状態ですから」


 ……まぁ、それはそうと俺も分かっているけれど、守ると決めた女の子に無理をさせるというのは……少しばかり男として間抜けだろう。


 イコから目を逸らして窓の外を眺めていると、イコは小さな口をほんの少し開く。


「……先輩のこと、守るって決めたんです」

「男らしいことを言うな。こんな世界に来て、自分の方が大変だろうに」

「もう……からかわないでください。それに、この世界に来てから決めたわけじゃないです」


 イコは俺の方に目を向けることもせず、けれども薄く頬を染めてその言葉を続ける。


「……先輩のお父さんが、あの事件の犯人の弁護を引き受けて世間からバッシングを浴びて、殺害予告とか酷い言葉とかいっぱい……家や学校にまで届いて、ご両親が離婚して……。いつ、というような明確な日も月も分かりません。でも、先輩の目がいつの日か昏くなっていた。だから、私は先輩を守ろうと決めたのです」


 守る……なんて大言にもほどがあるだろう。イコは俺よりも精神的に脆く、体も小柄で、成績も良くない。


「……馬鹿だな」


 それでも、いつも隣にイコがいたな、なんてことを思い出す。


「むぅ、馬鹿ってなんですか、馬鹿って」

「はは……いや、まぁ、ありがとう」


 俺の手がイコの頭に伸びる。イコはそれに抵抗することなく、それどころか甘えるように自らの頭を俺の手に擦り付ける。


 イコの頑張りもあって十匹の小型犬を召喚し終える。ずっと座っていたせいで冷えていた体を動かして、文字の犬が枝を置いている神殿の外に出る。


 山になっている木の枝を見て、思っていたよりも遥かに集まっていたことに驚くが、よく見たらほとんどがあまり乾いていないものだった。


「んー、湿気てますね」

「まぁ、都合よく乾燥した枝が落ちていたりはしないか。天気も風通しもいいからほっといたら数日で燃やせるぐらいには乾きそうではあるが……」

「数日って長いですね。どうにか出来ないでしょうか?」

「どうにかと言ってもな。木なんて水分が多くて乾きにくいものだからな……」

「……ふーふーして乾かします?」

「無茶だろ」

「……めちゃくちゃふーふーしたとしても……ですか?」


 無茶だろ。一瞬そう考えてから考えを改める。


「……いや、それは無茶だが……俺とイコの場合は……だな」

「それはどういう……?」


 イコは俺の言葉を聞いてこてりと首を傾げる。


「俺達には仲間がいるだろ。頼りになる仲間が」

「はっ! まさか、そういうことですか!」

「ああ、身体能力を上げるスキルを持つセイドウ……アイツならあるいは……!」


 俺がそう言うと、背後からストンと俺の頭に手刀が入れられる。


「出来るわけねえだろ。無茶言うな」

「っと、セイドウか。もういいのか?」

「もうって、日の光からしてかなり経ってるだろ。いや、この世界が24時間かは知らないが」


 セイドウはそう言ってから若干気まずそうな表情を俺に向ける。


「なんか変な顔をしてるけど、どうしたんだ?」

「い、いや……その、な……悪い」


 俺が尋ねると、セイドウは後ろにいた一路に目を向けて、一路は申し訳なさそうに俺の制服を持ち上げる。

 俺の制服は渡した時とは違う姿……片方の袖が肩からなくなったという無残なものに変わっていた。


「え……ええ、マジか、マジかぁ……。服、買えないのに。というか、制服なんて丈夫なものよく破れたな……」

「えっ、先輩、制服って丈夫なんですか? 先輩の持ってる漫画だとティッシュみたいに破れてましたけど」

「この場面で俺の持ってる漫画の話はやめろ。怒るに怒れない空気感になるだろ」


 軽くため息を吐いてから制服を受け取る。完全に千切れていて、どうすればこうなるのか不思議なぐらいである。


「……まぁ、セイドウも一路も、仲良しなのはいいと思うけどな。こんな状況でここまで盛り上がるのはどうかと思うぞ」

「違えよ。起きたマナが寝ぼけて俺に襲われていると勘違いして暴れたんだよ」


 ああ……なるほど? だとしても随分思い切ったなぁ。

 仕方なく破れた制服を着て、袖の方はポケットに突っ込む。


「まぁ、機能面としてはそんなに問題ないから気にしなくていい。一番役立っているのが寝るとき床に敷くとかだしな。袖がなくても問題ない」

「ああ……そう言ってくれると助かる。というか、俺のと交換するか?」

「いや、いい。……それは別にいいんだけど、これどうしたものか、片方の袖が破れた状態……これはもうオシャレに着こなすしかねえな」

「すごい角度からポジティブにいったな」

「ほら、改造制服ってやつだ。これで俺もちょっと派手目なグループの仲間入りだな」

「派手目なグループも困惑だろ、遭難一ヶ月目みたいな格好だと」

「スカートを短くしてるのと袖を短くしてるので何の違いがあるって言うんだよ。これはオシャレだ」

「お前のオシャレにかける情熱はなんなんだ?」


 まぁ、なんにせよ……と思ってから一路の方を見る。


「そういや、一路の糸ってスキルを使い終えたら消えるのか?」

「あ、基本消えるけど魔力を多めに使ったら残るタイプの糸も作れるみたいだよ。当然出せる量は減るけど。……それを縫うのは糸はあっても針がないからなぁ」

「針はまだなんとかなるかもしれないから袖は取っとくか、燃料にするか、水を濾過する布に使おうかとも思ったが」


 直せるなら直すに越したことはない。

 そう考えていると、文字の小型犬がまた枝を持ってきて、枝の山に置いたあと森の方へと帰っていく。

 とりあえず、イコのスキルについて説明していくか。

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