イコとの添い寝

 それにしても、考えることが増えてしまったな。

 サバイバルに加えて仲間割れも視野に入れないとダメか。……いや、アイネ達のマニュアルがそうだったとしても俺達が仲間割れする理由にはならないか。


 イコの方を見ていると、突然ドスンという低い地響きが鳴る。俺がイコを庇いながら急いで外に目を向けると、廃村の中心部辺りに、明らかに不自然な神殿が発生していた。


 華美かつ思ったよりも大きく立派な神殿を見て感じたのは、安心でも喜びでも驚きでもなく「あれが押し入れに仕舞われてたの……?」という素朴な疑問である。


「わ、めっちゃ神殿な神殿ですね……。入ってみます?」

「あー、そうだな……うん、あまり深く考えるのやめるか。多分安全だろうし」


 人が入るには無駄に大きい扉を潜る。内装や家具などはなく、ただ単に広い空間が広がっているのは少し不気味にすら感じる。


 それはイコにとっても同様だったのか、安全なはずの場所なのに俺の服の袖を摘んでいた。


「建物だけって感じだな。めちゃくちゃありがたくはあるが……この分だと寝るところとかなさそうだな」

「雨風を凌げるだけでありがたいです。……アイネさんから連絡ないですね」

「誕生日会をしてるんだろ。食料と間取りだけ確認するか」


 まず入ったところが大広間で横に廊下があり、そこからいくつかの小部屋と中くらいの部屋がある。

 階段から上がって2階は大広間を見下ろせる吹き抜けと、同じような間取りの部屋がいくつか、それに加えてベランダがあるという具合だ。


「あ、先輩、ご飯ありましたよ。ダンボールが置いてます」

「神の住んでるところにもダンボールってあるんだ……。菓子ばっかだな。まぁ、カロリーが高いのと調理しないで済むのと、多少日持ちするのを考えると適切なのか?」

「単に家に置いてあったお菓子をくれたって感じでは?」

「量が多すぎるだろ。アイネの食生活が心配になるぞ。ちゃんとご飯食べてるのか」

「ご飯食べられないかもしれないのは私たちの方なんですけどね」


 ダンボールを開けて菓子を広げる。かなりの量があるが、二人で毎食分食べれば一週間……俺が我慢していれば十日といったところか。


 もしもクラスのみんなが集まれたら……まぁ一食分だ。

 再会を目指す予定だったが、イコに飯を食わせてやることを考えると再会しない方がむしろ楽なのではないだろうか。


 この食料や神殿は、神達が俺達をここに送り込んだ「仕事」とは無関係のアイネの厚意によるものだ。

 それがアイネにとってどの程度の負担なのかは分からないが、定期的に食料を渡してもらえるなら人が少ない方が生きやすいのは間違いない。


 ここは元々畑をしていたおかげで、野生化した稲科の植物や野菜らしきものが多く生えている。

 その畑の手入れをすれば、おそらく二人が暮らしていくには十分な食料になるだろうし、アイネの支援があればなんとかなるという目処ころが立つ。


 しかし、三十人もの人数になればこの神殿は手狭だし、雑草まみれの荒れ果てた畑に残った野菜程度は一月もしない間に食い尽くしてしまうだろう。


 食っていけるように農作業をするにも一年や二年どころの話じゃないし、成功するかも分からない。

 二人なら適当に雑草を抜くだけでも十分な量が収穫出来るだろうが……。


 狩りをしたり魚を取ったり果物やナッツ類を探したり……というのはサバイバルなんてしたことがない俺達にはキツイだろう。


「先輩、どうしました?」

「ああ、いや、甘いものが多いなって。ジュースも甘そうだし」


 イコに「他のクラスメイトを見捨てた方がいいんじゃないか」と口にすることは出来ずに誤魔化す。


 現状、俺たちはサバイバルというレベルではない程度の生活が出来そうである。屋根と壁がある建物、送られてきている食料と、畑の生き残りの野菜、とおそらくかなり恵まれている方だ。


「……食料はしばらくはなんとかなりそうだが、水分が少ないな」

「んぅ、水路があったなら、上流には湧水か川がありますよね?」

「そうだな。そこで魚とかも獲れるかもしれないし、見に行った方がいいかもな」


 出来たら水路を復活させたいが……まぁそれは無理か。詰まっている原因はおそらく土や石が詰まっているからだろうが、それを取り除いていくだけの労力は用意出来ないだろう。


「……いや、ここの村に住んでいた奴はどうやって水を得ていたんだ。残っている範囲でも穀物庫や農業用水路を整備出来ていたところを見ると、井戸とかあってもおかしくないな」

「井戸……枯れてないですかね」

「結構年月が経ってるから枯れているかもしれないが、近くを見回して探す分には平気だろう。あー、でも、見つけても汲み上げるためのものがないか」

「ん……でも、そろそろ夜が来そうですから、出来ることは村の中の見回りぐらいかと」


 まぁそれもそうか。

 イコに同意して二人で外に出る。既に日が沈みかけているのを感じながら辺りを軽く歩くがほとんど村の後は残っていない。


「……んぅ、あ、あれそうじゃないですか?」


 イコガ指差した方に目を向けると石造りの小さな円柱が見えてふたりでそこに歩く。

 井戸らしきものの上に木製の蓋が乗っており、それを退かして中を覗き込むが暗くて何も見えない。


「んー、分からないですね」

「いや……これ、結構最近使われていたっぽいぞ、ほら、この端のところに線が入ってるだろ」


 井戸の内側の端に細い傷跡が幾つもついており、イコはそれを見て不思議そうに首を傾げる。


「これがどうしたんですか?」

「多分これは水を汲み上げるときにロープとかを擦ったあとだろう。普通、水を汲み上げるための滑車とかは井戸と一緒に作るだろうし、それがなくなった後に水を汲んでいた跡っぽい」

「ふむ……なるほど、続けて」

「なんで若干偉そうなんだ……? 水場ということもあってなんか緑色の奴が繁殖してるが、この傷のところは薄いだろ。近くの植生を見ると冬はそこそこ冷えそうだし、冬の間は氷点下を下回って苔的なのも一時的に枯れて、そこからまた繁殖するだろ。そうしたら多少のムラはあってもある程度全体にバランスよくあるはずで……多分、春ぐらいまで誰かが使っていたんじゃないか?」

「……先輩」


 イコはパチンッと指を鳴らして「正解です」みたいなドヤ顔を浮かべるが、絶対分かってなかっただろ。


「ふふ、先輩も成長しましたね」

「誰目線なんだよ……。まぁ多分最近まで使われていたっぽいし、多分使えるだろ。問題は……最低でもロープと容器がいる。

「ペットボトルじゃダメですか?」

「重さが足りないから水に沈まなくて水が汲めないだろな。あと、多分雨水とか入りまくってるから井戸の水を全部汲み上げる勢いで水を汲み上げまくらないとダメだから、ペットボトルだとどれだけ経っても無理だ」

「ふむ……ならどうします?」

「一番現実的なのはアイネにバケツと紐を送ってもらう」

「困った時の神頼みですね」


 そうだね。


「あとは自分達でなんとか自作するとか」

「んー、いっそのことアイネさんに全自動汲み上げポンプを送ってもらうのはどうですか?」

「高いだろ……。多分、アイネのやり方的に自費で出しているから、気軽に手に入って安いものに限定した方がいい。100均で売ってるような物にしておかないと、最悪愛想尽かされるぞ」

「んぅ……じゃあ、とりあえずバケツと紐……ですかね」

「紐が切れると困るし滑車ぐらいは欲しいが……まぁなんとか自作するか」


 適当に木とかを加工して……は厳しそうだし、井戸が枯れないように早く汲み上げたいのでひとまずはそれでいいか。


 そんな話をしているうちに辺りが少し暗くなってくる。


「……帰るか」

「はい。ん、ベッドとかあったらよかったんですけど……」

「ダンボールを床に敷くぐらいしか出来ないな。……まぁ、野ざらしよりマシだろ」


 イコとふたりで帰ったときには真っ暗になっており手探りで元の部屋に戻り、ダンボールを分解して床にしく。

 一人分にも満たない大きさだったので黙ってイコをそこに寝かせる。


「……ん……めちゃくちゃ疲れていますけど、むしろよかったかもです。眠れそうで……」

「ああ、そうだな。……おやすみ」


 よほど疲れていたのか俺の言葉に返事をすることなく寝息を立て始める。俺は上着を脱いでイコに被せて、冷える夜の空気から身を守るように身体を縮こませながら部屋の壁に背をついて座りながら目を閉じる。


 ……これが夢だったらいいのに、そう思いながら俺は意識を手放した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る