異世界探索

 イコと森を歩いていて感じたのは、豊かな森ということだ。人間が食べられるかは分からないが山菜らしきものは多いし、春に見えるが赤い実をつけている植物や、鳥や虫が多い。


 幸い、先程のゴブ山くんを除けば危険そうな動物も少なく……パッと見だと過ごしやすそうに見える。


「……綺麗な、幻想的な場所ですね」

「そうだな」

「あー、ダメですよ先輩、そこは「イコの方が綺麗だよ」というところです」

「突然異世界でそんなこと言う奴どう思う?」

「まぁドン引きですね」

「じゃあ言わせようとしないでくれないか? まぁ分かった、次はその言葉を使うな」


 イコの言葉を聞き流しながら、森を観察する。生物学的なニッチというものや収斂というものは異世界においても通用するのか、具体的な植生などは違うが方向性は似通っている。


 高い木があり、間に低木があり、光が漏れているところに草が茂っている。植物を食べているであろう虫が多く、その虫を狙っていそうな鳥が木に止まっていて……やはり地球のものとほとんど違いがないように見えた。


「……ん、先輩。異世界なのは間違いないとして……人間いないですね」

「そうだな。いそうな形跡とかもない。話に聞いていた城も見つからないな」

「んー、神様感覚で近くですからね……。うわっ、めっちゃ変な虫がいました! 見てください!」

「うわっ、なにこれ、こわ。あっ、イコの方が綺麗だよ」

「使い所間違えてます。綺麗な物と比較してください」

「4Kテレビよりイコの方が綺麗だよ」

「実物ですからね。そりゃテレビよりも高画質ですよね」


 神様の感覚の近く……というのは分からないでもないが、一応マニュアルはあったようなのである程度は人間の感覚とズレてはいないはずだ。


「先輩、少し思ったんですけど……」

「ん、どうした?」

「世界を救うってあまりにフワッとしてませんか? どうしたら世界を救うことになるとか……例えば魔王を倒すとか、環境問題がどうとか、少子高齢化とか……ゴールが不明瞭ですよね」

「ああ……アイネが定時退社したからあまり話せていないだけなのと、俺がひとまずの生存の方を尋ねていたからというのはあるが……まぁ、そうだな」


 森の中を歩きにくそうにしているイコを支えながら頷く。


「あと、先輩が文化祭のチケットを渡したときに普通に受け取っていたじゃないですか。普通に考えて、最低でもクラスまるまるひとつの人間が消えた学校で文化祭が決行するとは思えないです」

「まぁ……すぐに帰れたとしても行事とかなくなりそうではあるな。気持ちが嬉しかったとか?」

「だとしてもちょっと考えません? 手放しで喜ぶというのは若干不自然かと」

「分からなくはないが……それで騙すのは無理なところだろ。普通に「すぐには帰れそうにないな」と気がつくだろうし、そもそも「すぐに帰れる」と思わせるメリットもアイネにはない」


 イコは慣れない森歩きで疲れたのか少しグッタリとし始め、足元に段差があることに気が付かずに足を滑らせる。

 俺が支えながら段差を見ると、段差が自然物にしては妙にまっすぐなように感じる。


「……例えばなんですけど「帰る時は元の時間、元の姿に戻るよ」とか言われるかもしれないです」

「ああ、なるほど。それなら文化祭は出来るな」

「……言われたとして、信じますか?」

「信じるも疑うも……確かめようがないしな」

「例えに例えを重ねますが、先輩がアイネさんなら……なんで私達を選んだんだと思いますか? 異能力と使命を与えるなら、普通にこの世界の人の方がいいのではないですか? 異世界に転移するのはかなりのコストがかかるようですし」


 まぁ、それはそうだな、わざわざ異世界の常識のない人間をコストをかけてまで連れてくる意味はない。


 と思いながら地面を探ると、草や土の隙間から石を並べて作られたかのような道……いや、かなり細く浅いが人工的な川や堀のような物の跡が見つかる。


 間違いなく人工物ではあるが……これ、人の手が入らなくなって数年どころじゃないな。

 人間の気配を感じたが……そのあまりの古さに思わず背筋が寒くなる。


「……重ねて、なんで転移先が人間がいない場所なんだと思いますか」

「……まぁ、普通に考えると人里をスタート地点にするよな。イコは人間が絶滅しているかもって言いたいのか?」

「可能性として、ありえるかと」


 まぁ……分からなくはないが、なんらかの事情によってという可能性も考えられる。少なくとも正確な位置には転移させられないようだしな。


「あと、日本人異世界転移させるマニュアルがあるぐらいで、どう考えても既に何度か日本人を転移させているのに、ニュースになってないんです」

「そうなると、元の時間に戻る説は有力そうだな」

「……元の話に戻ります。異世界を救えというのは、どうにも曖昧です。……これ、本当に死ぬまでに帰れると思いますか? 帰れたとして……記憶を保持したままだと思いますか? あるいは……そもそも本当に転移だったんでしょうか。神様ですし、転移したのではなくてコピーを作ったみたいな可能性も……。確かめようがありませんし、転移でもコピーでも主観的には判断出来ませんが。……オタクの深読みです」


 イコの言葉の意味を探るように見ると、彼女は仕方なさそうにため息を吐いてから続ける。


「死ぬまでこの世界から抜け出せない可能性があります。世界を救うというのは、この世界に入植しろという意味かもです」

「入植って……開拓団みたいな?」

「あくまでも漫画大好き人間の妄想した可能性ですけど」

「……まぁ分からなくはないが、Tポイントを集めたら帰れるかも、みたいなことは? コピーにせよ転移にせよ、他の奴が帰ってない中二人だけが日本に帰るみたいな状況になったら整合性取れないだろ」

「そもそも人間がいなかったら貯まらないでしょう。人を助けたら貯まるんだったら。……その、開拓が目的だとしたら子供が出来て……とか、帰るに帰れなくなる可能性も十分に考えられますし」

「……お、おう。……色々と不自然なのは間違いないか」


 少し話は戻るが……転移させる場所が雑なのは技術的な問題じゃないな。通販で買った神殿は俺たちの近くに送られるんだ。

 そうすると神達はある程度、意図的にクラスメイトをバラけた位置に転移させたということになるが、そうなると、分かりやすい城という目印があることやそこそこ近くに転移させられているということが謎だ。


 聞いた情報をまとめると神達は意図的にバラけさせて転移させたが、クラスメイトとの合流は難しくはなさそうで、その上に俺とイコは一纏め……と、どうにも半端な感じがする。


 頭を捻りながら、イコに地面を見るように手振りをする。


「これ、人工物……というか、治水工事の跡だよな」

「んん、水を引いてきた感じですね。……やっぱり周辺に人がいないのは間違いなさそうですね」

「川の流れなんて頻繁に変わるものじゃないし、多分上の方に行けば川があるっぽいな」

「行きますか?」

「下にな。わざわざ水路を引いたってことは農業か何かをしてたんだろ。水路と同じく石造の建物なら残っている可能性は高いし、残ってなくても農業をやっていたなら平地だろう、城もそっちにある可能性は高い」


 一度深くため息を吐く。


「とにかく、アイネ達の意図は不明だが、他に寄る辺がないなら頼るしかない」

「まぁ……そうなりますよね」


 色々とよく分からないのが気持ち悪いが、一度それは飲み込まないと死にかねない。俺はまだしも、イコは助けないと。

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