スキルを超えた特技

「ちょ、せ、先輩、どうするんですか!? ゴブリンですよ、多分! に、逃げた方が……!?」

「落ち着け、イコ。野生動物に背を向けて逃げたら追ってくる物だ。クマと同じ対処法をすべきだ」

「牛刀で脚を斬り落とすんですね!」

「どこの世界のクマの対処法だよ。せめてボケるにしても死んだフリとかにしてくれ」

「……死んだフリは迷信ですが……?」


 牛刀でのクマ殺しは迷信ではなく嘘だよ。

 イコはワタワタと慌てながら俺に言う。


「そ、そうだ! 先輩の得意な木のフリで対処しましょうよ! 木に襲いかかる生物はいないでしょう!」

「いや、木の役は得意じゃないどころかやったことすらないんだが?」

「ほ、ほら、早く」


 イコに急かされて俺は両手と片足を上げて木のフリをする。


「ざわざわ……ざわざわ……」


 俺が完全な木の擬態をしていると、ゴブリン(仮)が「キシャー!」と威嚇してくる。


「うわっ! やっぱり無理があっただろ!? この作戦!?」

「そ、そうですね。よく考えてみると異世界と日本では植生が全く違うので、日本の木に擬態してもバレます!」

「多分そういうカルチャーギャップの問題ではない」


 襲いかかってきたゴブリン(仮)の顔面に思いっきり蹴りを突き刺す。体格差の大きさと、四足獣とは違う重心の高さのおかげでゴブリンは大きく後ろに後退しながら転倒するが、当然蹴り一発程度で死ぬはずもない。


 逃げてくれることを期待したが、どうやら非常に好戦的な性格をしているらしい。


「っ……! イコ! 逃げるぞ!」

「は、はい!? どっちに!?」

「どっちでも!」


 イコが走っていくのを見つつゴブリンの様子を確かめる。威嚇をしているものの立ち上がろうとした足取りは鈍く、どうにも千鳥足でヨタヨタとしている。


 先程の蹴りで脳が揺れたのか、もしくは首の神経に損傷がいったのかもしれない。攻めるならば今ではあるが……二足歩行の大きな生き物を殺すということを平気で出来るはずもなく、ここは逃げる他にないだろう。


 後ろを警戒するためにイコを追いかけるように走り、しばらくして崖にたどり着いてイコの脚が止まる。


「はあ……はあ……。こ、怖かったですね。ゴブ山くん」

「……もう追いかけてはきていないみたいだな。それにしても……あのゴブ山くんといい、見覚えのない植物といい。やっぱりここは」


 イコと俺の声が重なる。


「異世界……」


 流石に特殊メイクじゃないだろうし、この見たこともない植物もセットとは思いがたい。


「……あー、イコ、異世界に詳しかったりするか?」

「異世界もののライトノベルやアニメなら、よく見てますけど……。んぅ……まぁ、はい、そうですね。詳しいと言えばそうなりますね。むしろ異世界の第一人者と言っても過言ではないでしょう」

「大きく出たな」

「何でも聞いてください。この異世界マスターの私に」

「……ここからどこに向かえばいい?」

「……」

「……」


 イコと二人で顔を見合わせて、にこりと笑うとにこりと笑い返される。


「……山を降りる時は、反対に山を登ればいいそうですよ」

「ここは山じゃなくて森だし、あとその豆知識は登山道があるような山の時な。上の方にいけば大体登山道が見つかるから。未開拓の山だと登山道がないから上に登っても達成感を得られるだけで意味がないぞ」

「……でも、その達成感を得るために私達は山を登るんじゃないんでしょうか?」

「うーん、山登りはしてないかなぁ。……とりあえず、アイネが夜には神殿と食料を送ってくれるそうだから……それまでどうするかだな」


 異世界うんぬんを除いても知らない土地という環境だ。とりあえずは面倒な考察は置いといて生きるために行動しなければならないだろう。


「死ぬのは嫌ですね。死ぬのは嫌派なので」

「そんな派閥に所属しなくても普通は死ぬのは嫌だと思う。……優先順位としては……まぁ本来なら寝床と食料の確保だけど、アイネの助けがあることを前提にすると……火を起こす準備をするとかか?」


 俺が先輩として助ける必要があるだろうと考え、不安を取り除くために主導して動く。


「まず枝を集めながら良さそうな場所を探そう。どういう風に神殿が送られてくるのか謎だけど、崖の上に出てきて崩壊ってなったら困るだろ。多分気を遣ってくれるとは思うが」

「空いた場所を探すってことですか?」

「ああ、まぁ森の中だから難しいかもしれないが……城が近くにあるってことは多分草原になっている平地もあるはずだ」

「……有事のときは頼りになりますね」

「普段から頼りになるだろ、俺は」

「いや……それはあんまり……」


 とにかく、平地を見つけるぞ。

 イコの手を引きながら森を歩いていく。

 ……幸い、イコはパニックなどにはなっていないので大丈夫だろう。


 意味が分からず混乱しているのは俺もだが……俺はイコの頼れる先輩だ。混乱していても冷静なフリをして、恐怖を覚えても平然としたフリをして、演技して取り繕おう。


 木の演技は上手くいかなかったが……頼りになる先輩の演技は、上手くやる。イコを不安にさせず、軽口を叩けるようにへらりと笑え。俺は俺ではなく、イコの「シスイ先輩」になるのだ。


「まぁ、任せておけよ。おおよそ、平地の位置は既に把握した」

「本当ですか!? す、すごいですね……。もしかしてチート転生者ですか?」

「ま、俺レベルになるとな。普通に生きてるだけでそうなってしまうんだよなぁ」

「パネエ……。流石です、シスイ先輩! さすシスさすシス」

「馬鹿にしてない?」


 実際のところ、平地の位置どころか自分が今なにをしてるのかすらわからないんだけどな。まぁ川の位置が分かったフリをして歩き回るのも、分からないと正直に言って歩き回るのも、やることは同じなので、少しでもイコが安心出来るように嘘を吐こう。


 虚勢を張ってにやりと笑みを浮かべる。


「じゃあ、怪我をしないようにな」

「はい。行きましょうか」


 行くしかない。嘘を吐いて平気なフリをして、騙し通すしかない。大丈夫だ、俺なら上手くやれる。自分にそう言い聞かせながら、枯れ枝を集めつつ森を進んでいく。

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