ゴブリンとの遭遇
「……あー、一応聞くんだけど、そこって死んだりする可能性とかあるのか?」
「もちろんありますけど……。あ、お誕生日プレゼントのお返しに、私の神殿あげますね。本来なら野原からの予定ですけど、家の押し入れに余ってるのがあるので」
「押し入れに神殿が余ってる……?」
「お母さんが通販で買っちゃって、結局ほとんど使わずに……お恥ずかしい話です」
「通販で神殿……?」
俺が困惑していると、イコは俺の袖をちょいちょいと引っ張る。
「私のお母さんも、よくダイエット食品とか買って、結局全然食べずに私が食べたりしてるのでよくあることなんですよ」
「そういうズボラさの指摘ではない。……まぁ神様とかの感覚が分からないから押し入れに神殿があっても……。押し入れに神殿はやっぱりおかしいだろ……」
というか、神殿を送れるなら人ぐらい簡単に行き来させられないのだろうか。
俺がそう考えていると、アイネは心を読んだかのように首を横に振って否定する。
「いえ、ここは既に異世界寄りの場所でして……。言ってしまえば、家から電車で学校に行くとして、もうここは学校側の最寄り駅ぐらいの場所なんですよ」
「ああ、もう電車賃は払っているみたいな……」
心を読まれたことは気になるが、イコが「早く帰らしてあげましょうよ」みたいな視線を俺に向けているので、触れる話題を絞ることにする。
「……あー、じゃあ、ここと異世界では結構簡単にやりとり出来るのか? 例えば、気軽に電話をしたり、一時的に避難したり、物を預けたりみたいな」
「それはそんなに難しくないですね。私も仕事があるので頻繁にはちょっとアレですけど……」
なら……今日はその神殿とやらに泊まって明日以降になんとか……したらいいのだろうか。
色々と聞いて安全に過ごそうとすると、現在協力的なアイネの心証を悪くしてしまいかねないし、今後を考えるとあまり問いすぎても損になりかねないか……。
「……まぁ、分かった。とりあえず……今日は神殿に泊まることにして、明日以降に色々と聞くな」
「はい! じゃあ帰る準備しますね!」
「あ、最後に聞きたいんだが、クラスの奴とかも一緒にいたよな。担当が別だったりするのか?」
「あ、はい。そうですね。あ、転移時に出る場所は多少ブレるはずですけど「朽ちた不朽の城」の近くに出るはずなので、そこを目指すといいかもしれません。家に帰ったら夜までには神殿の説明書とかと一緒に食品とかも入れておきますね」
「あ、ども……料金とか……TPから?」
「あ、後々でいいですよ。TPでも、フリマアプリで売れるものでも、自動で出品までやってくれるので便利なんですよ」
神様ってフリマアプリ使うんだ……。と思っていると、アイネはどこからか取り出した鞄を持って俺達に手を振る。
「じゃあ、また少ししたら神殿送りますね! では!」
アイネがそう言った瞬間、貧血で立ちくらみを起こしたときのような感覚がして、グニャリと視界が歪む。
「あ、おふたりに渡す異能は、シスイくんには「愛」の力である《翻訳》、ツイコさんには「安寧」の力である《生物図鑑》の力をお渡しします。使い方はなんとなく分かると思うので────」
その言葉を最後まで聞くことが出来ずに、俺の意識は失われた。
◇◆◇◆◇◆◇
《スキル【翻訳】を獲得しました》
あれ、と思って目を開くと、腕の中に小さな少女の姿が見える。目線を上げると、馬鹿みたいな大きさの木が目に入った。
「……なんだ、ここ」
鳥の鳴く声、植物の青臭い匂い、教室に比べて明るすぎる光、口の中に残る教室で飲んでいたコーラの味だけが嫌になるほど浮いていた。
ごくりと唾を飲み込めば、妙な実感を持って感じてしまう。自分がここにいるということを。ここが夢の中ではないということを。
もぞりと俺の腕から少女が抜け出てきて、ぱちくりと瞬きを繰り返す。
「……えっと、異世界に来たんです?」
「……多分?」
わけも分からないまま、イコと俺の異世界での生活が始まってしまった。
目を覚まして数秒ほど二人でぼーっと呆けていると、イコが突然俺の腕の中から飛び出す。
「な、なにを抱きしめているんですか! みだりに異性での触れ合いは良くないですっ!」
「お、おう……。それはともかくとして……クラスメイトの奴の姿は見えないな」
「……朽ちた不朽の城? ってところの周辺に出るって聞いてましたけど……なさそうですね」
イコの視線を追って周囲に目を向けると、青々とした草が茂っているのが見える。
大きな木の枝葉を見ると、まだこれから開きそうな若葉があることに気がつく。
「……見知らぬ木だが、形からして落葉樹に見える。……これから萌え広がりそうだな。秋じゃなく春……となると、アイネの説明通り、少なくとも日本ではなさそうだ」
「やっぱり異世界ですよ。どう見ても」
「いや、南半球だったら春だから、南半球の可能性もある」
「言うほど南半球の可能性あります?」
「いや、ないけども。だが、流石に異世界と南半球ならまだ南半球の方が……。でも女神いたしなぁ……いや、なんかテロリストに拉致されたとか……」
と俺がなんとか現実逃避しようと口にしていると草むらからガサゴソと音が響く。もしかしてクラスメイトかと思ってそちらに目を向ける。
「あれ、もしかしてやっぱり誰かいたのでは……」
「ああ、クラスメイトかも」
軽く手を挙げて草むらに身体を向けると、二足歩行の130cmほどの小さな体をした緑色の珍妙な生物が顔を出した。
イコはパチパチと瞬きをしてから自分の目を擦る。
「……先輩のクラスメイトにあんな人いました?」
「いや、覚えがないな」
「先輩ってほら、陰の者だからクラスメイトのことも覚えてないとか」
「流石に肌が緑のクラスメイトがいたら覚えてるだろ」
「実はゴブ山リン男くんがいたりしません?」
「クラス替えの名簿見た瞬間に、一生忘れられない思い出になるだろ、そんなん」
緑のクラスメイト(仮)は俺とイコの姿を見据えて犬歯の生えた牙を剥く。
イコを背に庇いつつ、緑のクラスメイト(仮)を見据える。肌が見えており毛は生えていない。服は着ておらず、無手であるが人間の手のように物を掴めるような形状をしている。
手足は短く腹は出ていて、どうにも生理的な嫌悪を催す醜悪さだ。
人間のことは初めて見るのか、どこか戸惑った様子で俺たちを襲うかどうかを決めかねているように見える。
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