第16話 稲妻の殺意

 大きな振動が屋敷全体を襲い、健次はふらついた。天井から塗装が剥がれおち、亀裂が幾重にも分岐しながら壁全体に広がっていく。外からは大きな爆発音と耳をつんざくような金属音が絶え間なく響いてくる。


「何が起こったの?」


 綾子は衝撃に膝から崩れ落ち、狼狽しながら叫んだ。綾子の声は衝撃音にかき消され、健次の耳には届かない。二階から風太とミカが慌てて降りてきて、四人は一カ所に集まった。未だに建物は揺れ続け、ギイギイと悲鳴を上げている。風太は自らを奮い立たせ、気丈に指示を出した。


「敵襲だ。外で明人さんと雅也が交戦してるようだ。綾子、“飛翔”の準備を!」


 綾子は不安げに頷くと、右手を地面にかざし、何かを唱え始める。すると地面に煌びやかな幾何学模様の魔法陣が浮かび上がった。


「ミカ、外の二人に加勢しつつここまで連れてきてくれ。誰一人犠牲は許さない!」


「分かりました!」


 ミカは返事をすると急いで扉の方へ向かおうとした。その刹那、扉は大きく膨らみ、爆音と共に破裂した。爆発の煙に紛れて、雅也が駆け込んでくる。額からは鮮血が滴り、腹部からも出血している。雅也は健次たちを見つけ駆け寄ると、


「お前ら、一旦退くぞ!今すぐ飛べ!」


 と荒々しく叫んだ。綾子は信じられないといった表情を浮かべ、


「待って!明人さんを待たなきゃ!」


 と声を張り上げた。雅也は一瞬顔を曇らせ、


「……あの人は……もうダメだ。連れて行けねぇ」


 と絞り出すように言った。健次たちは絶句し、沈黙が流れた。言葉はどこかへ連れ去られ、綾子の口からは声にもならない声が頼りなく漏れ出ただけであった。四人は皆雅也の方を見た。雅也の険しく歪んだ顔が、全てを物語っていた。風太は呼吸を整え、息を吸った。決断しなくてはならない。考えている時間はない。

 その時、荒っぽい足音と共に、扉から幾人もの迷彩服を着た兵士がなだれ込んできた。彼らの頭上に幾本もの槍や剣が現れ、空を切り裂いて一斉に健次たちに襲いかかる。


「”神風カミカゼ”!」


 風太は咄嗟に叫び、兵に向かって烈風を放った。凄まじい風圧に晒された槍の矛先は進路を変え、周囲の床に突き刺さる。続けざまに槍が飛んでき、そのうちの一本がミカの頬を掠めた。健次は槍剣そうけんの雨を食い止めるため、敵との間に圧縮させた空気の防壁を即席で創り出した。


「やってくれたね」


 ミカが「”濁浪だくろう”」と唱えると、土砂混じりの荒波が敵の背後から勢いよく襲いかかった。数人が波に飲み込まれ、そのまま壁を突き破り遠くへ連れ去られてゆく。魔力が激しくぶつかり合い、衝撃で大地全体が震動してるかのようであった。だが無数に飛んでくる槍剣の猛攻は止むことなく、ついに健次の張った空気の壁に大きな亀裂が走った。


 ──このままでは、まずい!


 健次は右手に魔力を集め、前方に突き出す。


「飛んでけ!」


 健次の手の平から放たれた暴力的なまでの音圧は、一瞬にして目の前の敵を魔法もろとも容赦なく吹き飛ばした。大気は魔力の飽和に耐えかねずひび割れ、天井は崩落し健次たちの頭上に迫ってくる。


「綾子!早くしろ!」


 雅也は息も絶え絶えに叫んだ。綾子の手は震え、血の気を失っている。

 

「飛びます!」


 刹那、閃光と共に奥の壁が崩壊し、稲妻を纏った十字槍が瞬く間に空気の壁を貫いた。健次は一瞬反応が遅れ、防御魔法を唱える間もなくその黄金の槍は健次めがけて急速に迫り来る。


 ──間に……合わない!


 その矛先が健次の心臓に届かんとしたその瞬間、視界は大きく歪み、健次たちは空へと飛び立った。

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