第15話 偽られた光芒(3)

 風太がまず先に中へと入り、綾子とミカ、健次も続いて屋敷内へ足を踏み入れた。屋敷の中は薄暗く伽藍としており、家具一つ置かれていなかった。剥き出しのコンクリートの一部が剥がれ落ちて地面に生気なく横たわっている。外気の入らない淀んだ空間には塵や埃が充満しており、黴の不快な臭気が健次の鼻腔を刺激した。


「ここが……青潮支部なんですか?人が住めるような場所ではないようですけど」


 健次の問いに風太は軽く頷き、警戒して辺りを見渡した。


「空間の拡張魔法が無くなっている。支部のメンバーはここを捨て別の場所へ避難したと考えたいところだが……」


 風太はそこまで言うと口を紡いだ。最悪の事態──即ち政府の攻撃を受け壊滅した可能性が風太の脳裏を過ぎり、激しく掻き乱した。もしそうだとすれば、本当に最悪だ、本部の位置まで知られてしまったかもしれない。風太はその可能性を必死に頭の隅へと追いやりつつ、二階を確認しに向かった。


「特に目立った戦闘の痕跡もなさそうね」


 ミカも平静を装っていたが、動揺を隠し切れていなかった。健次はミカの身体が微かに震えているのに気づき、肩にそっと手を添えた。ミカは健次の行動に少し驚きつつも、不安が幾分か薄まっていくのを感じた。


「……ありがと」


 ミカは小さく答えると、急に暑さを感じ手で顔を仰いだ。暑い。身体の深部から熱が湧き上がってくる。火照る身体を冷まそうと、ミカは羽織っていた肌色の上着をそっと脱いだ。少し離れた所で綾子が二人の様子を見ながら意味ありげにクスクスと笑っている。


「……違うからね!」


 ミカは短く吐き捨てるように言ってから風太を追って二階へと駆け上がっていった。


 ──どうしてこんなに取り乱しているんだろう。今は支部の皆のことを考えなければいけないはずなのに。落ち着かないと。


 ミカは自分にそう言い聞かせると、身体にしつこく居座る熱感を薄めようとするかのように大きく息を吸い込んだ。埃っぽい空気が肺を満たし、思わず咽せる。咳の発作が収まったところで、ミカは風太が真剣な表情で部屋の隅を凝視していることに気付いた。風太の元に近づくと、風太は何も言わずに壁の隅のシミを指さした。ミカはその黒い汚れのような小さな模様に目を凝らす。そして、その模様が書き殴られた文字であると気付くと、大きく目を見開いた。


〈逃げろ。私たちはに嵌められていた〉


「これって……」


「いますぐここから離れよう。この場所は危険だ」


 ちょうどその時、一階を一通り確認し終えた健次は、より微細な痕跡を探すために”感知”魔法を周囲に張り巡らした。すると、屋敷の数カ所でほんの僅かではあるが魔力の痕跡が浮かび上がってきた。混じり合った複数の魔力。だがその魔力に明らかに拭い取られた跡があるのに気付くと、健次は険しい表情になった。何者かによって痕跡が消されている──?そう考えた刹那、無意識のうちに広く展開していた”感知”魔法が遠方で何かを補足した。急速に、何かがこちらに向かって接近してくる。健次は言い知れぬ戦慄を覚え、咄嗟に叫んだ。


「皆、伏せて!」


 その瞬間、激しい衝撃と共に爆音が轟いた。

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