第10話 手元へ
瞼の裏で明滅する赤と黄の
〈解放せよ、我を解放せよ〉
その残響に身を置きながら、健次はあの日のことを思い出した。──そういえばあの時もそうだった。この声が自分を激しく揺さぶり、駆り立てた。自分が自分ではない感覚、この得体の知れない感覚をはっきり自覚するようになったのはいつからだろう。おそらくあの夜から、いやもしかするともっと前から──。健次の思索は次第に発散していく。静寂に包まれた暗闇を不意に一条の光が貫いた。
「あ、起きた」
視界に眩いライトが差し込み、健次は現実へと引き戻された。白いタイルが敷き詰められた天井に、蛍光灯が一つ無造作にぶら下がっている。
「気分はどう?」
横からミカが覗き込んできた。ミカの長い黒髪はライトに照らされて上品な艶を放っている。健次はふと気恥ずかしさを覚え、ミカから目を逸らした。
「多分大丈夫。まだ頭は痛むけど」
「ゆっくり休んでて。今隊長たち呼んでくるね」
ミカはそう告げると、席を立ち部屋を出て行った。ミカが座っていた所からオーデコロンの甘い香りが漂ってくる。
──ずっと看病してくれていたのだろうか。
健次はベット横で静かに見守っているミカのことを想像した。健次は自分が彼女に対して抱いている感情をうまく整理できてはいなかった。彼女の透き通るような瞳、秋陽に照らされ輝く横顔、肩に置かれた手から伝わってきた温もり。この感情に今すぐ名前を付けるのは無粋だと思った。健次は目を閉じ、呼吸を整える。
「失礼する」
ドアが開きミカと共に大和が入ってきた。大和は健次の方に目を遣ると、ベット脇の椅子に腰を下ろした。
「ずいぶん疲れていたようだな。君が意識を失ってからもう丸二日経っている」
「そんなに……」
健次は上半身を起こそうとするが、身体は鉛のように重く、ベットがギイギイと軋んだだけであった。大和は表情を変えずに続けた。
「寝たままで聞いてくれて構わない。会議の結果、君を正式に盤孤の一員として歓迎することが決まった。活動するに当たっては、俺たちの方で選ばせてもらった護衛班と共に行動してもらう。何しろ君は狙われている可能性が高いからな。いいか?」
健次は曖昧に頷くと、この場所に来てからずっと頭の片隅にあった疑問をぶつけた。
「大和さん、あなたたちの目的は何なんですか。何の為に世界に立ち向かっているんですか」
大和は少し驚いたかのように眉を上げる。
「まさか君の口からその質問が出るとは。何、単純なことだ。俺たちの目的は──」
「この世界の体制をひっくり返すことだ」
いつの間にか部屋に入ってきていた隊長の剛田が話を繋いだ。剛田の声には迷いがなく、
「俺たちは旧時代の終焉と共に奪われた主導権をもう一度、俺たちの元へ、
健次は剛田の急な質問の意図が分からず、首を傾げた。
「ただむやみに反乱を起こしても意味がない。彼らが世界の魔力の大半を支配している以上は。だから、仕組みそのものを変えてしまわなければならないんだ」
剛田はここで言葉を切り、意味ありげに髭をさすった。部屋に
「俺たちは
健次は剛田の話を聞きながら、深部に潜んでいた不鮮明な予感が確固とした形となり自身の前に立ち現れてくるのを感じた。
──龍……。健次は神龍町の風景に思いを馳せる。神龍魔法学校までの通学路、家のすぐ傍にあった行きつけの蕎麦屋、遠来通りで見た真夏の夕暮れ、そして冠甲山から見渡した朝の秋空。
──もう一度あの場所へ……。
脳裏で複雑に乱反射する記憶を何とか抑え込むと、健次は前を向いた。大和は軽く咳払いをし、健次を見た。
「健次の初任務が五日後にある。ミカも一緒だ。そんなに気負わなくても良いような簡単な雑務だが、それまで十分身体を休めておいてくれ」
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