第7話 百年ぶりの帰還(2)

 健次はミカに話した内容をもう一度説明した。一列に並んだ針の穴に糸を通していくかのように慎重に、そして淡々とした口調で。剛田たちはその間遮ることなく静かに聞き入っていた。健次がおおよその顛末を話し終えると、静寂は弾け、周囲の者は俄にざわつき始めた。お互いに顔を見合わせ、あれやこれやと意見を述べる。健次は飛んでくる会話の断片を繋ぎながら、自分の言ったことがすぐには信じてもらえていないことを悟った。


「皆、静かに」


 剛田の有無を言わさぬ一声ですぐにロビーは静まりかえった。剛田は立派な顎髭を右手でさすりながら、ゆっくりと続けた。


「健次の言ったことが本当かどうかは確かめようがない。だが、君はミカを助けてくれた。それだけは確かだ。だから私は信じる。どうか、我々と共に着いてきて欲しい」


 周囲にどよめきが広がった。懐疑の眼差し、困惑の眼差し、そして少しの悪意の眼差しが入り交じり、一斉にその矛先が健次に向けられる。


「剛田、彼が政府の差し金ではないという証拠はあるのかい」


 囲いの奥にいた背の高い男が前髪を掻上げながら健次たちの方へ近づいてきた。整った顔立ちで、短距離走者のように引き締まった体躯は周囲から彼をひときわ際立たせている。


「ない。ただ私は彼を信じる。彼はもしかしたら──」


「“龍の子”かもしれない。ということか」


 剛田の発言を遮り、その男は続けた。


「確かに彼の話はあの記録の内容と一致している。ミカが危険を承知でこのアジトに連れてきたのもそのことが念頭にあったのだろう。だが疑っているメンバーが多いのも事実」


 男は健次の方にゆっくりと目を遣り、柔らかな口調で語りかけた。


「君の持っている力を一度見せてほしいんだ、健次君。君が本当になのかどうか、魔力を交えればすぐに分かるはずだ」


「スバルさん、やめて下さい!健次君が危険です!」


 ミカはたまらず口を挟んだ。早川スバル──剛田隊長と同期で盤狐の副隊長も務める実力者ではあるが、何を考えているか分からない不気味なところもあり、ミカは強く警戒した。


 ──スバルさんと疲れている健次君を戦わせるのは危険すぎる……


 スバルと呼ばれた男は少し微笑みながらミカに語りかけた。


「心配いらないよ。少しお手合わせをお願いするだけさ」


 剛田は横からこのやりとりを静観していたが、よく通る声で、


「スバル……変な真似はするなよ」


 と釘を刺した。スバルは剛田の言葉を流しつつ健次の方に向き直る。


「さて、健次君。君はどうする?」


 健次は一旦自分を落ち着かせる為に目を閉じて深く息を吸い込んだ。まだ自分が何をすべきなのかは分からない。ただ、あのとき、あの場所で感じた脳天を貫くような激烈な感覚、何かを変えなければならないという押さえがたい衝動はしっかりと覚えていた。盤孤の人々を完全に信用した訳ではないが、今はこのに身を任せてもよいのではないだろうか──。そう思えるのも偏にミカがいるからであった。ミカの片手が健次の右肩にそっと添えられている。彼女の手を通して、自分の中にある種のぬくもりが広がっていくのがありありと感じられた。自分がなぜミカをこんなにも信用できているのか不思議でならなかった。あのとき、何もかも信じられなくなった──。健次は目の奥に鈍い痛みを覚えた。健次は目をゆっくりと開け、あたりを見回す。剛田隊長にスバル、大和、多くの隊員たち、そしてミカ──。ロビーには静寂が漂っており、皆が健次の返答を待っている。健次はもう一度深呼吸をし、頷いた。


「やります」

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