第5話 分岐点

 健次と女は息を切らしながら路地裏を縫うように走り抜け、大通りから十分に離れたところまで来るとそこでようやく足を止めた。健次は追っ手が来ていないことを確かめ、閑散とした公園のベンチに勢いよく腰掛ける。健次の身体は疲労で悲鳴を上げており、喘ぐように呼吸を繰り返した。生ぬるい空気が喉を通り抜け、ヒューヒューと頼りない音を立てる。女は健次の横顔をじっと見つめ、おもむろに口を開いた。


「あなた……どうして見ず知らずの私を助けたの。警察に逆らうのは重罪よ。……死罪すらあり得るのに」


「なぜだろう……わからない。だけど直感で、君は助けなきゃと思ったんだ。……うまくはいえないけど」


 健次はつっかえながらも言葉を繋いだ。健次自身も自分の行動をうまく理解できていなかった。


「ふふっ、変な人」


 女はおかしそうに笑った。健次はそれを見て、綺麗な人だと思った。日に焼けた褐色の肌、均整のとれた顔立ち、しなやかで繊細な身体の曲線。秋の日差しに照らされて輝く彼女は、他のものを寄せ付けない凛とした存在感を放っていた。それでいてどこか危うげな雰囲気のある彼女に、健次の視線は釘付けになった。


「自己紹介が遅れたね。私は沓見くつみミカ。あなたは?」


「影山健次」


「健次君、よろしくね。もしよければ、健次君のこと、教えてもらえない?」


 健次はミカに自身の境遇と今朝からのことについてかいつまんで話した。今日初めて出会ったが、不思議と彼女に警戒心は抱かなかった。自身が神龍魔法学校の生徒であることや、今日結界を越えてこちら側へ来たことを健次は告げた。ミカは話を聞きながら驚いたように目を見開いた。


「つまり……あなたの話が本当なら、あの第一結界の向こう側から来たってこと?そんなことがあり得るなんて……」


 ミカはそう言うと黙り込みしばらく考え込んでいたが、何かを決意したらしく、不意に顔を上げて健次の目を見た。ミカの透き通るような瞳に健次は自身の内奥が隅々まで見透かされた気がして、どことなく落ち着かなさを覚えた。


「健次君、私と一緒にアジトへ来て。健次君はもしかしたら、──いや間違いなく、私たちに必要な存在なんだ」


 健次は一瞬ミカの言っている意味が理解できず、釈然としない表情を浮かべた。ミカはそれをみて、はっとして付け加える。


「ごめんなさい。まだ私のこときちんと説明してなかったね。私は、龍解放軍──通称”盤狐ばんこ”のメンバーなの」


 このときなら、まだ引き返せたのかもしれない。この出会いを機に、彼らの運命は大きく動きはじめる。

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