第3話 邂逅

 隅々まで整備された道路に街路樹、そして旧時代の名残を残した無機質な建築物の群れ。“飛翔”で降り立った場所はどうやら都市の近郊であるようだった。健次は遠方にうっすらと建ち並ぶ高層ビルを眺め、長く息を吐いた。家を出てから一体どれくらいたったのだろう。太陽はすでに空高く登り、都市全体を鈍く照らし出している。

 ふと視線を前方に遣ると、正面奥から大きな足取りで歩いてくる三人の青年が視界に入った。三人とも旧時代のスーツを身につけており、健次の事など気にも留めない様子で真横を通り過ぎていった。健次は彼らの背中を目で追いながら、眉を微かに顰めた。それは決して彼らの服装や歩き方が珍しかったからではなかった。ただ彼らが尾を引くように残していった香りの中に、妙なを感じ取った為であった。


 ……とりあえず進むか。


 健次は人の波動にいざなわれるように中心部へと足を進めた。進むにつれ徐々に高い建物も目立つようになり、まばらであった人影も増えていく。折り畳み傘を片手に足早に過ぎ去るサラリーマン、大声で笑いながら喋る婦人、重そうな鞄を抱えながら走る制服姿の学生。皆どこからともなく現れては又どこかへと忙しなく去ってゆく。健次は初めて見る人の多さに驚きを隠せなかった。結界の外側にこんなに多くの人が住んでいたとは。なぜ僕は知らなかったんだろう。──なぜ、僕たちは


 健次が物思いに耽りながら大通りを歩いていると、突然前方でざわめきが起こった。目を遣ると、一人の女が慌ただしくこちらに向かってくる。二十歳くらいであろうか、はっきりとした顔立ちで、息を荒げながら猛スピードで走ってくる。その女の背後から警官が大きな声で叫んだ。

 

「止まれ!止まらないと”行使”するぞ!」


 健次は騒ぎをやり過ごすため人混みに紛れようとした。その時、健次の視界に彼女の清冽な瞳が飛び込んできた。人里離れた山麓で静寂を湛える湖面を思わせるような、澄み切った空色。健次の全身に稲妻が駆け巡る。健次は自身の奥深くに巣食っていたものが再度ふつふつと湧き上がってくるのを感じた。


 ──この人は助けなくては。


 健次の直感がそう告げていた。警官は女が立ち止まりそうにないことを悟ると、握りしめた拳を勢いよく頭上に掲げ、短く言葉を放った。


「”チェイン”!」


 都市の壁に反響した叫びは、周囲の大気を取り込み一連の錫色すずいろの鎖を顕現させた。五十メートルはあるであろう鎖は鈍く光ると、急速に彼女の方へ迫り来る。


「危ない!」


 考えるよりも先に身体が動いていた。健次は彼女の元に駆け寄り、意識を集中させる。


 ──「”反転リバース”」


 突如鎖は身悶えるような悲鳴を上げ、空中で動きを止めた。健次は鎖に向けた人差し指をゆっくりと回し始める。それに合わせて鎖もぐるぐると円を描きながら、どんどん加速してゆく。火花を散らしながら高速回転する鎖の輪を前に、警官は青ざめた表情で足を止めた。健次は警官を見つめたまま、フッと手の力を抜いた。それと同時に、鎖は警官めがけて勢いよく解き放たれた。


「な……”シールド”!」


 警官はとっさに防御魔法を唱えるが間に合わず、大気を断ち切るような鋭い金属音が周囲に鳴り響いた。鎖は警官の身体に強固に巻き付き、体液を搾り取ろうとするかのように強烈に締め上げた。一部始終を目撃した人々は唖然として言葉を失っていたが、その静寂も長くは続かなかった。誰かの甲高い悲鳴を合図に、蜘蛛の子を散らすように我先にと逃げてゆく。

 追われていた女は驚いた表情で健次を見つめていたが、すぐに表情を元に戻すと、健次の手を取った。


「ついてきて」


 足音や悲鳴が入り交じる大通りを横目に、二人は路地裏へと入っていった。

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