第7話 真・紋様術

「ギャハハ、だから言ったろ、ミレイ。今のお前では、俺様の炎に勝てやしないと」


 ゲリコングの見下した物言いに、ミレイは俯いたまま応えない。


「唯一の懸念けねんだった属性の融合も、どうやら出来ないようだしなあ」


 両手を一杯に広げ、大袈裟に話すゲリコングの演説は尚も続く。


「力の底が知れた今のお前には、万に一つも勝ち目はないぞ。いい加減に諦めて、俺様の花嫁ものになれ。飽きるまでは大切に可愛がってやるぜ、ギャハハ」


 そのときミレイが振り返り、ゼロ介の顔を真っ直ぐに見た。


「今まで、ありがとうな、ゼロ介」


 とても晴れやかな笑顔だった。


「ここからは、私ひとりで充分だ。後の事は私に任せて、お前は今すぐ退避しろ」


「…え⁉︎ ひとりで充分て、一体どーやって?」


「ハハ、お前に心配されずとも、やり様はいくらでもある。こんなクソゴリラに、この私が負けたりするものか」


「ギャハハ、そうだぜ、少年。ここからは大人の時間だ。お子様は早く帰って、ママのおっぱいでも飲んでろ」


「な……」


 なんだコレは? 一体、何処で間違えた?


 ゼロ介は混乱の中、必死に思考をめぐらせる。


 これが正規のルートなのか? こんなエンディングありなのか⁉︎


 納得出来ずにモヤモヤしていると、握り締めていた自分のスマホが、突然ブブブと振動した。


 そこには、


[ヒント:本来の紋様術は、簡易モードの攻撃威力5倍。合成紋様術も使用可能]


 とのメッセージ。


「……え⁉︎」


 更には[簡易モードを解除しますか?]と続く。


「ハ…ハハ」


 何処で間違えたかって? 最初から間違えてたんじゃねーか!


「解除だ、解除。簡易モード、解除!」


[解除には、二個の解除キーが必要。

 ①プレイヤーからミレイへ好きと告白。

 ②ミレイからプレイヤーへの救援要請]


 な、な、な、なんじゃこりゃああああ!


「ふざけるな、ふざけるなよ、ゼロ美ーーっ!」


 ゼロ介はありったけの声で叫んだ。ここが夜の公園である事は、既に意識から消えている。


 だがしかし、ここまで来てのゲームオーバーもあり得ない。


 ああくそ、言えばいいんだろ、言えば! 所詮はゲームだ、やってやる!


「ミレイさん!」


 開き直ったゼロ介は、とうとう腹を決めた。


「まだ居たのか、ゼロ介! 直ぐに逃げろと言った筈だ」


「すみません。でもひとつだけ教えてください」


「…何だ?」


「本当に一人で勝てるんですか?」


「当たり前だ。私は最強の魔物ハンターだぞ」


「どうやって?」


「…疑り深いな。あまり私をみくびるな」


「だからそれを教えてください。俺が納得出来たら直ぐに逃げます」


「いい加減しつこいぞ、ゼロ介。出会って間もない私なんかを、何でそんなに気に掛けるんだ⁉︎」


 自分で誘導したとは言え、だあああああ、くそおおおお!


「ミレイさんのことが、好きだからですよ!」


「…………は?」


「だからミレイさんのことが…っ」

「ま、待て、聞こえている!」


 慌てて止めに入ったミレイの表情が、一瞬で真っ赤に茹で上がった。


「おま…ゼロ介、何を言って…っ」


 そこでミレイは深呼吸を繰り返し、ゆっくりと息を整える。


「私は人間じゃ、ないんだぞ?」


「そんなの関係ありません! だからちゃんと教えてください。本当に一人で勝てるんですか?」


「……」


 ミレイは黙ったまま、うな垂れるように俯いた。


「ミレイさん!」


「……っ」


「いいから答えろ、ミレイ!」


 その勢いにハッと顔を上げたミレイの瞳には、


「イヤだ、ひとりにしないで……助けて…ゼロ介」


 一杯の涙が浮かんでいた。


 〜〜〜


「ギャハハ、黙って聞いてれば、小僧。俺様の嫁に告白入れるとか、随分と大それた事をしてくれるじゃないか」


「やかましいぞ、クソオヤジ。ミレイのことは、俺が護るんだ!」


 予想外のミレイの涙に、ゼロ介のテンションは最高潮に達している。


 その瞬間、


[解除キー受領。簡易モードを解除します]


 眼鏡越しの眼前にメッセージが流れ、続いて大きな五芒星へと表示が切り替わった。


 ゼロ介はスマホを右手で握り締めると、腕一杯を使って、目の前の五芒星をなぞっていく。


「今までゴメンな、ミレイ。俺の我儘わがままで迷惑かけちまって…」


「我儘ってお前、何を言って…⁉︎」


 同時にミレイの両手から青い光があふれ、少女は驚いたように目を見張った。


 更には、[三秒間、スマホを振り続けろ]の指示に従うゼロ介の行動に連携して、その輝きがどんどんと増していく。


「これが全力だ。思い切りかませ、ミレイ!」


「お前、この魔力…」


 ミレイは口元を小さくほころばせると、両手を強く握り締めた。


「有り難く使わせて貰うぞ、ゼロ介!」


 気合いとともに創り出した、十字槍の片側が斧の形状をしている、二メートルを超える長斧槍を、


「ヘルハルバード、フルバースト!」


 ミレイは足を大股に開いて、やや下段気味に両手で構えた。


「ふ、巫山戯ふざけるな…っ⁉︎ 何だ、その魔力は…⁉︎」


 長斧槍の先端に静かに灯る青白い炎に、ゲリコングの全身がガタガタと震えだす。


「お前が……お前かあああ、小僧おおおお!」


 それから全身を火の玉と化して、焦ったようにゼロ介に向けて襲い掛かった。


「行かせないよ」


 しかし両者の間に瞬時に割り込んだミレイが、長斧槍をピンと一閃薙ぎ払う。


 それによって体勢を崩したゲリコングが、激しく転がりながら吹き飛んだ。


「アギャアアアア! 脚が、俺様の脚があああ!」


 見ると、ゲリコングの膝から下の両脚が、綺麗さっぱり消え失せていた。


「少しやり過ぎたな、ゲリコング」


「ま、待て、ミレイ…いや、ミレイ様」


 すっと横に立ったミレイを見上げ、ゲリコングが震えた声を絞り出す。


「よ、夜のトバリは、直ぐに返す。だから頼む、見逃してくれ…」


「お前は私を、誰だと思っている?」


 ミレイは不意にニタリと笑うと、長斧槍を右上段に高々と振り上げた。


「最凶最悪の、魔物ハンターだぞ」


 〜〜〜


「スゲーな…」


 螺旋渦巻く青白い炎が、夜空に届かんばかりに高く高く伸びている。


 ゼロ介がその光景を呆然と眺めていると、ひらひらと夜空を舞う、黒い布のような物を発見した。


「なんだ、あれ?」


「ああ、あれが『夜のトバリ』だ」


 ジャンプ一番、ミレイは黒い生地を掴み取ると、バッと布を広げて全身にまとう。


 それは、黒い外套だった。


 バサリと外套をひるがえして着地したミレイは、ゼロ介の方に向き直る。


「これも全部、ゼロ介のおかげだ。何かお礼をしないとな」


「そんな、お礼なんて…、俺のせいで苦労もかけたし、それで全部チャラですよ」


「いや、その、何だ。さっきの事もあるし…」


「さっき…?」


 不思議に思ってみたものの、ミレイがサッとかぶった外套のフードのせいで、その表情までは確認出来ない。


「明日の昼二時に、新さこ田駅まで来られるか?」


「え、明日?」


「少し遠いから無理か?」


「あ、いや、土曜日だから学校もないし、別に行けなくはないけど…」


「そ、そうか! ならば明日の昼二時に、新さこ田駅で待ってるぞ」


 ただそれだけを言い残し、ミレイはピューッと夜の闇に消え去っていった。









 〜〜〜


「言った! お兄ぃが言った! 私の影に好きだと言った!」


 ゼロ美は興奮のあまり、くうううと布団の中で悶絶する。


「ふわああ、ゼロ美ちゃん、まだ起きてるの? 早く寝ないと先生に怒られるよ」


「あ、ご、ごめん。もう寝る」


 同室の友達の声に慌てながら、ゼロ美の夜は更けていった。

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