第6話 月下の敗北

 三日目の夜、ゼロ介が表の通りに出ると、


「よお、ゼロ介。良い月夜だな」


 電信柱に寄り掛かるように、ミレイがひとり立っていた。


「え、ミレイさん、何でここに⁉︎ 待ち合わせは、公園の入り口だったんじゃ…?」


 ゲーム開始時のメッセージには、確かにそう表示されていた。


「早くゼロ介に会いたくてな。迷惑だったか?」


「あ、いや、そんな事は全然…」


 慌てて首を振るゼロ介に、ミレイが「くくく」と可笑おかしそうに笑う。そんなミレイの態度に、ゼロ介は揶揄からかわれたと理解した。


「すまん、すまん、ねるな。早く会いたかったのは本当だ。少し一緒に歩こうと思ってな」


 そう言ってミレイが、前を歩き始める。


「えっと、何かあったんですか?」


 その後に続きながら、ゼロ介は声をかけた。


「何か無くちゃダメか?」


「別にそんな事は……。あ、そう言えば、ゲリコングの言ってた想い出の場所って、何処のことなんですか?」


「…あのクソゴリラとの想い出なんて、ひとつも無いんだがな」


 やっと振り返ったミレイの表情に、一杯の苦笑いが浮かび上がる。


「残念なことに、ひとつだけ心当たりがある」


「何処です?」


「私が、『夜のトバリ』を奪われた場所だ」


「ああ、そう言えば…」


 最初に会ったときに、そんな事を言っていた。


「確か、油断したって」


「そうさ、あのクソヤロー。初対面でいきなり、一目惚れしただの結婚してくれだのやかましくてな。呆れて油断した隙に、まんまとヤツの手下に奪われちまったんだ」


「作戦だったんですか?」


「どうだろうね。ただ、大半の魔力を失った私を殺さずに、手篭てごめにしようとしたのは確かさ」


「え?」


「ハハ、心配してくれるのか? 大丈夫だ。殺されるより嫌だったから、死ぬ気で逃げ出したさ」


「ああ、それで俺んちに」


「そう言うことだ」


 そこでミレイは、ニカッと笑う。


「おそらくコレが最後の戦いだ。準備万端で歓迎してくれるだろうさ」


「え⁉︎ じゃあ、罠なんじゃ?」


「それでも行くしかない。『夜のトバリ』の奪還は絶対条件。期待してるぞ、ゼロ介」


 そんなミレイの熱い眼差しに、


「はい、任せてください!」


 ゼロ介は、新たな決意で頷いた。


 〜〜〜


 その場所は、いつもの運動公園の更に奥、


 小さな丘に立ち並ぶ、雑木林の中だった。


「ギャハハ、待ってたぜ、ミレイ。俺様の純白のベールを、受け取りに来てくれたんだろ?」


 月の光さえ届かないその中は、夜の闇を更に色濃くしているようだ。


「うるさい、黙れ。耳がくさる」


「ギャハハ、気の強いお前も魅力的だが、夫婦めおととなるなら、もう少し従順になって貰わんとな」


 その瞬間、ゼロ介ほどもある五匹のサルが、バッと枝からぶら下がる。


「やれ!」


 そのとき発したゲリコングの声は、いつもの軽い調子ではなかった。


 同時に五匹のサルが枝から枝に飛び移り、そのスピードはとても目で追えるものではない。


『次の戦いは魔力の探知が重要になる。武器化はせずに、ありったけの魔力を私に注いでくれ』


 事前に話していたミレイの言葉の意味を、やっとゼロ介は理解した。


「ゼロ介!」


「了解!」


 ミレイの合図に、ゼロ介はスマホを構える。画面には指のマークと、[三秒間、スマホの画面を連続でタップせよ]とのメッセージ。


「だりゃあああ!」


 それから右手四本指でスマホを支え、親指でひたすらタップした。


 〜〜〜


 暗闇が支配する雑木林の中で、ミレイの全身が淡い光に包まれる。


 それが目印となったのか、五匹のサルがミレイに向かって一斉に襲い掛かった。


「全部、見え見えなんだよ!」


 囲いの中でミレイが素早く一回転すると、五匹のサルが同時に吹き飛ぶ。


「おお、スゲ…」


 その時ゼロ介の視界には、まるでカットインのように、右フック、左バックブロー、左回し蹴りが炸裂していた。


 しかし次の瞬間、


「ギャハハ、良いパンチだ、ミレイ!」


 木々の間の闇の中から、巨大な影が飛び出した。


「が…っ、この!」


 そのままミレイを巻き込んで、雑木林の外へと突き進んでいく。


「ミ、ミレイさん…っ」


 慌ててゼロ介も追いかけると、そこには巨大なゴリラと対峙する、小さなミレイの姿があった。


「爆炎ゴリラ…?」


 名称の割には、見た目は普通のゴリラだ。


「ギャハハ、ミレイ。どうやら魔力の並行処理が出来ないようだな」


「…何のことだ?」


「ギャハハ、誤魔化すな。お前の噂は何度も耳にしているが、相手を殴ったなんて話は一度も聞いたことがない」


「お前の手下が、雑魚過ぎただけだ」


「ギャハハ、そうかよ。だったら俺様には、見せてくれるのか?」


「お前のようなクソヤローに、見せてやる義理なんてひとつもない」


「ギャハハ、やっぱり生意気なメスガキを躾けてやるには、分からせてやるのが一番だよなあ」


「何を分からせるんだ?」


「今のお前では、俺様の炎には勝てないと」


 突然、ゲリコングの口調が変わったかと思うと、黒かった全身の体毛が真っ赤に染まっていく。そしてメラメラと、体毛から炎が揺めき始めた。


「ゼロ介、全力だ!」


「了解!」


 スマホ画面に表示されている二等辺三角形と、画面をこするフルバーストの指示を、ゼロ介が素早く的確にこなす。


「フレイムスピア!」


 その入力によって創り出された二メートルを超える長槍を、ミレイはやや下段気味に両手で構え、


「フルバースト!」


 その穂先を、ゴオッと激しく燃え上がらせた。


「来いよ、分からせてやる」


「死んで後悔しろ、クソゴリラ!」


 棒立ちで手招きするゲリコングに向けて、ミレイは右上段に振り上げた長槍を、ピンと一閃、左下段へと振り下ろす。


 その瞬間、パッと舞い散った無数の赤い粒子は、


「ギャハハ、だから言ったろ」


 ミレイの長槍が、無惨に砕け散ったあかしだった。

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