第5話 月夜の招待状

「ゼロ介、伏せろ!」


 自分の真後ろから聞こえたミレイの声に、ゼロ介の意識が現実に引き戻される。


 慌てて背後に振り返った次の瞬間、激しい爆発音とともに、真っ黒い煙で視界の全部を奪われた。


「わわ、なんだ⁉︎」


 咄嗟に両腕で煙を払うが、悲しいかなそこはバーチャルゲーム。ゼロ介が最も避けたかった第三者視点での滑稽な姿を、只々晒すだけであった。


 やがて煙が晴れて視界が開けると、目の前にはミレイの小さな背中。全身の所々がプスプスとくすぶり、小さな煙が立ち昇っていた。


「あ……俺…っ」


 そこで再び、ゼロ介の脳裏に、先ほどの入力ミスが蘇る。


「昨日今日戦い始めたばかりのゼロ介の失敗など、最初からとっくに折り込み済みだ。全く問題ないから気にするな」


 振り返ったミレイが、明るくニカッと笑った。


「とは言え、あまり続けてくれるなよ。お気に入りのドレスが焦げてしまう」


「は、はい!」


「よし! じゃあ、最後の仕上げだ。よろしく頼むぞ、ゼロ介!」


 そのとき前を流れる川の中から、バシャンと何かが飛び跳ねる。


「砲台イルカ⁉︎」


「来るぞ、ゼロ介!」


 今度はしっかり菱形ひしがたを描くと、ミレイが左手で火炎砲弾を受け止めた。手の先には光の結界が張られていて、完全に攻撃を遮断している。


 どうやら菱形は防御魔法のようだ。


 ゼロ介は成る程と頷くも、菱形…。完全にゼロ美の落とし穴に嵌まった気がする。


「ヤツには剣では届かない。特大の雷で、一気に決めるぞ!」


「え、特大?」


「ああ、水中ではヤツの正確な位置も分からないからな。河川一杯に放電させる」


「良いですね。好きですよ、そう言うの」


「気が合うな、私も好きだ。だったらゼロ介、全力で魔力を搾り出せ!」


「はい、任せてください!」


 その瞬間、ゼロ介の眼前に、


[指定の紋様術を入力後、三秒間、スマホの画面をこすり続けろ]


 とのメッセージ。


 そのままスマホを確認すると、正三角形と二等辺三角形が頂点で向かい合った、数字の8のような紋様が表示されていた。


 ゼロ介がその紋様を一筆書きでなぞると同時に、ミレイが川岸に向けて走り出す。


 そこを狙いすました砲台イルカの砲撃を、ジャンプ一番で華麗に躱し、


「サンダーランス!」


 空中姿勢のまま、右手に二メートルを超える輝く長槍を創り出した。更にはゼロ介の画面の擦りと連動して、バチバチとその激しさが増していく。


「フル、バースト!」


 気合いとともに、ミレイは激しく輝く長槍を、眼下に向けて投げ下ろした。その勢いで、彼女の小さな身体がくるりと前方宙返りを披露する。


 直後に、川底に突き刺さった長槍を中心に、バリバリと川面かわも一杯に稲妻が駆け巡った。


 やがてプカリと砲台イルカが、白いお腹を見せて水面に浮かび上がる。


「炎だ、ゼロ介!」


「はい!」


 ミレイは川に向かって跳躍すると、右手に創り出した片刃の長刀を、砲台イルカの腹に突き刺した。


 その後、突き刺した長刀をそのまま残し、再び跳躍したミレイがゼロ介のそばにフワリと着地する。


 その着地を合図に、砲台イルカのお腹がみるみると膨らみ、風船のように激しく破裂した。


 同時に無数の紙吹雪が一面に舞い広がり、銀色の月明かりをキラキラと乱反射させる。


「おおー…」


 まるで星くずの海の中にいるような光景に、今日もゼロ介は感嘆の息を漏らした。


 しかしその時、


『ギャハハ! 元気そうで何よりだな、ミレイ』


 夜の闇を引き裂いて、下品な笑い声が木霊する。


「く、この声、ゲリコングか! 何の用だ!」


「ゲリコング⁉︎」


 なんてネーミングだよ⁉︎


 しかもこの声…、若干機械で変えてはいるが、


「親父の声…だよな?」


 何故かゼロ介には確信があった。


『ギャハハ、何の用とはご挨拶だな。俺様の求愛に対する照れ隠しか?』


「反吐が出る! 気持ち悪いっっ」


 あーこの、気持ち悪いの言い方、まんまゼロ美の言い方だなあ…


『ギャハハ、照れるな照れるな。明日の夜、俺様たちの想い出の場所まで来てくれよ。純白のベールを用意して待ってるぜ』


「ゼロ介、雷!」


「うわ、は、はい!」


 そのとき鋭い視線でミレイに凄まれ、ゼロ介は慌ててスマホに紋様を描く。


『ああ、そうそう。さっきのトドメの追撃な、良い一撃だったぜ…』


「うるさい、黙れ」


 大弓を構えたミレイが、夜空に向けて光の矢を撃ち放った。すると「ギャ」という鳴き声とともに、一羽のカラスが向こうの河岸に落下する。


 それ以降、ゲリコングの下品な笑い声が聞こえてくる事はなくなった。


「あの、何でアイツ、急にミレイさんのこと、褒めたんですかね?」


 何となく気になってたゼロ介が、その事をミレイに質問する。


「見抜かれたんだ。今の私の力が、以前の全力には遠く及ばないことを…」


「…え?」


「まあ、ゼロ介が気にする必要は全くない! それでも私が勝つからな」


 そう言ってミレイは、明るく笑った。


「それよりほら、せっかくのこの光景。思う存分、ゆっくりと堪能しよう」


「あ、はい、そうですね」


 言われてゼロ介も、再び周りへと目を向ける。


 そこはミレイとゼロ介の為だけに用意された、プラネタリウムのようであった。

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