第4話 四角い落とし穴

 翌日、


 学校から帰ったゼロ介は、さっそくMR眼鏡を掛けてみる。


 しかしそこにミレイは居らず、スマホのアプリを開いてみても、[イベント開始は21時半]との表示があるばかり。


「そう言えば、吸血鬼とか言ってたもんな。太陽は苦手って設定か」


 ひとり考察にふけっていると、


「ゼロ介ー、今日も出掛けるんでしょう? 先にお風呂と宿題を済ませておくのよー」


 母ゼロ江の声が聞こえてくる。


「分かってるってー」


 返事を返しながらも疑問に思う。母親の、この物分かりの良さは一体何なのだ?


「ゼロ美が根回し、したんだろーな」


 おかしな所は多々あるが、こう言うところは流石である。ホント、おかしな所は多々あるが……


「さてと、そんじゃ夜までに、やる事全部やっちゃいますか!」


 何だかんだでどっぷりと、どハマりしているゼロ介であった。


 〜〜〜


 夕食も終わっての夜9時半、スマホがアラームで合図を鳴らす。それに合わせてゼロ介がMR眼鏡を装着すると、眼前にメッセージが現れた。


[昨日の公園でミレイと合流せよ]


「今日はここからじゃないのか…」


 母親に外出の承諾を得て、ゼロ介が走って公園に到着したとき、


「よお、ゼロ介! 良い月夜だな」


 まるで重力を無視したかのように、空からミレイがふわりと舞い降りた。


「あ、ミ、ミレイさん、こ、こんばんわ」


「ん、どうした? 何を焦っている?」


 黒ドレスのスカートがはためいて見えそうだったとか、流石にそんなこと言える訳がない。


「あ、いえ、何でもないです」


「……そうか? まあいい」


 少しいぶかしむような瞳でゼロ介を観察していたミレイだが、やがて表情をやわらげ笑顔を見せた。


「ここは公園とは言え住宅街だ。被害を極力抑えるために、河原の方まで移動しよう」


「え? あ、はい」


 さっさと歩き始めたミレイの後を、ゼロ介も慌てて追いかけていく。


「あ、でも、途中で見つかって、急に襲われたりとかしませんかね?」


 物語としては有り得ない話じゃないが、こんな住宅街のど真ん中でイベント発生とか、出来れば勘弁願いたい。


「まあ、そう言う事もあるだろうが…。昨日も言ったとおり、今の私たちは互いが互いを見つけにくい状況だ。だから多分、大丈夫」


 言いながらミレイは、ゼロ介の横で歩幅を合わせ、やや前屈みの姿勢で上目遣いを見せた。その表情には悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。


「だが、ゼロ介の言うことももっともだな」


「…え⁉︎」


 突然のミレイの仕草に不意をつかれ、ゼロ介の心臓がドキリと跳ねた。


「少し急ぐとしよう。ついて来い!」


 そのままミレイは、ヒラリと塀の上に飛び乗り、一気に屋根の上まで駆け上がる。


「あ、ちょっと待…っ」


「ゼロ介、ほら急げ! 遅れてるぞ!」


 ミレイは軽やかに屋根の上を跳ね回りながら、必死に走るゼロ介を見下ろして「アハハ」と笑う。


 そんな澄んだ月夜を背景に舞うミレイの姿は、ゼロ介の視線を奪うのに充分であった。


 〜〜〜


「よくついて来たな、偉いぞ」


「それで…ハアハア、ここで何をするんですか?」


 膝に両手をついてゼイゼイと息をしながら、ゼロ介は声を絞り出した。


「ほう。私の言った意味を、ちゃんと理解出来てるようだな」


「ハアハア、まあ、一応…」


 互いに居場所が分からないなら、こんな所に来る意味なんて殆どない。それならミレイには、何か作戦がある筈だ。


「簡単な事だ。ここにヤツらをおびき出す」


「誘き出す? どうやって?」


「モチロン私が、魔力を放出して、だ」


 あーなるほど、そう言うことか。


 ようやく合点のいったゼロ介に、ミレイが満足したようにニヤリと笑った。


「ゼロ介、今日は忙しくなるぞ! 私に魔力を送ったら、直ぐに戦闘用への練成を始めてくれ」


 そのとき、ゼロ介の眼前に、パッとメッセージが表示される。


[ミレイに魔力を与えると戦闘開始。彼女の様々な要求に、遅れずに対応してください]


 それと同時に、ポケットのスマホがブブッと振動した。直ぐに画面を確認すると、指のマークがピコピコしている。


 どうやらミレイの言うとおり、本当に忙しくなりそうだ。


「よーし、やってやらあ!」


 ゼロ介は気合いを入れ直し、勢いよくスマホの画面をタップした。


 〜〜〜


「さあ、ゼロ介。派手に行くぞ、遅れるな!」


 ミレイが両手を広げて声をあげる。同時に彼女を中心に、透明な炎が噴き上がった。


 すると川向こうの昏い夜空に、段々と黒いシミが広がっていく。


 最初はただの、雲かと思った。


 しかし徐々に近付くにつれ、それが無数の鳥だと気が付いた。


「突撃カラス⁉︎」


 名称で、何をしてくるのか容易に想像出来る。


「ゼロ介、先ずは二本だ!」


「あ、はい!」


 ゼロ介がスマホの画面に並んで表示されている正三角形を指でなぞると、ミレイの両手に片刃の長刀が創り出された。


 直後に、まるで巨大な影のような一本の奔流に、ミレイの姿が呑み込まれる。


 その影の奔流が通り過ぎたあとには、おびただしい数の焼けたカラスの死骸と、悠然と立つミレイの神秘的な姿があった。彼女の身体どころか黒ドレスの衣装にさえ、傷のひとつも付いてない。


「次だ、ゼロ介!」


 そのときミレイの右手の長刀が、赤い粒子となって消え去っていった。どうやらゼロ介の魔力で創り出された武器には、使用制限があるようだ。


「はい!」


 ゼロ介の返事とほぼ同時に、夜空で弧を描いたカラスの群れが再びミレイに突撃する。


 そんな攻防を、何度も何度も繰り返した。


 次々におかわりを要求するミレイに、ゼロ介は慣れた手付きで正三角形を描いていく。


 そうしてカラスの殆どを倒し切った頃、


「ゼロ介、後ろだ! 力を寄越よこせ!」


 焦って振り返ったミレイの声に反応して、ゼロ介は瞬時にスマホの画面に斜線を引いた。


 しかし、そこに表示されていたのは、


「あ…っ⁉︎」


 正三角形ではなくダイヤのマーク。菱形ひしがたの形が描かれていた。

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