第3話 初陣の報酬

「暗黒パンダ…?」


「よく知ってるじゃないか」


 表示された名称を読み上げたゼロ介の声に、ミレイが背中を向けたまま反応する。


「凶暴なヤツだが、それだけだ。ゼロ介のフォローがあれば、大した相手じゃない」


「分かりました。ならすぐに魔力を…っ」


「ああ、戦闘用に練り上げてくれ!」


「了解……え、戦闘用?」


 その瞬間、ゼロ介の眼前に、新たなメッセージが表示された。


[チュートリアル:紋様術を発動せよ!]


「何だコレ? 紋様術?」


 唐突な展開に、ゼロ介はただただ困惑する。


[空中に描かれた紋様を、自身のスマホで正確になぞれ]


 最後に浮かび上がった淡く輝く正三角形で、やっとゼロ介の理解が追いついた。


「これを、なぞれってか⁉︎」


 いくら人通りの少ない夜の公園とは言え、何処で誰に見られているかも分からない。そんな中で、ひとりでスマホを振り回している姿を知り合いに見られようものなら……軽く死ねる。


「どんな罰ゲームだ、ゼロ美…」


 ゼロ介が恨み言をこぼしたその時、視界の端にある新たなメッセージに気が付いた。


[簡易紋様術についてはスマホの画面を参照]


「簡易紋様術⁉︎」


 直ぐさまポケットからスマホを取り出し、祈る気持ちで画面を確認する。


 するとそこには、


[スマホ画面内の紋様を指でなぞる簡易モードも選択可能。選択しますか?]


 とのメッセージ。


 最早ゼロ介には、イエスの一択しかない。


「ゼロ美、お前は最高の妹だ!」


 天才少女発明家に最高の賛辞を送りながら、ゼロ介は表示された正三角形を指でなぞった。


 〜〜〜


「上出来だ、ゼロ介!」


 ミレイは右手に宿った魔力に笑みを浮かべると、グッとこぶしを握りしめる。


「フレイムソード!」


 途端に刃幅の広い片刃の長刀が、ミレイの右手に創り出された。


 直後に襲い掛かってきた暗黒パンダの振り下ろし攻撃を素早く躱し、そのまま相手の胴体を横一閃に薙ぎ払った。


 その一撃で暗黒パンダは両断され、炎上と同時に爆発四散する。


「良い炎だったぞ、ゼロ介」


「あ、いや、ハハ…」


 爆発を背景に振り返るミレイのド派手な演出に、ゼロ介は驚嘆を隠し切る事が出来ない。


 しかしその瞬間、


「ブヒイイイイイ!」


 耳をつんざくような激しい鳴き声が、夜の公園に響き渡った。


 〜〜〜


「アッチだ!」


 即座に反応したミレイが、右手で一方行を真っ直ぐに指す。


 ゼロ介もその方向に顔を向けると、公園の外にある電柱の天辺てっぺんに、大きなピンクのブタが四本足で器用に立っていた。


「暗黒羽ブタ?」


「マズイ、逃げる気だ!」


 ミレイの声と同時に、暗黒羽ブタが両翼を一杯に広げてフワリと浮き上がる。


「今度は雷だ、ゼロ介!」


「え? あ、はい!」


 ミレイの要求にスマホを確認すると、そこには正三角形が頂点で向き合った、数字の8のような紋様が表示されていた。


 その紋様を一筆書きでなぞった瞬間、今度はミレイの左手が光を放つ。


「上出来!」


 そのまま握った左こぶしから、自身の身長をも超える大弓が創り出され、


「サンダーアロー!」


 一杯に引き絞ったつるから、光り輝く矢を一気に解き放った。


 暗黒羽ブタの背後から迫った光の矢は、一瞬で命中し対象をバチバチとはじけさせる。


 黒炭くろずみと化した羽ブタは民家の屋根に落下し、まるで噴水のように無数の金貨を噴き上げた。


 その全てが多彩な花火となって、暗い夜空をパンパンと鮮やかに彩っていく。


「おお、すっげ」


「楽しんでいるところに、水を差すようですまないが…」


 素直に感動していたゼロ介は、聞こえたミレイの声に顔を向けた。


「全て信号弾だ。これでヤツらに居場所がバレた」


「…え⁉︎」


「まあどのみち、ゼロ介を連れてヤツらを追いかける訳にはいかないからな。ここで迎え撃つ方が得策か…」


 成る程、そう言う展開か…。ゼロ介は納得したように頷いた。


「何にしても初陣としては上出来だ。今夜はコレをゼロ介への報酬としよう」


 そうして無邪気に微笑むと、ミレイは再び花火の咲き誇る夜空へと顔を上げる。


 そんな多彩な光が照り返す、少女の可憐な横顔に思わず見惚みとれ、


「だあああ、コイツはゼロ美だ、ゼロ美!」


 ゼロ介は頭を掻きむしって、気の迷いを振り払うようにわめき散らした。





 〜〜〜


「やっぱりお兄ぃは、簡易モードを選択したね」


 皆んなが寝静まった旅館のひと部屋、


 就寝後の布団の中で、ゼロ美は「くくく」とほくそ笑んだ。


「これで今のところ、ストーリーはAルートのままで大丈夫っと」


 丸くうずくまった姿勢のまま、タブレット式ノートパソコンのキーボードをカタカタと叩き、


「ホントお兄ぃは分かり易いんだから」


 ゼロ美の夜は更けていった。

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