第38話 引っ越し屋さんとの攻防

 家出から夜逃げまで、引っ越しは何度もしています。最少の引っ越し荷物は、ゴミ袋一個だけでした。ゴミ袋に必要なモノを詰め込んで、それだけで家出した。


 突然ですが、引っ越し屋さん、大好きです!

身長150㎝くらいの女性が、見事な技で冷蔵庫を動かすのを見たときは、あやうく彼女にプロポーズしそうになりました!

 二人掛かりで洗濯機を持ち上げ、階段を上り下りする男性たちを見たときも、あやうくプロポーズしそうになりました!

 テキパキテキパキ! 小さな荷物も大きな家具も、素早く梱包して大きなトラックで運んでくれる、引っ越し屋さんが大好きです! 尊敬します!!


 そんな私の尊敬の念を、台無しにする出来事がありました。

K氏です。K氏はヘンな色のスーツを着て、ヘンな色の革靴をはいた、引っ越し屋さんの営業でした。会った瞬間からヘンなニオイの香水が鼻をついて「この人、ニガテ」と感じました。

 K氏はにこやかで、多弁です。何を訊いてもスラスラと答えてくれる。でも、そのスラスラにウソがたくさん混ざっているのは、すぐに判明しました。


 最初は、無料の段ボールでした。20枚までは無料と言われたのに、届いたのは10枚だけ。足りない。アレ? なんか上手に言いくるめられて、40枚くらい買いました。20枚は無料だったんじゃないの???


 次は、クツ箱。私は当時、クツを50足くらい持っていました。ちょっとアタマ、おかしかったと思います。異常な多さです。それでK氏は移動用の無料のクツ箱を届けてくれると言ったのですが、引っ越し間際になっても届かない。おかしいと思って電話したら「ソウマチさんが、他の人が使ったクツ箱を使うのはイヤだからと、ダンボールで運ぶことにしたと言った」と言うのです。私、言ってないし。なんかヘンと思いながらも、さらに有料の段ボールを購入。


 小さなウソが他にもあって、この人は信用ならないと思いました。さっさと引っ越しを終えるに限る! そういえば料金も後でバカ高くなって、紹介してくれた不動産屋さんから、注意してもらったなぁ~。 不動産屋さんの怖いお兄さんがドスをきかせてくれたら、すぐに元の値段になったけど……。


 最大のピンチは、引っ越しの前日でした。明日は引っ越しという日に、営業所から確認の電話がかかってきました。本当ならK氏がするべき電話だと思うのですけれど、K氏はズルイから、お金にならない仕事はしないのです。


 営業所の女性は言いました。「明日のお引越しは、当社の軽トラックが一台で伺います。よろしくお願いします」

人間、あまりショックだと、耳が聴こえなくなるのですね。あまりのショックに、後の言葉は聞こえませんでした。なんとか気を取り直して訴える。「軽トラ一台は、ムリです! 前回の引っ越しで、4トントラックでギリギリだったんです! 絶対にムリです!」女性は困っています。「でも営業のKが、軽トラ一台で大丈夫と……」。

そうですよね。あなたに言っても、困らせるだけですよね。わかりました。

K氏に電話をしました。つながりません。無視されています。私だって、できればK氏と話したくない。でも軽自動車は、困る!


 電話を切った私は、考えます。これはK氏と話している場合じゃない。本社に直接話をしよう! 本社のコールセンターに電話をしました。名前と電話番号を聞かれたので、丁寧に告げます。怒り心頭ではあるが、その怒りはK氏に向けたもので、他の方は関係ない。

 応対してくれた女性が「あら?」と言いました。パソコン画面に何か書いてあるらしい。「しばらくお待ちくださいね」と言って、保留状態になったと思ったら、全無視していたK氏がにこやかに「どうされましたぁ~?」と電話に出やがった!!!!


コイツ、本社に言いつけられたら困るから、コールセンターで苦情をブロックできるよう、手配してやがったのですよ! 客から電話があったら、すぐK氏に転送! めっちゃ慣れてるやん! 今までいったい何人と、モメたんだ!?


「軽自動車一台と聞きましたが、困ります」

「大丈夫ですよ~」 ヘラヘラ

「明日はKさんが、作業に来てくださるのですか?」

「他の者が行きますよ~」 ヘラヘラ

「何度も往復してもらうのは、心苦しいのですけれど?」

「あ、一回だけです! その後は、他の現場ですから、ムリです~」 ヘラヘラ

「でもでも、一回で運べる量じゃナイんです!」

「ソウマチさんねぇ~、女性の一人暮らしでしょ~? 女性の一人暮らしなら、軽トラで大丈夫なんですよぉ~」 へらへら


これ、わかります? 女の一人暮らしって、めっちゃナメられるんですよ!

名前も住所も知られているから、仕返しされるのが怖いから、強く言えない。その弱味を知っているから、K氏はムチャなことを平気で言うわけです。

 

 そうですよね。K氏を怒らせて、仕返しで家に来られたりしたら、困りますもの。女の一人暮らしですから、ムチャを言われてもガマンするほうが安全ですよね??


「わかりました。明日はKさんのおっしゃる通り、軽トラ一台でお願いします」

「やっとわかってくれました~?」 ヘラヘラ

「ええ、わかりました。その代わり、荷物がすべて乗らなかった場合は、その場で次の引っ越しの日時を決めさせていただきます」

「え?」

「引っ越しが完了しなかった場合、その場で御社に再度、引っ越しの依頼をいたします。もちろん二度目の依頼にも、正規料金を全額お支払いいたします。その節は、どうぞよろしくお願いいたします」

「えっ! ちょっと待ってください!! えっ!?」

ブチ! 一方的に電話を切りました。


たぶんK氏は、荷物の量を見誤っている。これは、初めてではありません。私、収納が異常に上手なのです。過去にも二回「荷物が湧いてくるんです! 助けてください!」と、引っ越し屋さんが仲間に救助要請をしたことがあるくらい。料理は絶望的にヘタですけれど、収納は神の領域です。K氏は、私の収納技術を見誤っている。


そしてK氏は「少しくらい荷物が残っても、後から自分で運ぶやろう」と思ったのでしょう。私も当時はまだ車を持っていましたし、引っ越し先は隣の町です。知らん顔していれば、自分で何とかすると思ったのでしょう。


今まできっと「女の一人暮らし」をタテにとって、何人も泣き寝入りさせてきたのでしょう。ものすごく慣れた感じでしたもの。


でも私は、違います。泣き寝入りするくらいなら、共倒れしてやる。

「軽トラでは荷物が載らないとお伝えした。しかしK氏は大丈夫と言った。ゆえに荷物が載らない場合は、二度目の引っ越しを依頼する。値引きは一切せず、正規の料金をお支払いするので、その節はどうぞよろしくお願いいたします」


上記を訳すと「法的に訴えるため、きっちり正規料金を払ってやる。首洗って、待っとけ」です。


 翌日来たのは、4トントラックでした。K氏があちこちに泣きついて、手配してくれたらしい。そしてもちろん、全部は乗りませんでした。見かねた私が申し出て、自分のデカイ車に荷物を満載して、なんとかギリギリで運ぶことができました。そのせいで次の依頼主の引っ越しは、2時間以上も遅れました。完全にK氏の読み間違い。


女一人でも、戦う時は戦います! 負けないんだから!


後日談。

このことでK氏の悪事がバレて、めちゃめちゃ怒られたらしいと風のウワサで聞きました。


















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