　今日は、私の人生で一番悔しい話をさせてください。

　その日は今日のように、朝から蒸し暑い日でした。風はそよとも吹かず、湿気は体にまとわりつきます。立っても、座っても暑い。

　私は気分転換に、ドライブに出かけました。家の近くの街中は、とにかく暑い。車は多いし、人も多い。昼間でも明るいライトで照らされた店が立ち並ぶ通りで、イライラしながら信号待ちをしていると、一軒だけ薄暗い店舗があります。格子状のシャッターの向こうに、盛大に割れたショーウィンドーが見えます。宝石店のようです。薄暗い店内のショーケースもバキバキに割れていて、商品は一つもありません。盗難事件にでも遭ったのでしょうか？　お気の毒に……。

騒がしい街を抜け出し、青い稲の揺れる田んぼを見ながら快走します。そのうちに人家も途切れ、田畑もなくなり、ぐんぐん山道を登ります。開けた窓から、冷たい風が吹き込む。緑のトンネルは、どこまでも続きます。気持ちイイ！　サイコーっ！！

　急に目の前が開け、ダムが見えました。駐車場に車をとめて、ぶらぶらとダムのほうへ歩いて行きます。ときおり山から冷たい風が一陣吹いて、頬を撫でてゆく。下界の暑さがウソのようです。涼しくて、ご機嫌さんです♪

　ダムは満々と蒼い水をたたえています。水面は太陽の光を反射して、キラキラ眩しい。キラキラキラキラ……☆　宝石のような美しさに見とれていると、背後から声がしました。

「がぁば、まぶしか」（とても、まぶしいです）。見知らぬおじさんがダムを見ながら、独り言を言っています。おじさんには悪いけど、私はちょっとテンションが下がりました。せっかくキラキラの水面を楽しんでいたのに、ジャマが入った気分。

　おじさんを無視して風景を眺めていましたけれど、おじさんの独り言は終わりません。

「あっこは、えらい光っとる」（あそこは、とても光っています）

「どぎゃんなっちょるとやろうか？」（いったい、どうなっているのだろう？）

「まぶしうて、見ちゃおれんばい」（まぶしくて、見ることができません）

おじさん、独り言にしては、口数が多すぎやしませんか？　もしかしたら、私に話し掛けていますか？　悪い人には見えませんけれど、二人きりの場所で知らないおじさんと話すのは少し怖いので、早々に立ち去りました。せっかくなら、もう少し宝石みたいなキラキラを堪能したかった。

　その日の夜、なんとなくテレビニュースを眺めていると、見覚えのある光景が映りました。あれ？　これって、今日行ったダムじゃないかしら？　でも昼間に見たほどキラキラしていないから、ちがうダムかしら？　ダムはたしかに、そのダムでした。私が立っていた場所から撮影したらしく、私が見た風景と同じです。でも、何かがちがう……。キラキラしてない。そもそも、どうしてニュースに出ているんだろう？

　答えは、すぐにわかりました。ニュースキャスターが話し始めたのです。「今日の昼頃、〇〇ダムでバッグに入った２千万円相当のネックレスや指輪などの宝飾品が発見されました。これらは先月〇日に、市内の宝石店から盗まれた物で、犯人はすでに逮捕されています。犯人の供述によると『盗んだが処分に困って、ダムに捨てた』ということです。発見者の男性は『ダムの水面がまぶしいので、不審に思って通報した』と言っています」

宝石っっっ！　二千万円の宝石っっっ！　わたしも見たあああああ！！！！！　おじさんより先に、私が見たあああああ！！！！　あの時おじさんと話していたら、私もお礼がもらえたのにいいいいい！！！　二千万円でしょっっっ！？　拾ったら１割はもええるから、２００万円っ！！　おじさんと山分けしても、１００万円っ！！　もし私が先に気づいてたら、一人で２００万円っ！！　濡れ手に粟の２００万円っ！！　棚からボタ餅の２００万円っ！！　やらずぼったくりの２００万円っ！！　キイイイイ！！！！！　くやしいいいいいい！！！！！

　ヒントはあった！　私、宝石店の前、通ったもん！　ダムでキラキラを見ながら「宝石みたい☆」って思ったもん！　っていうか、宝石みたいじゃねぇよっ！！　本物の宝石だったんだよおおおおお！！！！！　うがああああああ！！！！！！

どうりでテレビで見た水面は、ようすが違っていたのです。私が見たのは宝石が光る水面。テレビの画面は、宝石が回収された後の水面。宝石がくなったからキラキラしなくなって、違って見えた。なんて今さら分析しても、２００万円は手に入らないんだよお！！　ムキイイイイイっ！！！！

　これが、私の人生で一番悔しい思い出です。濡れ手にアワの２００万円ゲットを逃したなんて、今思い出しても、頭に血がのぼる……。ただでさえ暑いのに、悔しさで暑さがマシマシです。うう、暑いを通り越して、熱が出てきました……。

　どうぞ良い一日を！　そしてキラキラを見かけたら、ガン見してくださいね☆