11
アルバート・ロスは進歩的な考えを持った警察官だ。少なくとも本人はそう自負している。そんな人物だからこそ、夜道ですすり泣いている幼い獣人の二人組に出くわしたときは、どうしたものかとしばらく思案した。
「おい、君たち」
懐中電灯で照らしながら声を掛けると、二人はひっ、と微かな悲鳴を上げた。驚かせてしまったか。身なりを見るに、どこかの家庭で飼われている訳でも、召使いとして働いている訳でもなさそうだ。清潔感のある装いはしているが、シャツもズボンも使い古されているもののようで、ところどころ色が褪せている。都市居住権を手に入れた富裕な獣人の子供、と言うにはアンバランスだった。
「迷子になったのか。身分証はあるかい?」
そう問いかけた途端、彼らは踵を返して逃げようとした。──持っていないのか。ロスはそう焦らなかった。大人と子供では歩幅が違うのだ。障害物の少ないこの大通りなら、簡単に追い付くことができる。一人を捕まえると、泣きそうな顔で片割れも足を止めた。随分と仲が良いらしい。「獣人にあるのは生存本能だけで人間らしい感情がある訳ではない」なんてことを言う心無い者もいるが、やっぱり嘘じゃないか。どこか微笑ましい気持ちになった。
「なに、別に刑務所送りにしたりはしないさ。獣人と言えど、子供に罪はないからね。ただ荷物は改めさせてくれ。君たちが盗みをしていないか確かめる必要がある。さあ」
なるべく穏やかな調子で語りかける。二人はいまだ怯えているようだった。不安げな表情で肩に下げていた布製の鞄を差し出してくる。中にはくたびれたノートと筆記用具が幾つか入っているだけだった。ポケットや懐に何かを隠している様子もない。よし、大丈夫だろう。
「僕が家まで送り届けてやろう。どこから来たんだ?」
尋ねると、たどたどしい答えが返ってきた。聞いている限り、どうも彼らはムニャマ地区の獣人らしい。薄々そうではないかと思っていたが、あまり良くない状況だ。
ここからムニャマ地区に行くのには歩いて四十分ほどかかる。バスや電車を使えば短縮できるだろうが、今からでは最終便に間に合わないだろうし、そもそも公共交通機関を堂々と使わせる訳にもいかない。今回は彼らの不法滞在もロス個人の裁量で見逃しているが、他の警察官に見つかれば流石に逮捕しない訳にもいかなくなる。どうしたものか。
「それにしても、随分歩いてきたんだな?」
子供たちの内、獺獣人の方が答えた。「友達と、喧嘩してしまって……」耳付きの子供が庇うように言葉を継いだ。「僕のせいなんです。ジョニーは僕を心配して追いかけてきてくれただけで」──うーむ、この子は馬獣人だろうか。髪や側頭部に生えている耳の具合から当たりを付ける。そう思って見てみると確かに、さきほど追いかけたときも、彼の方がジョニーと呼ばれている子より足が速かったような気がしてきた。馬獣人ならば健脚であるというのは世間で良く知られたことである。
ロスと二人は、なるべく人通りの少ないところを連れ立って歩いた。あまり騒がしくならない程度に会話を重ねる。ところどころ変な訛りはあるが、意外にヒト語の上手い子供たちだった。どうも彼らは篤志家による私塾の生徒らしい。経営をしている人物の名はオースティン・シュジャー司祭だとか。Sujarだなんて、随分と珍しい名前のように感じる。ヒト移民の中でも、建国以前にやって来た第一波の人々の血筋なのだろうか。オリヴェイラ、ドミンゴ、フェルナンデス……自分とはほのかに顔立ちの違う友人たちを思い浮かべる。彼の想像のなかで、シュジャア司祭はすっかり、威厳に溢れる彫の深い顔をしたヒトの老人になっていた。
「あれ、」エドと名乗る子供が声を上げた。「ナスリーだ! それに、ミスター・クルスもいる」彼の指さす方には、十五歳ほどの、獣人とヒトの少年がいた。
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