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「なるほど、帰ってきていない、と。ファナ君とウィンビ君が。……え、いやそんな。嘘でしょう? 本当? 嘘だったりしてくれませんか? だめですか」
生徒が二人、失踪したらしい。
オースティン・シュジャア司祭は額に手を当てた。なんだか眩暈がする。応接室の机にはコップが二つ置かれていて、それが五つか六つくらいに揺らいで見えた。左の手で探り探り持つと、こぼさないよう慎重に口をつける。カッと暑くなった体が涼んだ。いやに冷たい汗で濡れた右手も、額からずり落ちるようにコップに添えられる。まるで両手を組んで祈っているような姿勢だった。
「司祭様、呑気に笑っている場合じゃありません」
分かっている。分かってはいるが、どうにも頬が引き攣ってしまうのだ。
彼の向かいに座る人物の名はナシーム・ンシチャナ。ムニャマ地区を取り仕切る「互助会」の代表にして、「学校」の最大の支援者。彼女が出張ってくるということはつまり、今回の事件は極めて危ういものである、ということに他ならない。それこそ、生徒の命か、学校の存続に関わるような。彼女の何もかもが切迫した事態の象徴に見えた。焦りを含んだ、険しい声色も、背後に立つ自警団の青年たちも。ほつれた髪のひっつめや、上等のドレスにできた無数の皺からは、取るものも取りあえずに聖堂を訪ねてきたことが分かる。相対した者を射貫くようなその瞳も、その全てが喫緊を叫んでいた。
「すでに
十数年前に施行された獣人保護法によると、身分証を携帯していない獣人が都市をうろつけば、警察に見つかり次第、懲役刑に処されるらしい。この国において、獣人はことあるごとに懲役刑に処される。その「懲役刑」とやらの実態は去年のアーダム・カーミル主導の脱獄事件によって明らかにされた。要は奴隷に落とされるのだ。今の法律なら、獣人をヒト居住区に拉致してから不法滞在の罪に問うて労役を課す、ということさえできてしまう。一体今が聖暦何年だと思っているのか。奴隷制など、百年前に廃止された制度のはずなのに。
ともかく、その魔の手がムニャマ地区の奥、子供たちを守るべき聖堂にまで伸びているのだとしたら、まずい。
目を閉じれば、学校に通う子供たちの顔が浮かんでくる。あの笑顔が奪われていいはずがない。彼らの夢は、シュジャアの夢だ。ジョン・ウィンビは、医者になって家族を守れるようになりたいと言った。エドワード・ファナは、飛行機のパイロットになって広い世界を見たり友達に見せたりしたいと言っていた。シュジャアを含む教員たちはそれを知っている。それを叶えてやりたいと願っている。
深呼吸をする。目を開ける。オースティン、動け。お前にしかできないことは山ほどあるのだから。やがて考えを纏めると、腹から力を込めて言葉にした。
「教員たちに聞き取りをして、二人が行方不明になるまでの足取りを整理しましょう。ンシチャナ嬢、彼らが見つかったら、私が迎えに行きます。報告してください。これでも聖職者として、最低限の地位は持っています。身分証さえ持っていれば、そう簡単には逮捕されないでしょう。互助会の誰かが行くよりも確実なはずです」
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