4 夏はそうめんですの!

「では一度お昼休憩に入ります。練習再開は一時間半後ですので、着替えなどもその間に済ませて来てください」

「みんなっ、午後も頑張ろうな!」


「はい!」と、私たちは部長の美鳥と激励してくれた先生へ声を揃えた。


「ったぁぁ。腹減った~。今日の昼飯担当って茉鈴だっけ?」

「ちげーよ花林。今日の昼は、セバスが用意してくれんだから。ね、部チョー?」

「ええそうです、茉鈴さん。きっとセバスさんのことですから、私たち庶民が食べるようなありきたりなものではなくて、豪華な食材を惜しげもなく使ったランチを用意してくださっていることでしょう」

「うんうんっ。期待大だよね!」


 そう美鳥に頷いて言うと、凜々果が私たちの元へと駆け足でやって来た。


「あやみんちゃんっ、そしてその他のみなさんっ、大いに期待してくださって構わないですの! なんてたって今回のメニューを決めたのは、贅沢を極め尽くしたこのワタクシなのですの!」

「「「「おぉ~」」」」


 けれど15分後。顎をくいっと上げて、鼻高々に腰へ手を当てる凜々果の後ろで、私は額に吹き出た汗を腕で拭っている。思わずみんなに目配せして訊いた。


「え……ここって、今日泊まる凜々果の別荘のお庭だよね……?」

「ええそうです……。私てっきりアリーナの近くにも立派な建物がありましたし、そちらで食べるのかと……」

「つか、馬車なんて初めて乗ったんだけんど……。しかも冷房完備でびびった……」

「つか、地獄のように暑いんね外……。早く別荘なかに入ろうよ、腹減った……」


 茉鈴の意見に、凜々果以外のみんなで頷いた。するとお嬢さまが振り返ってくる。


「あやみんちゃんにみなさん、どこへ行きますの! セバス、準備は出来て? ですの!」

「はいっ、お嬢さま!」


 背後から、今の今まで馬車の御者そうじゅうをしていたセバスの返事が聞こえた。

 その声に反応した私たちは、一斉に振り向いて仰天する。


「タダーンですの!」


 今度は凜々果の声を背後にして、私たちの前方へと出現したのは、視界いっぱいに広がる竹で出来たあの装置だった。


「こ、これって、まさか流しそうめん!?」

「ですの!」


「えぇ~!?」と驚く私たちに、凜々果は手足をバタつかせた。


「だってだってっ、みなさんと一緒にしてみたかったのっ、ですの~っっ!!」


 凜々果はそう言って、私の腕に隠れるように絡みついてきた。

 もー可愛い。よしよし。


「いーじゃんオジョー! うちも一生に一度はしてみたかったし! ね、茉鈴もそう思うっしょ?」

「思う思うっ。まじこんなの初めてだよねっ、花林。部チョーは流しそうめんってしたことある??」

「いいえ、ありませんっ。しかも見てください。直進だけで終わりではなく曲がり角も幾つかありますし、これはすごく楽しめそうですよ……!」

「本当だっ。わぁぁ……実は私、流しそうめんずーっと憧れてたんだよねぇ。だから、めっっちゃ嬉しい。ありがとうね、凜々果~~」

「あ、あやみんちゃんったら……♡」


 引っ付く凜々果を私が抱き返すと、お嬢さまは恥ずかしそうにしながらも微笑んだ。

 もー。愛くるしいなぁ、この子。


「ずるいですっ、お嬢さま! 水を差すようですが、あやみんさまっ。こちらをご用意いたしましたのは、この私めであることを、お忘れにならないでくださいね?」

「もちろんだよっセバス。大変だったでしょう? たくさんありがとうねっ」

「あやみんさま……! あやみんさまぁぁ——」

「にしても暑すんぎ!」

「アクティブそうめんで嬉しい気持ちと、ここで食いたくねぇ気持ちが2つある」


 申し訳ないけれど、花林と茉鈴の言う通りだった。ジリジリとした直射日光が私たちを焼き焦がす。

 テレビで観るのとは違って、現実は炎天下だ。しかもここ、山の中でも川岸とかでもない、広大なお庭だし。


「心配いらないですの! セバス?」

「はいっ、お嬢さま!」


 セバスが返事をすると、青々とした芝生から旋回した水が噴き出て来た。足元に小さな虹がかかる。


「きゃっ。スプリンクラーっ?」

「ええ、あやみんさま。これなら景観を損ねることなく涼を感じられるでしょう?」

「うん!」

「えっへんですの!」

「うん!」


 というわけで、暑さ対策はバッチリ(?)。ランチタイムがスタート♪

 私たちはさらに、セバスが用意してくれた帽子とサンダルを身に付け、各位置に着く。ちなみにその位置は、ジャンケンの勝ち抜き戦によって決められた。


「ではみなさま、流しますよ~?」

「「「「はーいっ」」」」「ですの~」

「薬味の準備もいいですか~?」

「「「「はーいっ」」」」「ですの~」

「みなさまは生姜とワサビ、どっち派ですか~? 私めは——」

「いいから早く流しんしゃい! あっ、ちょい!」


 ジャンケンが1位だった花林は不意を突かれた。

 先頭で有利だったにも関わらず、痺れを切らしてツッコミをしたせいで、前触れもなく流されたそうめんに対応出来ず!

 

「あやみんさま、チャンスです!」

「うん! ふぁ!?」


 けれど花林の斜め後ろで竹樋レーンを挟む、2位の私も見逃してしまう。お箸が空振った。


「セバスそれっ、頭に被ってるのってまさか!?」

「はい。あやみんさまの、お下着でございます。日差し避けにちょうどいいと思いまして」

「買ったばっかりだったのに! 今すぐ脱いで!!!!」


 そうめんに夢中で気付かなかったけれど、何こいつ……無理。


 そうめんは、そんな私の元を去り、1つ目の曲がり角を超えた。


「さすがセバスさん。変態の極みですね、頭が下がるほどです……下げませんけれど。ということで、最初のそうめんは私が頂戴いたします!」


「はぁぁああ!!」と、3位の美鳥は勢い良くレーンにお箸を突っ込む。しかしその所為で、水しぶきが上がった。美鳥はかけている眼鏡を濡らしてしまい、上手く掴めない!


「ふ、不覚……!」

「さぁさぁ、茉鈴ちゃんの番が回ってきましたよ~♪」


 次は4位の茉鈴。

 不意を突かれたり、ぱんつを被られたり、眼鏡をかけていない茉鈴である。

 こ、これはもう勝ちが決まったようなもの——!?


「ま、前が見えません。先週あやみんさんとお揃いで買いましたハンカチ、ハンカチ……」

「え? あ、ちょっま!」

「その声は茉鈴さん? どうかされたのですか、わ!?」


 ズテーーン。

 眼鏡を濡らしてしまって、視界が遮られた美鳥に、茉鈴は押し倒されてしまった。

 茉鈴、失格!

 そうめんは最後の曲がり角を進み、じゃんけん最下位の凜々果の元へ。


「回ってきましたの! ぁ……掬えましたの! ちゅるちゅる~る~ですの! 美味しいですの~♡」

「「「「……」」」」

「へ?」


 頬っぺたに麺つゆを飛ばした顔で、凜々果はぽかんとする。

 そんな凜々果が可愛くて、私たちは「あははは~っ」と声を合わせて笑ってしまった。

 もー。凜々果には勝てないなぁ。


「みなさま~? まだまだ流しますよ~? 準備はいいですか~?」

「「「「はーいっ」」」」「ですの~」


 そうしてお昼休憩の間、私たちは初体験の流しそうめんを楽しんだのでした。

 やっぱ夏はこれに限るね!?

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