3 大丈夫

 地味で疲れるシャトル置きを終えて、きつーいコート3面分のシャトルランダッシュも終えた私たち。

 ふぅ、暑い。汗がびっしょりだ。


「ちゃんと水分補給しろよー?」


「はいっ」と、みんなで片寄先生に返事をした。


 片寄先生も来てくれて嬉しいな。いや、来てくれるって言っていたけれど、海には来なかったからさ。

 まぁ後で聞いた話によると、セバスがわざと時間をずらして、片寄先生をチャーターして来たらしいからね。片寄先生、みんなで合宿するって決まった時に、海をすごく楽しみにしていたみたいに見えたから可哀想だなぁ。


 私はセバスが作ってくれたスポーツドリンクを飲みつつ、肩に掛けたタオルで顔を拭きながら、何となく体育館全体を見渡した。


 ああなんか中学の夏も、こうやって部員のみんなと練習をしたなぁ。

 1年生の頃は先輩もいたし、1・2年生になったら後輩もいた。

 それに県立の中学校の体育館は、こんなに綺麗じゃなかったよね。さすが凜々果お嬢さま御用達の体育館アリーナだ。


 今とは景色が全然違うから変だけれど、なんか懐かしいと思った……。


「あやみんさん? 大丈夫ですか、ぼーっとして」

「え? ああうん、全然大丈夫。まだまだこれからでしょ? 次は何だっけ?」

「ラケットワークです。あの、あやみんさん」

「ん?」


 呼ばれて振り向くと、美鳥の真っ直ぐな眼差しがあった。

 静かに心の中を分析するような、思いやりのある美鳥らしい瞳だった。


「ちゃんと私たちとバドしてくださいね?」

「え、何? どういう意味? するに決まってるよ。引き抜きなんて私には到底来ないだろうし……って、なんか自分で言うと悲しいや。でも急にどうしたの?」

「だってまた、あの遠い目をしていましたよ?」

「……え?」


 あの遠い目……? あっ。


「そ、そんなことないよ。たださ、またこの夏が来たんだなーって思ってさ。美鳥だってバドやってたんだし懐かしくない?」

「いちいち考えません、私は」

「そ?」

「はい。だって私はあなたとのペアで勝つために、今ここで頑張っているんですから」

「なっ」

「なって、何ですか? あなたは違うのですか? もっと真剣に、身を入れて練習してくれなきゃ困りますっ」

「困りますって、ちょっと美鳥。私は真剣だし、身も入れてるよぅ。単に今、不意打ちで美鳥がそんな風に言ってくれたから、きゅんとしちゃっただけなんだってばぁ~」


「は?」と面食らったように、美鳥が練習と夏の熱で紅潮した肌をさらに濃く染めた。


「もぅ、何がきゅんですかっ。こっちは私ではなく、別の誰かを思い出しているんじゃないかって気が気ではなかったというのに——あ」


 美鳥はしまったと言わんばかりに、手で口を覆って私から目を逸らせた。


「あれ、美鳥ぃ……もしかして焼きもち?」

「……は? なんでそうなるんですか! 自惚れるのもいい加減にしてくださいっ。ほ、ほら、もう練習の続きを始めますから、さっさとラケットを持ってくださいっ」

「あははっ」


 美鳥はぷんすかしながら、私に背中を向けた。


 いいんだよ美鳥、気を遣わなくて。でもごめんね、また心配させちゃった……。

 けれどさ美鳥。ちゃんと身を入れてるのは本当だから安心してね?

 だって私、このメンバーが大好きだもんっ。


「よっし、ラケットワークも頑張るぞー!」


 私がそう言ったのを皮切りに、みんなの士気も上がったようだ。「おー!」と、笑顔で天に拳を突き上げる。

 でもそんな中、美鳥だけは乗ってくれなかった。

 けれど問題ない、大丈夫。なぜなら、私はわかっているんだ。恥ずかしがり屋さんの美鳥の表情が。


 だって私は、美鳥のペア相手なんだもんっ。

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