4 真ん中

「ラッキー」と「ドンマイ」。

 両極な言葉の真ん中。私はネットに阻まれて落ちたシャトルをラケットの縁で拾った。顔を上げて十夜さんにシャトルを送ると、神無月高からの声援が向かい風のように私たちのコートまで流れ込んできた。

 敵チームの押せ押せムード。けれど「もう1本取るよー」と言ってサーブを構える十夜さんたちへ、私たちはひるまず「ストップー」と声を重ねて応戦した。


 タンッ! キュッキュッ。


 シューズの底で床を鳴らしつつ後方へステップ。下がった私に対し、美鳥はやや前方へと出る。コートの前後を意識して、でも私がいる右側は空けてくれた。


 十夜さんが私へ放ったのはロングサーブだった。

 私はシャトルの下で、ふと神無月高との練習試合を想起する。こうやって意表を突きたい時に打つショートサーブを、十夜さんは花林・茉鈴ペアにも使っていた。

 あの時は、花林と茉鈴に苦戦を強いられていたんだよね。


「もしかして、今も苦しいんじゃないっ⁉」


 パンッ! という破裂音で飛ぶ、私の高い弾道のクリア。対角線上にいる十夜さんがすぐに反応して打球を捕まえれば、やはりだ。スマッシュのリターン。ハイクリアと同じく交差するように打ってきたそれを、私はラケットを振り上げてしたたかに狙っていく――。


「んっ!」


 私のロブは十夜さんに上がる。

 もう1回かかって来い! ――私は心の中で吠えた。

 神無月高との練習試合で十夜さんにボロ負けしてからというもの、花林と茉鈴に協力してもらって重点的に練習してきたスマッシュレシーブ。短い期間だったけれど、レシーブの精度はぐんっと上がっていると思う。

 だから自信を持って十夜さんに上げる。


 だってこれはダブルス。去月さんだけが相手じゃない。さらに十夜さんのスタミナを削ってやるんだ!


 タンッ。


 十夜さんは私が立つ右側のコートではなく、左半分。美鳥が立つ側へシャトルを落とす。

 ドロップだ。コースはアウトぎりぎりのサイドライン寄り。

 ネット際へ向けてゆっくり落ちるドロップに、私たちはハッと息が乱れた。


「お願いっ」


 けれど私はそう美鳥にゆだね、後ろへと下がる。

 そしてセンターラインを跨いでホームポジションに立ち、コートのど真ん中で私は小さく弾む。リアクションステップ。美鳥が返した次の攻撃に備えたのだ。こちら側の守備の殆どを私が担う形勢で。


「んっ」


 美鳥が追い付く。十夜さんのドロップを、美鳥はそのままネット際へストレートに返した。つまりヘアピンでだ。

 すると当然、逆サイドで前衛をしていた去月さんが動いた。


「取るよ!」


 でもその時。私たちの耳に、そんな十夜さんの気迫に満ちた声色が飛び込む。

 十夜さんは去月さんを制して前方へと走り込んでくると、手を伸ばした。シャトルが十夜さんのラケットに触れる。

 ロブが上がった。けれど十夜さんは体勢を崩して、床に手を付いたまま。その場からまだ立ち上がることが出来ていない。

 去月さんも前衛にいたまま下がれていない。――チャンスだ!


 私は上空に舞うシャトルへ手をかざした。

 体育館のライトを浴びたシャトルが下降し始めた時、私は膝を曲げて深く沈み込んだ。両足で床を蹴って飛ぶと、視界の片隅で十夜さんが顔を上げたのが見えた。


「綾!」

「んあっ」


 パァァン!


「イン。サービスオーバー、ポイント11‐12イレブン・トゥエルブ


 決まった。私が放ったジャンプスマッシュは、十夜さんと去月さんの間を裂いて床を叩きつけたのだった。

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