5 スポーツマンシップ
いずれ来るかもしれないと思っていた。
でも、いざ
「去月!」
十夜さんの呼びかけに、去月さんは弱々しく笑顔を作った。
身長差があって上目遣いに見ていた二人の姿が、ポールに張った真新しいネットの下にある。
あれから私たちは1セットを奪取し、セカンドゲームに移った。
4‐6、ファーストゲーム同様に私たちは神無月高へリードを許してしまっている。
でもまだまだこれからだ。というよりも通常は力の差やミスでの失点は怖いところなのだけれど、相手のコンディションを考えれば点差はそう気にならなかった。
それに“これを取れば私たちの勝ちだ!”という思いの方が遥かに大きかった。
美鳥も同じように感じているのは伝わってきているし、私の気持ちも届いているとわかる。
だからこうして不安になることなく済んでいた。この自信がプレーにも繋がってきているから、きっと私たちは勝てると思う。ううん、必ず勝つ。
でもさ……。
「「ナイスー!」」
私の罪悪感を振り払うかのように隣りのコートから聞こえてくるのは、第1シングルスの応援をしている花林と茉鈴の声援。コートに立つのはもちろん、睦高の期待のルーキーである凜々果だ。
凜々果ってば本当に強い。既に1セットは取ってあって、セカンドゲームだって10点以上差をつけている。
「大丈夫。まだやれるって」
声に呼び戻されて去月さんたちを見ると、もう再開は無理だろうなと思った。優しそうな神無月高の顧問の先生もコートの中に来て、二人への説得に入り始めているし。
「綾……」
「うん、大丈夫だよ。美鳥は?」
「ええ私も気にしていません。大丈夫です」
神無月高は花林・茉鈴ペアを相手に第1ダブルスを落として、第1シングルスもこの実力の差なら凜々果に敗れるはずだ。
そんな状況下。二人を見ているだけで、今がどれほど辛いのだろうかと考えさせられる。
ねぇ、だからもうそういうのやめようよ? 傷付くのは私たちじゃないよ?
そして結局、試合再開にはならなかった。凜々果も圧倒的な強さで勝利を収めてくれ、私たち睦高は見事ストレート勝ちをした。
「待って」
「え? あっ、は、はいっ」
全体での挨拶を済ませた後、私たちに声を掛けたのは去月さんだった。
まだ足が痛いのだろう。隣りには身体を支える十夜さんもいる。
「あ、あああの、色々と……」
「いいよ、勝負なんだし。それよりも、なんか
「い、いいえ私たちは全然……」
「ええそうです、気にしないでください。それに、あれでお辛いのはむしろそちらではと?」
「こ、こら美鳥ちょっと」
しれっと眼鏡をくい上げする美鳥に慌てて言うと、二人はふふっと穏やかに笑った。いくらか去月さんの方が明るかった気もした。
「うんそうだよ、
「馬鹿。惨めじゃないって! ね?」
「も、もちろんです!」
「ええそうですよ」
十夜さんに訊かれて、私たちはうんうんと頷いた。
誰かは思うだろう。去月さんの出場を思い出作りだと。でもそんなの、外野がとやかく言うことじゃない。
睦高のバド部は出来たばかりだけれど、経験者ばかりだし部活として成り立っているから、学校を設立して浅い神無月高のまたそれとは違うだろう。
私立だから設備はいいとしても、神無月高の三年生は未経験で試行錯誤しながら練習を積んできて、三年間であれだけ部員を集めたんだ。簡単に真似が出来ることでもないだろうし、後輩に慕われることだって人柄を感じる。とても凄いことだと思う。
私たちはこれからどうなるんだろう。でも取りあえず今は、疲れ切った身体を支え合う二人を見て、私たちもこんな風になれたらいいなと思った。
「ほら次も試合があるんだし、あんまり話していたら悪いって。握手しに来たんでしょ?」
去月さんは頷くと、私たちに目を細めて言った。
「一ノ瀬さん、二葉さん、さっきはちゃんと挨拶出来なくてごめんね。……本気で来てくれて嬉しかったよ、ありがとう!」
「個人戦は負けないからね……!」
「「はい!」」
そうして私と美鳥は、涙を拭った痕が残る手を重ね合わせた。
「うぇ……」
「どうしたんです?
「なっ、妊娠なんてしてないから! あ、あれだよ」
「? まだですよね。確か今月は終わっていますし」
「違うっっ、それじゃないし! って言うかなんで私のを美鳥が把握してるのよ、もう……」
「ええだって、お手洗いの度に可愛らしいポーチを制服の下に隠して行かれるのを毎月見ていますので」
……なる。
「いや、スカウターで人酔いしちゃってさ」
「ああそれですか。あやみんさんがお持ちになられる、胸のサイズが分かるという謎スキルのことですね」
美鳥は表情を変えることなく眼鏡をくい上げする。笑われないだけ有難い。
「うん、ごめん。ちょっとだけ外の空気吸いに行って来るよ」
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