二人っきりの終わり
ある日偶然、死神は街中で自分以外の死神と出会した。
「よう」
「やぁ」
近くで戦争をやっているでもない、いたって平和な街でのこと。死神の隣には少女もいて、サボりな死神と手を繋ぐ仕事熱心な少女は大きな鎌も持たず、肩から落とした黒衣をスカートのよう腰に巻いていた。
磨かれた黒曜石のよう光を弾く瞳。黒く艶やかな長い髪。象牙色の肌――装いこそ飾り気のない簡素なものだったが、それでも充分、少女の姿は初めて会うもう一人の死神の目に「美少女」として映る。事実、返り血を浴びずいかにも死神らしい黒衣も纏わない少女は、客観的に見て「美しい」少女だった。少女と手を繋ぐ死神は知らないが、少女本人でさえそれを自覚しているほど、誰の目から見ても少女の容姿は整っていた。
そして人の美醜を解さない死神もまた、人の感覚で言えば整った容姿をしている。所謂「イケメン」というやつだった。
あまりに誂えたよう、美男美女のカップルを街中で見かけて。あまつさえその片方が顔見知りだったものだから、思わず声をかけてしまった――もう一人の死神は、一目見た時から気になってしょうがない少女のことを指差し、死神に問うた。
「どこで拾ったんだよ」
死神は首を傾げて考えて、けれど思い出せずに少女を見た。
「どこだったっけ?」
「極東」
口を開けば声まで美しく、どうしてこんな少女がよりにもよって「死神」なんかと一緒にいるのだろうと、もう一人の死神は訝しむ。
「死神」は人に死をもたらすものだ。人に紛れて街をうろつくことは珍しくもないが、それはあくまで獲物を探すために必要があってそうしているのであって、スーパーの買い物袋片手に美少女と仲良く手を繋いで歩いているような「死神」は滅多にいない。少なくともそんな「死神」を初めて目にするもう一人の死神は、心の底から驚いていた。
「だってさ」
もう一人の死神の内心など知る由もない死神は、少女と繋いだ左手を意味もなくぶらぶらと揺らしている。
その様子がいかにも「楽しそう」で、もう一人の死神はやっぱり驚いた。何故なら生まれながらに「死神」であった死神は、感情なんてものを持ってはいないはずだったから。そんなものを得る間もなく人を殺し始め殺し続けてきた生粋の「死神」なのだと、それが、死神たちの間では空が青いのと同じくらい当たり前のことだった。
「お前、こいつが何か知ってるのか?」
初めは、少女がただの動く死体なのではないかと思ってもいた――それでも、そんなものを死神が連れ歩いているというだけで驚愕に値する出来事だが――もう一人の死神は、少女がまっとうに生きた人であることに気付いて、今度は直接少女へ問いかけた。
けれどもう一人の死神の問いかけに、少女は首を傾げて答えない。
答える代わりに、少女は問うた。
「あなた、誰?」
少女と死神――二人の首を傾げる時の仕草が親子のよう似通っていることにまた驚いて、もう一人の死神は目を瞠る。
そしてようやく――問われてやっと――もう一人の死神は、自分が少女に対して未だ名乗ってすらいないことに気付かされた。
動く死体の少女と死神に対してであれば、そんなことをする必要はない。けれどそうではなかったのだから、それは少女だけでなくもう一人の死神にとっても必要となる行為だった。
「俺はエスター。こいつとは同業者みたいなもんだ」
「じゃあ、あなたも死神?」
「…あぁ」
少女は納得したよう頷きながら、もう一人の死神――エスター――の問いかけに遅ればせながら答えを示した。
少女の隣に立つ死神と「同業者」だと告げたエスターはけれど、その仕事が「死神」だとは一言も口にしていなかったから。少女の口からその名を聞くことこそが――「こいつが何か知ってるのか」と、そう問うた――エスターにとっては充分な返答だった。
すると尚更、どうしてこんな美少女が人殺しの「死神」なんかと一緒にいるのだろうと、エスターには少女のことが訝しまれてならない。
けれどその「理由」を尋ねる前にもう一つだけ聞いておかなければならないことがあると、エスターは気付いた。
「お前の名は?」
再び問われた少女は「思いも寄らないことを聞かれた」とばかりに目を瞠り、そしてやっぱり首を傾げた。自分の真似をして首を傾げる死神とそっくりに。
首を傾げて、今度こそ本当に、少女はエスターが考えてもみなかった答えを口にする。
「忘れた」
答えた少女は本当に、親からもらった自分の名前を忘れてしまっていた。
死神と出会ってからたった今、エスターに尋ねられるまで二年近くの間、一度として呼ばれることはおろか尋ねられることさえなかった名前を律儀に憶えていられるほど、「名前」というものに愛着も執着もない。薄情といえば薄情に違いない少女は死神によって揺らされる右手へちらと目をやって、エスターにとって何の解決にもならない言葉を重ねた。
「小さいの、って呼ばれてるけど」
「小さいの…?」
誰が、とは、言われるまでもなく一人しかいないとエスターにさえ分かった。
少女の視線の先、繋いだ手の主である死神は、「だって小さいだろう?」と、少女のことをそう呼ぶことがさもこの世の真理であるかのよう、エスターからしてみれば途方もなく馬鹿げた主張を臆面もなく口にする。そしてそんな死神の言い様を何とも思っていないらしい少女の態度が、エスターには不思議でならなかった。
だいたい少女が「小さい」のはあくまで比較対象を死神とした場合、相対的に小さいであって、「人の少女」という括りでなら長身の部類に入るのではないだろうかと、エスターは自分の肩ほどの高さに頭の天辺を置く少女の体つきを見て冷静に判断した。恐らく成長期は終えている。だからこそ、死神と並んで美男美女の「カップル」に見えるのだ。
「お前なぁ…」
死神と出会った頃の少女がもう少しだけ、本当に「小さい」少女だったことを知らないエスターは――たとえ知っていたとしてもやはりそうしただろうが――堪り兼ねて死神に対し、有無を言わせぬ強い調子で告げた。
「せめて名前くらいつけてやれ」
生まれながらに死神でない死神のエスターが、どうしようもなくお人好しで世話焼きな性質の死神だと少女に気取られるのは、それから十分後。
エスターにせっつかれた死神が少女へ「ルカ」と名前をつけてやるのが更にそれから十分後。
名前のなかった死神にルカと名付けられた少女が「ゼス」と名前をつけるのは、二人の死神と一人の少女が街中でばったり出会してから、優に一時間も経った後のことだった。
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