走馬灯の途中

カカオ畑とチョコレート



 時間は少し遡って、生きたがりの少女が毎日毎日死神の仕事に明け暮れていた頃の話。






 毎日毎日人を殺さなければならない憂鬱な仕事から解放された死神は、酷く晴れ晴れしい気分で街中を歩いていた。

 仕事道具である大鎌を携えた死神代行の少女は、近くの国境線で小競り合いを繰り返していた軍隊の兵士を手当たり次第に殺しまくっている真っ最中。

 軍隊が全滅する頃に少女の所へ戻れるようさっさと買い物をすませてしまおうと、仕事をサボりたかったばかりの死神は考えていた。


 死神よりも死神らしい少女の顔をこの上なく「嬉しそう」に綻ばせる「ケーキ」という食べ物は生憎、近くで戦争をやっているような街で手に入ることは滅多にない。が、「ケーキ」でなくとも、人が食べられるものを与えられれば「嬉しそう」な顔をする。殺していれば生きられるだけで当たり前に飢える少女は、放っておくと死神でも顔を顰めてしまいたくなるようなものも構わず口に入れ始めてしまうので、少女に人としてまっとうな食事をさせることを、少女のおかげで堂々と仕事をサボっていられる死神は己へ課せられた義務のように感じていた。

 余談だが、「美味しい」ものを食べた時に少女が見せる「嬉しそう」な顔をとても好ましく思っている死神はその後、「デジカメ」という便利な道具の存在を知り歓喜することになる。以来、諸々の事情も手伝って技術的に発展した先進国へと拠点を移した死神が、最終的に「世界で一番デジタルな死神」の称号を仲間たちから与えられるのは、また別な話である。


 閑話休題。

 少女が殺した人の死体から遠慮なく軍資金を頂戴しているので、死神の懐はいつだって目一杯に潤いきっていた。姿形もだいたい人と変わらないので、街中で買い物をするにも困らない。飽きるほどに人を殺すことばかりしてきた死神は、楽しいことで溢れる人の街が好きだった。

 だからいつも、殺しすぎる少女を放す時は慎重に場所を選ぶようにしている。目に付く限りのあらゆる人を、少女が殺し尽くしてしまったとしてもいいように。必然それはいつだって、沢山の人が無為に死んでいく戦場の真っ只中だった。

 そうすることの良し悪しは、人でない死神にはわからない。けれど死神は死神なりにちゃんと考えていた。

 このまま戦火が広がって、もう少し南へ行った所にある「カカオ畑」が燃えると大変なことになる。「カカオ畑」にある「カカオ」は「チョコレート」の原料なのだと、働き者の少女が言っていた。死神はそれをちゃんと憶えていて、殺しすぎる少女がこれからもずっと「チョコレート」を食べられるように人を殺させている。たまに少女が「食べたい」と強請ってくるのは、今のところ「チョコレート」だけだったから。

 なんとしても「カカオ畑」だけは守っておかなければと、つい一時間ほど前に戦場で少女を解き放つ時、死神は自分なりの考えを確と持っていた。街を五分も歩いた後にはすっかり忘れていたが。


 そして両手一杯に食料を抱え、ほくほくと少女の元へ戻った死神は、戦場の真っ只中ですやすや眠る少女の黒衣へ守りの魔法をかけてあげるのだった。

 目覚めた少女は死神の「お土産」をたらふく食べて、またすぐ次の仕事に向かっていった。





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