幸福の定義

葉月+(まいかぜ)

はじまりのはなし



 これは夢だ。死んでしまった少女が見ている走馬灯。

 少しでも道連れを増やそうと、寂しがり屋な少女は仕事に飽きた死神と取り引きをした。


「あなたのかわりにしごとをするから、わたしのたましいのおをかりとるのはもうすこしまってください」


 そんな少女が見る夢はいつだって、濁った血の色で溢れかえっていた。






 黒衣を纏い、銀色の大きな鎌を担ぎ、鎌の柄に絡んだ鎖をかしゃんかしゃんと鳴らしながら少女は歩く。人気の失せた戦場を。殺戮の限りを尽くした仕事場を。

 歩く少女は、いつだって生きることだけを考えていた。

 殺さなければ生きられない少女はいつも、笑うように人を殺した。泣き叫ぶように生きていた。生きていたくてたまらなかった。けれど不思議と、「死にたくない」とは思わなかった。死ぬのはいいけど生きてはいたい。けれど死んでは生きられない。だからやっぱり生きていたいと、そんな風に考えていた。

 死んでも死なない死神ではない。少女はただの、生きたがりな人でしかなかった。


「殺さないでくれ」


 軍服を来た兵士が言う。


「いやよ」


 少女は殺す。


「どうか命だけは」


 武器も持たない人が言う。


「いやよ」


 少女は殺す。

 手当たり次第に殺さなければ気が済まないことが時々あった。そういう時に限って死神の大鎌は囁いた。


「あっちで人が死んでいる」


 無駄に消える命があるならせめて自分を生かすために殺してやろうと、少女は時折そんな風にも考えながら人を殺す。そうでなくとも人を殺した。殺さなければ生きていられなかった。殺していれば生きていられた。

 そうして手当たり次第に殺して気が済むと、少女はどこにいたって眠りに落ちた。戦場の真ん中でだってすやすや眠った。

 少女が眠る頃にはいつも、死体の山ができていた。どこを探しても目溢しされた者はなく、それは少女に仕事を肩代わりさせた死神でさえ呆れてしまうほどの殺しっぷりで、それでももしものことがあるといけないからと、死神は少女の黒衣へ魔法をかけた。少女が真面目に働く限り、なるべく傷を負わないようにと。殺した人の数だけ強まる呪いをかけた。

 目覚めた少女は何も知らずに、けれどやっぱり殺し続けた。殺して殺して殺して殺して。死神の大鎌が囁くとおり、何年も何年も何年も何年も殺し続けた。きっと死ぬまで殺し続けていくのだろうと、仕事を代わってもらって死神でさえ思っていた。

 少女は本当の死神よりも遥かに死神らしい死神だった。

 だからある日突然少女が殺すことをやめてしまって、死神はとてもてとも驚いた。ついに心を病んでしまったのではないだろうかと、心配で気が気でなくなってしまう程には情も移りきっていた。そしてちょっぴり、ほっとしてもいた。

 少女があまりに躊躇いもなく黙々と仕事をこなしすぎるから。いつか本当に世界中の人間を殺し尽くしてしまうのではないかと、愚にもつかないことを考え始めていた死神は、殺すことをやめた少女にちょっぴりほっとして、それまで一生懸命働いたご褒美に、死ぬまで死なない命と、いかにも死神らしい黒衣をくれてやり、少女が死ぬまで大事な大鎌を貸してやることにした。少女が死んでしまうくらいまでなら死神が仕事をサボっていても平気なほど、少女は殺しすぎていたから。


「もう頑張らなくていいからね」


 そう言って、死神はかわいい少女の頭を撫でた。






 これは、死神に心配されるくらい殺しすぎてしまう少女が走馬灯からから覚めて、「死にたくない」と思えるようになるまでのおはなし。

 人がそれを「幸福」と呼ぶことは、人でない死神は勿論、人でしかない少女さえも知らないことだった。





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