第18話 作法その九〜2 今日は僕の……。
まぁ、留守番と言っても、展示してある先輩の作品を、わざわざ旧校舎まで見にくる人もなく、暇なもんだ。
竜胆はと言えば、今頃、喫茶店でウェイトレスをしているはずだ。
結局、僕たちのクラスの出し物は無難な喫茶店に落ち着いた訳だけど、僕としては、中々の出来になったんじゃないか、なんて自負している。
参考にしたのがアルバイト先の喫茶店だから集客力に自信はないけど……。
まぁ、それでも文芸同好会より客入りは良いはずだ。何たって今のところ来客ゼロなんだから。
……などと思っていたら。
「お兄ちゃ〜ん!
何はともあれ来客一人目……。
「遠路遥々って……。歩いて来れる距離なんだから、別に遠路遥々ってほど遠くないだろ」
「いやいや、気持ち的な距離があるんだよ。イクコみたいな中学生にとっては、高校に遊びに行くだけでも大冒険なんだから」
「ああ、そう。で、一人で来たのか?」
「うーうん。友達と来たよ。まぁ、ここにはイクコ一人で来たけど。皆は、あっちの賑やかなとこで遊んでる」
そりゃ、ボッチの僕じゃあるまいに、文化祭に一人で遊びに来るはずないか……。
「そっか。イクコが楽しめるものがあるか分からないけど、好きに見てってよ」
「あ〜、イクコ、あんまり本とか読まないしなぁ。漫画とかもあるの?」
「申し訳ないけど、そういうのは置いてないなぁ。ここにあるのは、硬派……か分からないけど、挿絵もない活字オンリーな本だけだよ」
「えー。じゃあ、じゃあ、お兄ちゃんが書いたやつは?」
「それも申し訳ないけど、置いてないなぁ。僕は読み専なんだよ」
「……なんだぁ、つまんないの」
……などと会話を往復させたものの、なぜかイクコは部屋の中までは入ってこない。
来訪者のため開け放っていたドアの外から、ずっと顔だけこちらに覗かせている。
「どしたの? 入ってくれば? 一応、お茶くらいなら出せるよ?」
「……うん。じゃあ入るね」
何を躊躇していたのだか、やっと意を決したイクコが部屋の中へ一歩踏み出すと、今日初めて妹の全身が露わになった。
最初に目に付いたのは赤いリボン。
「え? なんで体にリボン巻き付けてるの?」
まるで自分は誰かへのプレゼントである、とでも言いたげに、妹は私服の上から赤いリボンをグルグルと巻き付けていた……。
「ハッピーバースデーお兄ちゃーん♪ ハッピーバースデーお兄ちゃーん♪」
イクコにバースデーソングを歌われて、そう言えば、といった感じで思い出す。
今日は僕の誕生日だ……。
つまり、これは妹のサプライズ。誕生日らしく体をリボンでグルグル巻きにしてみた、というわけだ。
「ずっと大好きーお兄ーちゃーん♪ ……パチパチパチパチーっ」
歌唱が終わり、イクコは椅子に座ったままの僕に拍手を送る。
こんな風に誕生日を祝われるだなんて、何だか、こそばゆい感じだ。
「ありがと、イクコ。文化祭の準備で忙しくって、今日が誕生日なの、すっかり忘れてたよ」
「だと思った。お兄ちゃんって、そういうとこあるよね」
そう言いながら、イクコが正面から向き合うように僕の
そのまま腰を下ろされて、僕は身動きが出来なくなってしまった。
「ちょっと。重いってば」
「……イクコ、重くない。可愛くなろうと思ってダイエットもしてるし、ちゃんと少し痩せたんだよ? お兄ちゃんはイクコが痩せたの気付いてる?」
そんなことを言われたって毎日会っているわけだから些細な変化までは……。
「偉いな、イクコ。でも、成長期に無理なダイエ——」
「そうじゃなくて、気付いてくれてたの? 気付いてなかったの?」
僕の言葉を遮った妹の瞳は、真剣そのもので……。
「……ごめん。気付いてなかった」
「……じゃあ、あの怖い人……たしか竜胆さんだっけ? あの人が少しでも痩せたら、お兄ちゃんは気付く?」
竜胆とだって毎日のように会っているんだから、当然、気付かないのかもしれない。
でも……。
「何があっても絶対に気付くと思う……」
これは単なる僕の願望。でも、彼女の変化には、すぐに気付いてあげたい。
少し前髪を切り揃えた、とか、眉毛の形をちょっとだけ変えてみた、とか、些細な変化であっても、すぐに気付いて、彼女を褒めてあげたい。
それが僕の素直な望みだ。
「……なんだ……そっか……じゃあ……勝負にも……ならないんだ」
イクコが頭を僕の胸にコツンと当てて、そのままグリグリグリグリと頭を
「イクコ?」
「これは、ただのマーキングだから。気にしないで」
「いや、マーキングって……」
その時、イクコがガバリと顔を上げ、勢いそのままに僕の顔へ接近してくる。
何をしようというのだろう?
もし、相手が竜胆であれば、口づけ一択。
だから、僕は反射的に手を口と口の間に挟み込んだ。
「奇襲も失敗しちゃった……。せめて、思い出にお兄ちゃんのファーストキスだけでも欲しかったんだけどなぁ」
イクコが僕の手にキスしたまま、ぼやく。唇の感触が僕の手に伝わり、そして、ガタンという激しい音は僕の耳に伝わった……。
「なに……してるの? クルヤ……くん」
あぁ……、たぶんだけど、これは最悪のタイミングってやつだ……。
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