第17話 作法その九〜1 心が囚われるということ

 歳を取ると時間の進みが早くなる。ジャネーの法則というやつだ。

 でも、別に若くたって時間の進みが異常に早く感じることもある。

 単に充実してるとか、そういう理由なんだろうけど、つまりは順風満帆ということだ。


 ただ少し気に入らないと言えば気にいらないような、ちょっとした些細な不満もある。


 ショッピングモールに出掛けた日から、何となく竜胆りんどうが僕と距離を取り始めたような気がするのだ……。


 もちろん今まで通り、学校にいる時は熱烈な視線を送ってくるし、実行委員の仕事をしている時も、距離感がおかしいなぁ、と思うほど顔を近づけてきたりもする。

 ても、あんなに僕との時間を作るようなことを言っていたのに、バイト先の喫茶店にも顔を出さないし、最近はストーキングだってしてくれていない。


 いや、別に僕だってストーキングして欲しいなんて思っていないけど……。


「これって……僕、もしかして竜胆に飽きられちゃった!?」


 そんなことを考えながら眠りに付けずにいたら、いつの間にか日付が変わり、十月の二十一日になっていた。


 早いもので文化祭の当日だ……。



「クルヤくん。あとで一緒に色んなところ見て回ろうね? 二人だけの思い出、いっぱい、いーっぱい作ろ!」


 昨夜の悩みを吹き飛ばすように竜胆が笑っている。もはや僕への好意を少しも隠してはいない。

 僕への好意の打ち付け方がフックやアッパーからストレートに変わってはいるけど、飽きられているだなんて全く思えない。


「うん。一緒に回ろう。その前にさぁ、今、全く関係ない話してもいい?」


 もちろん文化祭は彼女と一緒に過ごそう。でも、その前に聞いておきたい……。


「うん? もちろんいいよ? クルヤくんの話なら何でも楽しいもんっ」


 僕の話をそんな風に思ってくれるのは、たぶんこの世で竜胆と妹のイクコくらいだ。


「……ああ、うん。ありがと。でね、最近、喫茶店に来ないけど何で? 竜胆が全然来ないからマスターも心配してるよ?」


 「マスター」なんて言い方は少しズルいのかもしれない。でも、僕が心配してる、なんて言えるほど、まだ僕は素直になりきれないんだ。


「えっ!? ……いや、その、えっと……。深い理由はないよ?」


 少し歯切れが悪い気もする。何かを隠しているような、そんな気配だ。

 それに、彼女が深い理由もなく僕のストーキングをやめるとも思えない。


「……ホントに?」

「……ほ、ほんとだよ?」


 目のスイミング具合から察するに、たぶん彼女は何かを隠している。


 でも……これじゃ何だか、まるで僕が竜胆に執着しているみたいじゃないか……。

 まったく……、僕まで独占欲を発揮して、どうすんだよ……。


「ごめん……。僕、変なこと聞いちゃったね」

「謝るのは私の方だよ……。私、いつの間にかクルヤくんに心配掛けちゃってた……」


 竜胆がしょんぼりとした顔をしていて、柄にもなく僕の心がズキリと痛んだ。


「いや、僕が勝手に心配しただけだから、竜胆は何も悪くないよ」


 別に心配はしてない、と昔の僕なら言っていただろうに……。


「やっぱりクルヤくんって優しいね……。よーし! また明日から毎日ちゃんとお店に通い詰めるぞ〜っ」


 彼女がグっと拳を握り締め、天に向かって力強く突き出す。

 その力強さが僕の悩みを完全に吹き飛ばしてくれた。


「知ってると思うけど、僕、毎日は居ないからね? 居るのはシフトの時だけだよ? まぁ、マスターが喜ぶだろうし、毎日来てもいいんだけど」

「ああ、そっか! じゃあ、クルヤくんが居る時に行くね」

「はいはい。じゃあ、御来店お待ちしておりますよ」

「ちゃんとお待ちしてくれるんだ。あっ、実は私が来なくて寂しかったんでしょ??」

「……まぁ、そうだね。極々ほんの僅かに微粒子レベルでね」

「も〜、そんなことばっかり言ってると、お店に行ってあげないよ〜?」

「いや、僕が来ないでって言っても、どうせ来るでしょ?」

「正解! 来るなって言われても行きま〜す」


 きっと僕が神経質になりすぎていただけなんだろう。

 彼女が僕に飽きているだとか、何か隠し事をしているだとか、全て僕の考え過ぎだ。


 彼女はいつも通りに僕の隣で目を見開いて、僕をずっと見つめ続けてくれている。


 いつも通りの笑顔。いつも通りの執着心。


 いつもと少し違っていたのは、彼女の制服。


 いや、正確に言えば、内ポケットが付いているであろう制服の胸のあたり。


 彼女は内ポケットに少し大きめの何かを入れているようで、胸のあたりが変な形に膨らんでいた……。



 作法その九。ヤンデレ娘のポケットが妙に膨らんでいる時は、己の位置取りに注意し、常に刃物を警戒していなければならない……。



【クライマックスです。最後まで頑張りたいと思います。宜しければ、星、フォロー、応援などお願い致します。星が欲しい】

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