第16話 作法その八〜7 仇となる
あの後、渋るイクコを家に帰して、買い物を続ければ、時間が過ぎるのは早いもので気づいた時には夕暮れ時だ。
途中、
「だんだん人が少なくなってきたね〜。皆お家に帰る時間なのかなぁ?」
竜胆が僕の隣をゆっくりと歩く。合わせて僕もゆっくりと歩いた。
「いや、全くそんなことないと思うんだけど」
実際、僕たちの近くに人が少ないだけで、たぶんモールは、まだまだ活況。
何のつもりか、彼女が僕を
「あっ、ちょうどベンチがあるよ? ちょっと座ろっか?」
何が丁度なのかわからないけど、僕の返事も待たずに、彼女がちょこんとベンチに座る。
ペンペンとベンチを軽く叩いているのは、早く座って欲しいという意思表示なんだろう。
「まぁ、確かに僕も少し歩き疲れたかも……」
その二人掛け用のベンチは少し狭くて、僕が腰を掛けてみれば、もうキツキツ。少し風紀的に良ろしくない密着具合だ。
「このベンチってカップルシートなのかな? なんか、この感じ……いいよねっ」
違うと僕は思う……。密着具合は別として、こんな
「竜胆はそのカップルシートとやらに誰かと座ったことあるの?」
「ないよ! 一回もない! だから、一回座ってみたいなぁ。……座ってみたいなー?」
かなり食い気味でそう答えてきて、僕をじっと見つめてくる。たぶん、そういうオシャレなお店に連れて行ってという意味なんだろう。
だったら、僕はこう答える。
「え? 今ちょうど座ってるよ? これカップルシートなんでしょ?」
「そういうことじゃなくって! ……もう、クルヤくんは鈍感だなぁ。……まぁ、そんなところも可愛いけど」
気のせいかもしれないけど、今日、始めて彼女から優勢を取れた気がするな、なんて思いながら、この時の僕は少し悦に浸っていた……。
ベンチに二人で座ったまま時が過ぎる。竜胆は僕をガン見し続けているけど、彼女が無言で僕を見つめ続けるのはいつものこと。
ただ、今日は狂気の度合いが少し強い気もする……。
「いつもよりバッキバキな気がするけど……どうしたの?」
「あのね……。実はクルヤくんにお願いがあって」
お願いなんて仰々しい。でも、わざわざ、お願いだと断りを入れるほど彼女にとっては大事な案件なんだろう。
「クルヤくん、さっき
もしかして可愛いを希釈したつもりが、竜胆の嫉妬心に火を着ける結果になってしまったんだろうか?
嫌な予感がする……。まさか刺し殺される?
不安が脳裏をよぎり、彼女のポケットに目をやれば、ナイフらしき膨らみは確認できない。
もし小型のナイフを携帯していたとしても、防刃ベストを着ていることだし、問題はない。
取り急ぎ、この場で刺し殺されることはなさそうだ。
「……うん。そう言えば、言ったね。でも、別に深い意味はないよ?」
「そうなんだ……。でもね、私にも……もっともっと言って欲しいな、って。……ダメ?」
ダメとは即答できない……。さっきは連呼していたのに。ここで勿体ぶれば、『可愛い』に重みが出てきてしまう。
可愛いの希釈がアダになってしまった……。
「あれだね……。まぁ、竜胆は可愛いなぁ」
恥を忍んで口に出したのに、彼女は満足した様子もなく、指を一本立てる。
「妹子ちゃんたちには、三回言ってたよ? あと、『あれだね』とか『まぁ』とか付けちゃダメ」
カウントしてたのか……。
「竜胆は可愛いなぁ」
立てた指が二本になる。
「妹子ちゃんたちには『本当に』って付けてたよ?」
よく覚えてるなぁ……。
「竜胆は本当に可愛いなぁ」
指が三本立ち、ミッションクリア。
……と思いきや。
「妹子ちゃんたちよりも多く言って欲しい。修飾語も沢山付けて……。ダメ……かなぁ?」
追加ミッション発生だ。
まぁ、ここまで来たら最後までやるしかない。
「……竜胆は……どこの誰よりも世界で一番、直視できないくらい……可愛いよ」
彼女が立ち上がりニコリと笑う。
「よく出来ましたっ」
正直な気持ちを言わせて貰えば、ヤンデいようが、ヤンデいまいが、彼女は本当に可愛い。
今日のところは完敗だ……。
途中で優勢を取れたと思ったけど、結局、最後は僕の魂ごと全部、彼女に持っていかれてしまっていた……。
作法その八。ヤンデレ娘と同じ実行委員になってはならない。ここぞとばかりに距離を詰めてこようとするから。
今のところ改正なし……。
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