第14話 作法その八〜5 ストーキングイクコ

※今回はお話は三人称視点になります。


 浅見あさみ竜胆りんどうがハンバーガー屋さんで食事を摂っている最中、店外にある大きな観葉植物の陰に隠れて怪しい動きを見せる者たちがいた。


「ねぇ、もう帰ろ〜? ……あぁ、もう、この葉っぱチクチクして嫌だなぁ」


 観葉植物の奥に潜んだ少女が同行者の肩を叩く。

 その少女は、おさげの髪を三つ編みにしており、見るからに大人しげで、キョロキョロと周りを伺う度、観葉植物の葉っぱにチクチクと頬を突っつかれていた。


「ダメ。朝だって見てたでしょ? あの人、一時間以上、目隠ししてたんだよ? 意味わかんない。絶対イッちゃってるよ」


 もう一人の少女がそう答える。観葉植物から身を乗り出し、竜胆を忌々しげな顔で見つめては、歯をギリギリと鳴らしていた。

 片や、浅見を見つめている時は、愛おしげな表情をして頬を緩ませている。


 この嫉妬心を丸出しにした少女は、浅見の妹であるイクコ。


 実は、イクコとその友達は朝からずっと二人のことを監視していた。


「たぶんイチャイチャしてただけだと思うんだけど。あれくらい高校生のデートなら普通なんだよ、きっと」


 実際のところ、高校生だろうが、大学生だろが、一時間も恋人の目を隠したりはしない。長くとも、せいぜい数分だ。


 男の子と付き合った経験のない、おさげの少女が、この一件で男の子との誤ったイチャつき方を覚えてしまったのなら、それは不幸なことだろう。


「あれが普通ならイクコは高校生になんてなりたくないね。進学はやめて、永遠に中学生でいることにするよ」


 一方、イクコは、あれが誤りであることをキチンと認識している。

 もちろん男性経験があるわけではない。一般的な思考を持っていれば、誰でもそう認識するというだけだ。


「あっ、それいいね〜。私も永遠の中学生、目指そうかなぁ。そしたら働かないで、一生遊んで暮らせるもん。で、どうすれば中学生のままでいられるの?」


 おさげの少女は、若干ほどグータラとした性格であった。

 ……だが、まぁ、誰しもが一度くらい思うところではある。


「え? ……えっと……頑張るしかないんじゃない? ……あと勘違いしてるけど、あれはデートじゃないからね? ただのお出掛けだからね」


 ただの軽口のつもりが、真面目に受け取られてしまい、少し困ったイクコが話を変える。


「えー、でもでも、男の子と女の子が二人で出掛けたら、それはもうデートなんじゃないのかなぁ?」


 おさげの少女の言葉は概ね正しい。デートの詳細な定義はさておき、男女が一緒に出掛けたのなら、それはもうデートと言っても差し支えないものだ。

 互いに好意を持っているのなら尚更だろう。


「いや、お兄ちゃんはデートじゃないって言ってたもん」


 だが、イクコにとっては、兄がデートではないと語ったのなら、たとえデートっぽくてもデートではないのだ。

 ……というよりも、デートと思いたくないのだ。


「う〜ん。私にはデートにしか見えないけどなぁ」


「違うもん! お兄ちゃんがデートじゃないって言ってたんだもん!」

 

 イクコが大きな声を上げ、周囲の人目が一瞬集まる。慌てて彼女たちは観葉植物の奥に引っ込んだ。

 

「わ、わかったから。お兄さんにバレちゃうから。……って、あれ? イクコちゃん泣いてるの!? どうしたの!?」


 観葉植物の陰で、しゃがみ込んだイクコは、今にもこぼれ落ちそうなほど目に涙を溜め込んでいた。


「別に……。葉っぱがチクチクして痛いだけだから……。悔しくなんてないから……」


 当然、イクコは兄を他の女に取られそうで涙している。悔しくて悲しくて涙を溜め込んでいる。

 しかし、彼女は友達にその気持ちを悟られぬよう、観葉植物のせいにした。


「あー、嫌だよね、この葉っぱ。なんかチクチクするもんね〜」


「あっ、うん……。チクチクするね」


 おさげは素直ゆえに、言葉を額面通りに受け取る。

 何となく釈然としないものを感じながらも、おさげの素直さにイクコは救われていた。


「でも、バレたらやっぱり怒られちゃうのかなぁ? ああいう優しそうな人ほど怒ると、スゴく怖いんだよね……」


「ぐすんっ。……それは安心して。実は、この前初めて気付いたんだけど、お兄ちゃんって怒ってても、イクコが猫の真似してあげると笑顔になるの。怒りなんて一瞬で鎮まるよ?」


 浅見は、ネコ妹の姿に愛らしかったネコ竜胆の姿を重ねて、つい微笑んでしまっているだけなのだが、悲しいことに、イクコはそれを知らない。


「へぇー。なら安心だね」


「そうそう。だから、最悪バレても二人でニャーニャー言ってれば大丈夫。調子が良いと近づいてきて喉の辺りをカリカリしてくれるよ?」


「お兄さんって猫ちゃんが大好きなんだね〜」


「そうみたい。ずっと一緒に暮らしてるはずなのに、お兄ちゃんがネコ好きだったことも知らなかったなんて、イクコ、スゴいショックだったなぁ……」


 イクコが大袈裟に肩を落とす。


 おさげの少女が彼女の頭をポンポンと軽く叩き慰めている。


「そこで何してるんだ?」


 そんな中、突然、彼女たちは誰かに声を掛けられた……。


 

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