第13話 作法その八~4 赤い竜胆の花言葉
時刻は、そろそろ食事処が
「せっかくモールまで来たんだし、何か食べてみたいなぁ」
独り言っぽく僕が呟く。別に空腹らしき竜胆に気を使った訳じゃない。僕もお腹が空いてきただけだ。
「それなら、私、スゴい美味しいお店知ってるよ? それはもう美味し過ぎてホッペが地面まで落ちちゃうくらいの」
そこまで彼女に言わしめるとは、期待に胸が膨らむ。
いったい、どんなお店なんだろう? フレンチ? それともイタリアン? 中華料理なんてのもいいかもしれない。
「へぇ、竜胆オススメのお店かぁ。そんなに美味しいって言うなら僕も行ってみたいな」
あんまり高級なお店だと料金に不安はあるけれど、モール内にあるのなら法外な料金を請求されることもないだろう。バイトで貯めたお金も全額下ろしてきてあるし、たぶん大丈夫のはず。
「じゃあ、早速行ってみよ? あの味は絶対にお
「大絶賛だね。ハードル上げ過ぎてるけど、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫〜。ハードルなんてピョンって飛び越えちゃうよ〜。なんたって世界一らしいから! まぁ、偉そうに言ってる私も、最近、初めて食べたばっかりなんだけどねっ」
……と竜胆は、自信満々に言っていたわけだけど。
「なるほど、ハンバーガー屋さんか……」
このチェーン店なら世界一に相違はない。別に文句もない。ただ、勝手に僕が少し毛色の違うお店を想定してしまっていただけの話だ。
「あれ……? もしかしてクルヤくん……ハンバーガー食べたことあるの……?」
そんな悲しそうな瞳で僕を見つめないで欲しい。
「いや、コマーシャルで見掛けたことがあるだけだよ。わー、見て、竜胆、店の前にマネキンが置いてあるよ? すっごいやー。ハンバーガーなんて初めてだから楽しみだなー」
ベンチに座っているマネキンの隣に僕も腰を掛けてみれば、彼女が安心したように優しく微笑んでいた。
「良かった〜。食べたことあったらどうしよって思っちゃったよぉ。さっ、早く入ろっ。私ね、魚のやつが一番好きなんだぁ。それと、すっごくポテトがサクサクなんだよ!? スゴいよね。私じゃ、あのサクサク感は出せないよ」
そもそも、お出掛けに勝敗なんてないけれど、なんか、このお店でも負けそうだなぁ、と僕はこの時思った。
注文を済ませ、商品を受け取り、店内の空いている席を探すと、幸運なことに席はすぐ見つかった。
今、僕の対面で竜胆が頬にハンバーガーを詰め込みながら嬉しそうな笑みを浮かべている。まるでリスのようだけど、そんなに焦って詰め込まなくても、僕は盗んだりしないのに。
「どう? 気に入ってくれたかな? すっごい美味しいでしょ?」
彼女が頬の中身を
「うん、最高だね。頼んだ時は和風だからどうなのかなって思ったけど、このテリヤキ味のやつ、思いの外、美味しいよ」
「……じゅるり……。……良かったぁ。まだ私、食べたことないけど、テリヤキ味も美味しいんだね」
心なしか竜胆が物欲しそうな目で僕を見つめている気がする……。
もしかしてテリヤキ味も食べてみたいんだろうか?
「えっと……。良かったら一口食べてみる?」
「えっ!? ダ、ダメだよ。それはクルヤくんのやつだもん。それに私は人のものを欲しがるほど
どれだけ遠慮してみても途中の「じゅるり」が全てを物語ってしまっている。
「良いお父さんだね。それなら一口ずつ交換するのはどう? 等価交換。実を言うと僕も竜胆のやつ食べてみたいなって思ってたんだ。美味しそうに竜胆が食べてるから気になっちゃって」
「あ〜、そうだったんだね。だったら一口ずつ交換しよ。それなら卑しくないもんねっ」
「よし、交渉成立だ」
ゆっくりと彼女に向けて自分のハンバーガーを差し出すと、彼女の顔が吸い寄せられるように近づいていく。
「……じゅるり」
彼女が口を開けたその時、僕の中で悪戯心が生まれてしまった。
ハンバーガーを逃したらどうなるんだろう?
そんな悪戯心に負け、僕はハンバーガーをそのまま右に左にスライドさせてみる。すると、ゆっくりとスライドしていくハンバーガーに合わせ、追いかけるように竜胆の顔もスライドしていった。
「も〜っ、これじゃ食べられないよ」
食べ物を詰め込んでもいないのに、膨れた彼女の頬が面白くって、思わず笑ってしまう。
「フフっ。竜胆は可愛いなぁ……あっ」
つい本心が漏れ出してしまった。口が滑ったと言わざるを得ない。
一気に彼女の顔が紅くなる。たぶん僕も紅くなっている。
変な沈黙が流れる中、なんか、また余計なことを言ってしまったなぁ……と僕は思った。
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