第12話 作法その八〜3 ランジェリーショップにて

 デート……いや、お出掛け先であるショッピングモールは朝の十時に開く。

 そんな訳で待ち合わせ場所に早く来すぎた僕たち二人は微妙に時間を持て余していた。



 モールの前、僕の隣で彼女が楽しそうに話をしている。普段と違って見えるのは、きっと私服だからだろう。

 一方、僕は休日にも関わらず学生服。けれど、今日は学校行事である文化祭の延長みたいなものなんだから問題ないはずだ。


「話は変わるけど、今日のクルヤくん、なんか、もっこりしてない?」

「えっ!?」


 もっこりという単語に思わず視線が自分の下腹部に落ちる。でも、竜胆がそんな下品なことを言うはずもない。

 今のは全身のフォルムの話だろう、とすぐに思い直した。


「全体的に上半身が大きくなったっていうか。昨日より胸板が厚くなったっていうか……。育ち盛りだからかなぁ?」


 そんなわけはない。学生服の下に防刃ベストを着ているだけだ。

 ベストを下に着てみたら、思っていたより上着がパッツンパッツンになってしまって、そのせいで彼女には僕が昨日より少し大きく見えるんだろう。

 だったら、僕はこう答える。


「食欲の秋だからね。食が進むというか。たぶん食べた分だけ大きくなったんだよ」


「あれ? クルヤくんって食事しなくても平気な種族じゃなかったっけ?」


 ……あっ、その設定、忘れてた。


「……いや、これが不思議なことに僕の種族は十六才の誕生日を迎えると食事の摂取が必要になるんだよ。僕、もうすぐ誕生日だからさ。最近、胃を慣らし始めたんだ」


「あ〜、確かクルヤくんの誕生日って十月の二十一日だよね? なるほど、だからか。不思議な種族だね」


 今更、彼女が僕の誕生日を把握していることに驚きはしない。でも、僕の言うことを全て信じてしまう純真さには少し驚く。

 普通の人なら僕の戯言たわごとなんて冗談ととらえるか、さもなければ聞き流すだけ。


 ——でも、彼女は違う。


「だから、まぁ、ご飯とか一緒に食べたりするのも別に、その、僕としてもヤブサカでもないよ?」


「そうなのっ!? じゃあ、美味しいもの沢山教えてあげるねっ。今まで、あんまり食べてこなかったんでしょ? あっ! もし、良ければお弁当も作ってこようか? どうせ弟のも作らなきゃだし」


「あ、いや、本当にそれは大丈夫……。竜胆のお弁当は僕の体には、たぶん、まだ早いから」


 実行委員になってからこっち、なんだか竜胆に押され気味だなぁ……。

 少し気合いを入れ直さなければならない、なんて僕はこの時思った。



 モールが解放されると、すぐに僕たちはウィンドウショッピングを始めた。訪れた店の半分くらいは文化祭と無関係だったような気もするけれど、竜胆が楽しそうなので別に構いはしない。


「どれが良いかなぁ~。赤とか黒は少し早いし……。やっぱり安定の花柄かなぁ」


 たとえ現在訪れている店も文化祭と全く関係ないの無いランジェリーショップだったとしても構いはしない。

 まったく、竜胆も攻めた作戦に出たもんだ。


「竜胆。こういう店は、やっぱり女友達と来るべきだと思うよ」


 まぁ、僕自身が構わなくとも、周りのお客さんは男が居たら構うだろう。


「そう? でも、あそこにも男の人いるよ?」


「うん、いるね。でも、たぶん彼女に無理やり連れ込まれたんだと僕は睨んでるよ。男の人がスゴいもじもじしちゃってるから。きっと女性優位の付き合い方をしてるんだろうね」


 僕たちの視線の先には大学生くらいのカップル。彼氏は落ち着かない様子で地面ばかり見ており、彼女がその様子をニヤニヤと満足そうに眺めている。見たところ、だいぶサドっ気の強い彼女さんらしい。


「ふわー、クルヤくんってば、すごい観察力。……知的」


「いや、見たら誰でもわかることを言っただけだよ……」


 この程度で観察力があると言われてしまうと、むしろ馬鹿にされている気すらしてくる。当然、竜胆にそのつもりはないんだけど。


「でも、あの男の人と違ってクルヤくんは落ち着いてるね。恥ずかしがるクルヤくんが見れると思ってたのになぁ、残念」


 竜胆の言う通り、僕には余裕がある。さっきから彼女がブラを服の上から胸に当ててみたりしているけど、それでも全く動じる事はない。理由なんて単純。妹がいるから。

 妹がいる人になら共感してもらえるかもしれないけど、僕は何度か妹に無理やりこの手の店に引っ張り込まれた経験がある。もう慣れたもんだ。だから、あらかじめ言っておくべきことも知っている。


「竜胆。先に言っておくけど、僕には好きな色とか無いからね。文学的に表現するなら無色透明が好きってところかな。だから、僕に何を尋ねても無駄だよ」


 先手を打っておく。これがランジェリーショップにおける重要な作業。

 妹であれば、この後、確実に「お兄ちゃんはどの色が好き~? こっちの黄色かなぁ? それとも、意外にこっちの赤とか?」などと胸に下着を当てながら僕を揶揄からかってくるはず。そして、顔を赤らめる僕を見て笑うんだ。


 竜胆には申し訳ないけれど、先手を打った以上、今日のところは僕の勝ちだ。


「え……? ということは……クルヤくんはこれが好き……ってこと??」


 彼女が顔を赤らめながら僕の後ろにあった下着に手を伸ばす。彼女が僕に見せた下着は――。


「……す、す、っけけ」


 スケスケというか、もはや、その下着は外枠だけで中身の生地が存在していなかった。


 なんで、そんな卑猥ひわいな下着がこんなところに売ってるの……?


「これは流石に……。でも、クルヤくんが好きって言うなら……。ん〜っ、やっぱりムリ! も〜っ、クルヤくんのエッチ!」


 先ほどの勝敗を再考したいと思う。残念ながら今日のところは僕の負けだ。

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