第11話 作法その八~2 クイズ私は誰でしょう?

 文化祭の実行委員を押し付けられてから数日後。僕は、せっかくの休日を、丸々一日、竜胆りんどうカナデに捧げる予定になっていた。

 けれど、デートって訳じゃない。クラスの出し物を決める前に小道具の値段やら何やらを確認しておく、というテイのお出掛けだ。


 そんなの、出し物を決める時にネットで確認すれば事足りるだろうに……。


「約束の時間まで後二時間か……。いくらなんでも早く来すぎかな?」


 待ち合わせ場所である駅前の大きな木の下でスマホを確認してみれば、まだ朝の八時すぎ。約束の時間は十時だから、早く来すぎと言わざるを得ない。

 でも、竜胆に早く会いたくて、だとか、楽しみで落ち着かなくて、だとかいう理由で早く来たわけじゃない。単に、竜胆より先に到着してやろう、と思っただけだ。


「だ〜れだぁ?」


 悪戯いたずら混じりの嬉しげな声が聞こえるとともに、突然、僕の視界がゼロになる。後ろから誰かに手で目隠しをされたみたいだ。もちろん犯人なんて竜胆に決まっている。

 けれど、素直に竜胆と答えるのも芸がない、と思った僕は少しとぼけてみせることにした。


「え? 誰ですか? やめて下さい。僕、今、人と待ち合わせ中なんです」


「えー、わからないの? じゃあ、ヒントその一。あなたを目隠ししている私は、今あなたが一番会いたいと思っている人物かもしれませーん」


「えっ!? もしかして……父方のおばあちゃん?」


 別に、ふざけた訳じゃない。と限定されてしまえば、そう答えるしかなかっただけだ。


「クルヤくんってば、おばあちゃん子だったんだ。……可愛い。でも、残念! 不正解でーす! 続きまして、ヒントそのニ。私は——」


 たぶん僕が正解するまで彼女はこのクイズを止めない。この状況を楽しんでいるような雰囲気が言葉の端々から漂ってきている。


 今の僕らは周りの人たちから、どんな風に見られているんだろう?


 仲の良い友達? それとも、兄弟? もしかしたら、バカップルなんて思われているのかもしれない。


 ともかく、かなり気恥ずかしいけれど、微笑ましく見られているのは確実だ……。



 現在、時刻は九時。体感で、とわざわざ付けたのは、未だ僕が竜胆に目隠しされたままで時間がわからないからだ。


 一時間近く同じ体勢でいる僕たちは、周りの人たちから、どんな風に見られているんだろう?

 少なくとも微笑ましい段階は、とっくに通り過ぎて狂気のふちにいる気がする。


「ではでは、ヒントその百八です。え〜と、ん〜、そうだなぁ、私はお風呂に入る時、左腕から洗うタイプです! さぁ、そろそろわかったかなぁ?」


 ついにヒントが煩悩の数に並んでしまった。しかも、どう考えてもヒントのネタが枯渇しかけている。

 でも、このヒントで竜胆と答えるわけにもいかない。


 それじゃ、まるで僕が彼女の入浴シーンを覗いたことがあるみたいじゃないか……。


「パス。次のヒント、お願いします」


「えー、まだ、わからないの? ん〜、それじゃあ、ヒントその百九です。次はスペシャルヒントだよ? あのね、これは誰にも言ったことないんだけど、クルヤくんにだけ特別に教えてあげる。実は、私、右胸の下ら辺に……ホクロがあります! キャっ! 言っちゃった!」


 ヒントが煩悩の数を超えちゃったというのに、竜胆は楽しそうだなぁ……。


「あの〜、誰にも言ったことがないならヒントにならないと思うんだけど……。次は、もう少し個人を特定できるようなヒントをお願いします」


 最初の内に答えなかった僕も悪いけど、いい加減にしないと、このままでは、お出掛け先にすら辿り着けない。

 というか、このままでは僕の休日が目隠しされただけで終わってしまう。


「も〜、クルヤくんは鈍感だなぁ。まぁ、そんなところも可愛いけど。じゃあ、これが最後のヒントね。ヒントその百十。私はクルヤくんと一緒に文化祭の実行委員をしていまーす」


 やっとマトモなヒントが出てきた。これで、正解できる……。


「あっ、なんだ、竜胆か」


「ピンポ〜ンっ。大大大正解〜っ。正解は竜胆カナデでした! 絶対にクルヤくんなら正解してくれるって信じてたよっ」


 僕の目隠しを解いた竜胆が、ピョンと目の前に飛び出してくる。あれだけ正解できなかったというのに、彼女は気にした様子もなく、とても嬉しそうにしていた。


「なかなか正解できなくてゴメンね。僕、耳が老人並みに遠いからさぁ。声だけじゃ竜胆だって全然わからなかったんだよ。本当にゴメン」


 実際のところ耳は健常だけど、信頼してくれていた竜胆に申し訳ない気持ちを覚えてしまい、僕は、そんな口から出まかせを彼女に吐いていた。


「あっ、そう言えば、確かにクルヤくんってたまに私の声が聞こえてないっぽい時あるよね?」


「まぁ、そういうことも、なきにしもあらず、かな」


 ポリポリと頬を掻き、曖昧な答えを返すと、彼女が僕の耳元にその唇を近づけてきた。

 触れ合うほどの距離で彼女がささやく。


「……じゃあ、これからは〜、ちゃんと耳元で喋るようにするね?」


 彼女は悪戯っ子のような笑みを浮かべていて、なんだか余計なことを言ってしまった気がするなぁ、と僕はこの時思った。



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