僕と彼女の文化祭

第9話 作法その八……その前に

 秋と言えば?


 竜胆りんどうであれば行楽の秋と答える。傍食かたばみ先輩であれば、日光浴なんて答えるかもしれない。あの先輩は変わり者だから。

 もちろん僕であれば読書。でも、今日のところは、こう答えておこう。


 秋と言えば、文化祭だ。



 自宅のチャイムがピンポンと鳴り、トタトタと足音が玄関に向かう。足音からするに、妹が応対に向かったみたいだ。

 そして、少し経った後、僕の部屋の扉がノックされ、返事をする前に開かれた。


「お兄ちゃんにお荷物が届いたよー。ねぇねぇ、これエッチなやつ? 女の人が水着でポーズ取ってる写真のやつ? どれどれ~?」


 妹のイクコが勝手に僕の荷物を開封しようとしている。慌てて僕は彼女から荷物をひったくった。


「勝手に人の荷物を開けるんじゃありませんっ。まったく、卑猥ひわいなものなんて僕が買うわけないだろ」


「えー、ホントかなぁ? イクコには、なんかお兄ちゃんが焦ってたようにも見えたけど。白状しちゃいなよ。本当はエッチなやつなんでしょ? 別に水着くらいならイクコがいつでも着てあげるのになぁー」


 確かに焦ったには焦ったけれど、中身が卑猥なものだからじゃない。妹に中身を見れられると、説明が面倒そうだと思っただけだ。まぁ、結果的に余計イクコが面倒な感じになってるけど。


「だから違うって。あとな、百歩譲って僕がエッチなやつを欲してるとしても、妹の水着なんて求めてないからな?」


 そんなもの、すでに見飽きている。というより、そもそも見たいとすら思ったことがない。


「なんで!? 少しくらい求めてよ! イクコ、これでも学校だとモテモテなんだよ!? 昔、プールの授業でイクコの水着姿を見た男の子が、鼻血ブーっしちゃって、プールが血の海になったことだってあるんだからね!」


「いや、そんなこと起きないって、現実的に。プールが血の海は、もう事件だよ?」


 学校で、そんな事件が起きたらマスコミが大騒ぎ。少なくとも地域の新聞くらいには載るレベルだ。


「起きたの! ちょっと血の海は言い過ぎだったかもだけど、クラスのガリガリにやせ細った男の子が鼻血出して倒れたの!」


「それ、単に体調が悪かっただけなん――」

「いいから、もうそれ開けてみて!」


 どうやら、結局、荷物を開けて見せなければ、この無駄なやり取りは終らないみたいだ。


「仕方ないなぁ。別にそんな面白いもんじゃないよ?」


 やれやれと言った感じで包装を開封すると、僕にとっては期待通りのものが、その中に入っていた。


「え? なにそのダサ服」


一方、イクコは期待外れといった具合だ。見るからにガッカリしている。


「見た目より機能性重視だよ。これは刃物を通さない服。つまり、防刃ベスト。少し事情があって竜胆と出掛けなきゃいけないから買ったんだ」


「デート!? お兄ちゃん、あの怖い人とデートするの!? って、なんでデートに防刃ベストがいるの……?」


「そりゃいるよ。だって、相手が竜胆なんだから。まさかってことをしてくるからね、竜胆は。用心に用心を重ねないと。あっ、あと、別にデートじゃないからな? 事情があって一緒に出掛けるだけだから」


 この後、「デートじゃないなら私もついて行って良いよね?」と、しつこく同行許可を求めてきたイクコを諦めさせるのに、二時間ほど掛かった。

 まったく……、別にデートじゃないとしても、妹なんて連れて行ったら、竜胆がヤンデレ全開になるに決まってるじゃないか……。



 話は少しさかのぼって数日前。文化祭の実行委員を決めるために開かれたホームルームで、不幸にも僕は皆の視線を集めるハメになっていた。

 原因は、立候補者不在のまま面倒な役目の押し付け合いが始まらんとした、その時に言い放たれた竜胆の発言だ。


「やっぱり実行委員って大変だし、文化に入ってる忙しい人にはキビシいよね~。でも、運動の人だって部活で出し物するだろうし……。なんで、うちのクラスだけ帰宅部の人いないんだろうね〜」


 竜胆がのところだけエラく強調している時点で、僕は嫌な予感を覚えた。端的に言えば、それは、僕が生贄いけにえに選ばれそうな予感だ。


「あれ? そういや浅見って同好会じゃなかったっけ? 部活ほど忙しくねーだろーし、俺たちよか、まだ暇なんじゃね?」


 クラスメイトの発言で皆の視線が僕に集まる。竜胆にしてみれば、作戦大成功といった感じだろう。


「え? ぼ、僕? そりゃ同好会は忙しくないけど、僕だって一応バイトとかあるし……。あと、ほら、妹の世話とかもあるし。いや、まぁ、中学生だから世話の必要はないと言えばないんだけど」


 バイトなんて学業と関係なく僕が勝手にやっていることだし、妹の世話に関しては断る理由になるはずもない。だいぶ僕の形勢不利だ。


「浅見くんも忙しいとは思うけど、そこを何とかお願いできない? ねっ! お願い!」


 そんな僕を竜胆が更に追い詰める。頼み込むように手をスリスリとこすり合わせ、なんのつもりか僕に向かってパチパチと何度も片目を瞑ったり開いたりしてアイコンタクトらしきことまでしていた。

 もしかしてらアイコンタクトじゃなくて、目が乾き気味になってしまっているだけかもしれない、彼女は頻繁ひんぱんに目を見開いているから。


「いや、でも……」

「お願いっ、浅見く~ん!」


 竜胆の調子に合わせて、クラスメイトたちまで「頼むよ」やら「浅見しかいない」やら言い始めている。ここで断ったらクラスに僕の居場所がなくなりそうな雰囲気だ。

 まぁ、元々クラスに全然なじめてないから断っても大きな変化はなさそうだけど。


「わかったよ。やるよ、実行委員……」


 渋々ながらの承諾しょうだくにクラスから歓声が上がる。竜胆の策略にはまってしまったようで釈然しゃくぜんとしないけど、なんだか、その歓声が少し嬉しくもあった。


「はい皆さん注目、じゃあ男子は浅見くんで決定あとは女子だけど誰かやってくれ人いるかな、いないよね困ったなぁ、あっそう言えばわたくし竜胆カナデも同好会でした、同じ条件の浅見くんが引き受けてくれたんだから私もやらなきゃダメだよね、うん、皆もそう思うよね、うんうん、わかった私やります、仕方ないから私が実行委員やります、よし皆がんばろー!」


 息継ぎなしでまくし立てるように竜胆が立候補していた……。

 余りの早口にクラスメイトたちはポカンとしていて、彼女だけが立ち上がり、拳を高々と天に向かって掲げている。


「どうしたの、皆? 私と浅見くんが実行委員やるよ? わかった? それじゃあ、もう一度。頑張ろーっ! おーっ!」


 その言葉に事態を飲み込んだクラスメイトたちが、遅ればせながら竜胆と同じようにユルユルと拳を天に突き上げ始める。

 こうして、僕は竜胆と共に文化祭の実行委員をすることになってしまった。


 まぁ、薄々こうなるような気はしてたよ……。

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