第6話 作法その六 はじめてのやりとり

 作法その六。ヤンデレ娘のメールには、すぐに返事をしてはならない。彼女の再返信が早すぎて何かに追われている気分になるから。



 僕の部屋は一階にある。自宅は一軒家。小さいながらも庭付の家に住めるだなんて、お父さんが必死に働いてくれたおかげだろう。


――スッポンっ。


 今日は休日。予定もなし。たっぷりと朝寝坊できるはずだったのに、軽快な音に反応して僕の脳が目を覚ます。


――スッポンっ。


 再度の軽快な音。机で僕のスマホが光っている。目を擦りながら確認すれば、昨日、竜胆りんどう傍食かたばみ先輩に無理やりダウンロードさせられたメッセンジャーアプリのアイコン右上に③という数字が乗っかっていた。

 一つ目のメッセージは当たり障りのない挨拶。昨日、僕が早寝した後に届いたようだ。

 二つ目と三つ目は、今し方、届いたもので、どれも差出人は竜胆りんどうカナデだ。


――クルヤくん、おはよー。もう起きてる? 私は起きてるよー


――今日は晴れてるね。お出掛け日和かも??


 彼女のからのメッセージを確認し、カーテンをサッと開くと、確かに今日は晴れていた。雲一つない。


――おはよう。確かに晴れてるね。晴れてるから電気を付ける必要もないね。つまり、読書日和だ。


 操作に悪戦苦闘。それとなく話を逸らした文面を返し、机の上にスマホを置けば、すぐに再び軽快な音が部屋に響く。その間、僅か五秒。


――たまには外に出ないと肌が真っ白になっちゃうぞ~


 メッセージを確認するや否や、スッポンスッポンと音が連続する。


――あっ、でもでも、私は色黒の人より白い人が好きかな


――クルヤくんって色白だよね??


――なんちゃって~


手数てかず、多いなぁ。……もしかして僕の返信が遅すぎるの? 取り敢えず、短文で返していくか」


――黒いよ


 短文で返し、安心したのも束の間、彼女の返信は、これまた早かった。


――えー、白いよー。私よりも白いかも?


――この前、友達に言われたんだけど、やっぱり日焼け止めとか塗った方が良いかな?


――クルヤくんは白い女の子と黒い子どっちが好み?


 これ、もう電話した方が早くない? 一瞬、そう思ったけれど、電話なんてしたら延々に喋り掛けられるだけだと気付き、僕は普通に返信することにした。


――白


――だと思ったぁ。じゃあ、これからはちゃんと日焼け止め塗らなきゃ!


――友達に色々教えて貰うね? 目指せ美白! なんちゃって!


――美白になったらクルヤくんが私にドキドキしちゃったりして??


「テンション高いな……。なんなら直接会ってる時より高い気がする……。もしかして寝てないのかなぁ?」


――しちゃうだろうね


 そう返信した後、なぜか竜胆からの即返信がパタリと止んだので、この機を逃さず、僕は洗面所に向かうことにした。寝ぼけ眼でやり取りなんかしていたら、うっかり変な文面を送ってしてしまいそうだから。



 洗面所で会った妹に「イクコが誘った時はアプリ入れてくれなかったのくせにっ。ボッチには無用の長物だとか言ってたじゃんっ。お兄ちゃんのバカっ」と、なぜか怒られてしまった。ちなみに、昨日も丸きり同じ言葉を吐き捨てられた。

 二日連続、同じセリフで怒られるほど僕は悪いことをしたんだろうか……?


――スッポンっ


 妹の態度に納得いかないものを感じながら部屋に戻ると、丁度のタイミングで竜胆からの返信が届く。


「あー、丁度来たと思ったら、もう結構な数が来てるなぁ。……ほとんど世間話だけど、竜胆って暇なのかな?」


――ところで、クルヤくんは何か食べたいものとかある?


――あれだよ? 弟のお弁当を作らなきゃいけないし、男の子の好みを知っておこうって思っただけだよ?


 そんな風に書いてあるけれど、これは確実に後で作られるやつだ。いや、困った。

 もちろん僕は彼女の料理が嫌いなわけではない。嫌いではないけれど、作られないに越したことはない。

 ここは簡単に作れなさそうな料理にしておこう。


「北京ダック、っと。いや、竜胆だからな。これくらいだと作ってくるかな? フカヒレスープもセットにしておこう。北京ダックとフカヒレスープ、っと。これで良し」


「助けてっ、お兄ちゃーんっ! おっきい虫が出たーっ! さっきはバカなんて言っちゃって、ごめんなさいーっ」


 僕がその文面を彼女に送ろうとしたところで、妹の絶叫が耳に届く。


「まったく虫くらいで……。待ってて、イクコーっ。今、助けに行くよ!」


 それから小一時間。虫との格闘を終え、部屋に戻ると、僕のスマホが大変な事になっていた。


「竜胆の独り言が、かなり進んじゃってる……。どうしよう……」


――大丈夫? 何かあったの? 既読になってるのに、返信できないってことは何かあったんだよね? クルヤくんが既読スルーするわけないもん。クルヤくんがしんばい。すぐいくまっててすぐいく


 最新の独り言が僕をして恐怖を掻き立てる。


「既読って? ……これか。余計な機能を……っ!」


 アプリ会社の余計な気遣いに苛立ちを覚えていると、再び、スッポンっと恐怖の音。


——今、公園の前、通ったよ


「僕ん家に向かってきてる……? いやいや、竜胆なんだから、当たり前だよ。あの子は行くと言ったら行く子なんだ」


——今、青い看板のお店の前


——いま、おもちゃ屋さんの前


 思うに、彼女は凄まじい速さで僕の家へ向かって来ている。自転車、ないし全力疾走の速さだ。


「このままじゃ竜胆が家に来ちゃう……。取り敢えず、部屋、片さなきゃ。いやいや、そうじゃない! あっ! そうだっ、僕に何かあったと思ってるんだから、大丈夫って返信すれば良いだけじゃないかっ」


 慌てて操作しようとして、スマホを床に落っことす。スルスルとそれはベットの下へ潜り込んだ。


「こんな時にっ。ダメだ、手が届かないっ」


 必死に伸ばせど、手は届かず、スポンスポンと恐怖が響く。


「よしっ! やっと取れた!」


 スマホの画面を確認すると……。


——いま、あなたのうしろにいるの


 ゆっくりと振り返れば、窓の外には恐怖を顔に貼り付けた汗まみれの竜胆。はぁはぁと息を切らす彼女。

 すぐに僕はメッセージを送った。


——竜胆。不法侵入はダメだよ?


——ごめんなさい


 既読マークを付けないで読む方法、後でググっておこう……。



 作法その六。ヤンデレ娘のメールには、すぐに返事をしてはならない。彼女の再返信が早すぎて何かに追われている気分になるから。ただし、彼女がメリーさん化してしまうので既読スルーは絶対にNG。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る