第5話 作法その五 新しい仲間

 作法その五。ヤンデレ娘に入れこまれている時は部活動に精を出してはならない。部活動にまで嫉妬してくるから。



 ある日の放課後、僕は部活棟として使用されている旧校舎へと足を運んだ。部活棟なのだから目的は一つ。部活動に参加するためだ。


「おはようございまーす」


 挨拶をしながら家庭科準備室の扉を開くと先客の姿。僕と同じ部活に所属している一つ上の先輩、傍食かたばみカオルだ。


「やぁやぁ、おはよう。副部長兼、書記兼、会計兼、会計監査兼、編集兼、読者くん」


 老眼でもないのに眼鏡を下にずらした彼女は、僕に一瞥いちべつくれると、すぐに視線を机に戻す。彼女の手元には原稿用紙と万年筆。


「先輩、また何か書いているんですか? 今度は何です? ホラー? それとも意外に恋愛小説とかですか?」


「刑事ドラマだよ。今回はハードボイルド固茹で卵さ。いやなに、もうすぐ文化祭の季節だろう? このリアリティを追求した大傑作で我ら第二文芸部の底力を憎き第一の小童こわっぱどもに見せつけてやろうと思い立ってな。そうだ、冒頭だけでも読んでみてくれないか?」


 まるで彼女は第一文芸部と僕らがライバル関係の様な口振りだけれど、全くそんなことはない。これは彼女一人の一方通行なライバル視で、実を言えば、そもそも僕らは学校から認可された部ですらなく、今のところただの文芸同好会だ。

 しかも、無駄に並び立てられた僕の肩書を見てわかるように、所属しているのも僕と彼女の二人だけ。


「まぁ、読んでも良いですけど、今回はマトモなんでしょうね?」


「当たり前だ。硬派なリアル路線なんだから、そう無茶な筋書きには出来んよ」


 彼女が椅子から立ち上がり、代わりに僕がその席に着く。冒頭の数行に目を通し、そして、僕は彼女を見上げた。


「あのー、なんで冒頭から宇宙人が登場してるんですか? リアル路線って言ってましたよね?」


「ああ、この作品は、宇宙刑事スペースデカのリアルを追求した刑事ドラマなんだよ。アンパンの替わりに固形食糧をかじり、牛乳の替わりにゼリー状の液体をすするんだ。な、すごくリアルだろ?」


「いや、ファンタジーですよ……」


 もしくは単にSFだ。傍食かたばみ先輩は少し……いや、かなりの変わり者で、これだから彼女は文芸部の方々と折り合いが悪く、そして、僕と同じようにボッチなんだろう。


「そうか? 縄張りの外で捕まえた犯人を他の惑星に引き渡す引き渡さないで揉めるシーンなんて、かなりリアルを追求したつもりなんだがなぁ」


 まぁ、いつも通り変な作品ぽいけど、少し面白そうではあった。



 僕が先輩の力作『宇宙刑事スペースデカそらに舞う』の添削てんさくをしていると、フイに彼女が声を上げた。


「ああ、そう言えば、浅見くん。忙しいところすまないが、君にサプライズがあるんだよ。聞いて驚け。実は今日――」


 言い終わる前に扉がガラリと開く。現れたのは竜胆りんどうカナデだ。


「り、竜胆っ!?」


 本当のことを言えば、いずれこの日が来ることは察していたし、添削中ずっと彼女がドアの隙間からこちらを覗き込み、入るタイミングを伺っていたのも知っていた。

 先輩が聞いて驚けと言っていたから、驚かないと悪いかな、と思っただけだ。


「今日からこの文芸同好会に入ることになった竜胆カナデです。よろしくねっ、クルヤくん」


「というわけだよ。はははっ、まさに驚天動地と云った表情だね。……いや、しかし、君の言いたいこともわかるよ? あれだろ? 彼女が栄えある第二文芸部に入る資格を有しているのか、と疑問を覚えたのだろう?」


「え? 僕、そんなこと一つも思ってないんですけど……」


「なに、安心したまえ。そこは抜け目ない私だ。竜胆くん、ちゃんとアレは終わらせてきたね?」


 先輩は人の話を全く聞いていない様子だ。


「はい。一応作ってきました。あんまり自信ないですけど……」


 竜胆の手にはわら半紙が二枚。彼女はチラチラと僕とそれとを交互に見ている。


「浅見くんも知っての通り、この第二文芸部、通称、二文に入るためには、それなりの資質が要る。つまり、当然の如く入部試験がある」


「え? 僕、そんなの受けてないんですけど? というか、半ば強制的に入会されられた記憶あるんですけど? ……そもそも、僕、読み専ですよ?」


「試験は簡単。何でもいいから作品を一つ作り上げること。文学であれば短くても長くても良い。私がそれを見て彼女の資質を判断しよう。さぁ、恥ずかしがらずに発表したまえ、竜胆くん」


 全く僕の話は無視だ。新たな仲間の出現で、今日の先輩は少し興奮気味なのかもしれない。


「あの……、短歌、作ってみたんですけど、変でも絶対に笑わないでくださいね? クルヤくんも笑ったりしたら怒るからね?」


「大丈夫さ。第一の奴らじゃあるまいに、ここには人の作品を笑うような人間は存在しない。私も浅見くんも人格者だよ?」


 先輩の言葉に竜胆が自分の胸を両手でトントンと叩く。緊張を解しているんだろう。

 そして、息を整え、彼女は詠み上げた。


――浅く見ゆ 歳極月としはすづきに うね雲の 寒空さむぞらの中 行くや来るやと


 ……彼女は歌の中に僕の名前をねじ込んでいた。

 でも、決して笑わない。笑えるはずがない。

 マトモな作品だし、僕の名前を短歌にねじ込むため、彼女は頭と時間をかなり使ったに違いはないんだから。


「やっぱり変だったかなぁ?」


「悪くないと僕は思うよ? 雲の様子で師走の人の往来を表現したんでしょ?」


 自分の名前を使って歌を詠まれることに気恥ずかしさがあったからだろう、僕は、ねじ込みに気付いていないフリをしていた。


「ふむ……合格だ。まぁ、もとより不合格にするつもりはなかったが、文句なしの合格だよ。で、もう一作品あるようだけれど、そちらは私用かな?」


「あ、はい。合格は貰いましたけど、こっちも詠みますか?」


 先輩の「もちろんだとも」という言葉に、竜胆が頷く。そして、彼女はもう一つの歌を詠み上げた。


――つの葉を 探してみても 見当たらなくて よく見てみれば カタバミでした


 ……まぁ、確かにクローバーとカタバミは似ている。

 それはさておき、だいぶ歌の質が下がった気がする。でも、これが本来の力量なんだろう。


「……ハレルヤっ。いや、自分の名前で詠まれるというのは中々に恥ずかしくもあり、しかして、嬉しいものだな。竜胆くん、今日から共に切磋琢磨していこうじゃないか」


 まぁ、先輩は嬉しそうだし、作品の質なんて別に構いやしないか。


「これからは放課後もずっと一緒だね? ずっと……ず~っと」


 隣に座った彼女が僕の耳元でそうささやく。僕は耳が遠いフリをして添削作業を再開した。



 作法その五、改正。ヤンデレ娘に入れこまれている時は部活動に精を出してはならない。部活動にまで嫉妬してくるから。ただし、彼女自身も入部してきたら、その時は諦めて部活動に精を出すべし。


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