第3話 作法その三 ストーキング竜胆

 作法その三。ヤンデレ娘にストーキングされている時は、気付いていないフリをしなければならない。バレていると悟られた場合、接近戦に持ち込まれる可能性があるから。



 学校の帰り道、視線を感じて何となく振り返ると、電柱の陰に慌てて隠れた竜胆りんどうカナデの姿が目に入った。何やら僕をストーキングしている様子だ。


「あー。今日も天気が良いなー」


 気付かなかったフリをして、空を見上げる。


「今日はまた一段と目がやばいなぁ」


 僕の様子を伺うように電柱の陰からスーっと出てきた彼女は、距離があるせいか、普段以上に目をバッキバキにしてしまっていた。



 竜胆を発見してから数分、僕は早くも接近戦に持ち込まれていた。今、彼女は、僕の左方向一メートル先にある電柱に身を潜めている。まぁ、「身を潜めている」と言っても、そのつもりなのは彼女だけで、こちらからは丸見えだ。


「浅見くんってば、猫ちゃんと遊んであげてる。……優しい」


 このように彼女のつぶやきすら丸聞こえなほど距離が近い。こんな事になってしまったのは、僕が道端で見つけた猫に「怖くないよ〜。こっちにおいで〜」なんて言ってしまったからだ。

 僕の「おいで」に素早く反応した彼女がニコニコ笑顔でこちらに駆け寄ってきたのだけれど、たぶん彼女は少しの間、自分が僕に呼ばれていると勘違いをしていたんだと思う。

 あの時、僕が真に迫った気付かないフリを続けていなければ、きっと、今みたいな珍妙な状況にはならなかったんだろう……。



「首輪が付いてるってことは、お前、飼い猫なんだな。家はこの辺りか?」


「結構、遠いかにゃ〜。歩きだと一時間くらい掛かるにゃ」


 いや、竜胆には聞いていない。僕は目の前の猫に聞いているんだ。まさか彼女は語尾に「にゃ」を付けたくらいで、猫が喋ったと僕が考え違いするとでも思ったんだろうか?

 でも、まぁ、たまには彼女にノッてみるのも面白いかもしれない。


「ね、猫が喋った!? 今、お前が喋ったのかっ??」


「えっ!? あっ、そうだにゃ! 今のは私にゃ! 私は喋れる猫ちゃんなんだにゃ! ……ちゃ、チャ○ちゅ〜るが食べたいにゃ!」


 ノッてみたら、予想以上に竜胆が焦っていた。どうやらノープランだったみたいだ。でも、自分で撒いた種なんだから、最後までしっかりと演じてもらおう。


「喋れる猫なんて初めて会ったよ。感激だなぁ。でも、ごめんな、今、チャ○ちゅ〜るは持ってないんだよ」


「き、気にしなくて良いにゃ。言ってみただけなんだにゃ〜。……ところで話は変わるけど、浅見くんの好きな食べ物は何かにゃ? 猫ちゃんはとっても気になるにゃ〜」


 もし、ここで僕が好きな食べ物を発表したら、後日、竜胆に振る舞われることになるんだろうか? それは、ちょっと困る。取り敢えず、話をらそう。


「そうだなぁ……。って、あれ? なんで僕の名前、知ってるの?」


「えっ?」


「だから、なんで僕の名前を知っているの? って」


「それは、その、あの……。にゃ〜。ごろにゃ〜。にゃんにゃん。ふしゅるふしゅる」


 誤魔化すつもりなのか、竜胆が完全な猫になってしまった。言葉だけではなく、行動まで猫のそれで、手を猫の手の形にして電柱を掻き掻きしている。

 でも、目の前の猫が喋っているテイなんだから、行動までマネる必要はないと思う。


「あっ、そう言えば、最初に自己紹介したんだっけ? 僕、ビックリして忘れてたよ」


 もちろん猫に自己紹介なんてしているわけがない。流石に、それはメルヘンが過ぎる。単に、竜胆が猫化したままだと話が進まないから助け船を出しただけだ。


「そ、そうなんだにゃ。自己紹介されたんだから知ってるに決まってるにゃ。も〜っ、浅見くんってば! なんだにゃ~」


「ははっ、ゴメンゴメン。で、好きな花の話だっけ? 花なら僕は向日葵ひまわりが好きかな」


「あれ? そんな話してたかにゃ? まぁ、いいにゃ。じゃあ、次の質問いくにゃ。浅見くんは……今、好きな子とか……いたりするにゃ?」


 電柱から身を乗り出す竜胆の姿を視界に映す。ふざけた語尾とは裏腹に表情は真剣そのものだ。

 たぶん彼女は最初から好きな何々からこの質問にそれとなく移行するつもりだったんだろう。だったら、僕はこう答える。


「いないよ」


「……そっかぁ。いないのかぁ」


 竜胆が語尾に「にゃ」を付けることすら忘れて、ガクッと肩を落としてしまった。もはや完全に電柱から全身がはみ出していて、少し気の毒にすら思えてくる。


「でも、まぁ、気になってる子ならいないこともないかな」


「それを先に言うにゃ! どんな子にゃ!?」


「知りたいの? んー、猫とは言え、教えるのは少し恥ずかしいしなぁー。どうしようかなぁー」


「なんでらすにゃ! 教えて欲しいにゃ! せめてヒント、ヒントだけでもくださいにゃ〜っ!」


 興奮したのか、ついに竜胆が普通に電柱から出てきてしまう。ちなみに、彼女は気付いていないみたいだけれど、とっくに猫はどこかに行ってしまっている。


「仕方ないなぁ。じゃあ、ヒントね。僕が気になってる子は、日本で暮らしている十代の日本人女性だよ。目と口と耳と鼻はあるね」


「え? それって……。な、なんか私のことっぽいっ!?」


 該当者は日本に五百万人くらい存在しているはずなのに、今の条件だけで自分まで絞り込めてしまえるのが不思議だ。


「ああ、それと料理が少し苦手っぽいかな。でも、他の人がどう思うかは知らないけど、その子の料理って愛情がこもってて、たとえ邪悪な料理であっても僕は嫌いじゃないよ」


「料理が苦手?? ウソ……。なんか私じゃないっぽい……」


 なんで、さっきの条件で自分まで絞り込めて、この条件で除外するんだろ? まぁ、本人は自分が料理下手だなんて思っていないだろうから仕方ないけど。


「あとは、そうだなぁ。その子は、ん〜、あ〜……二足歩行できるね」


「やっぱり私っぽいっ!?」


 なんか竜胆が隣で小躍りしているし、そろそろ潮時かもしれない。


「あれ? 竜胆? こんなところで何してるの?」


「えっ!? あっ、浅見くん。こんなところで会うなんて奇遇だねっ」


 彼女は僕に向けて向日葵ひまわりのような笑顔を咲かせていた。僕を見つめてくる時は基本的に目がバッキバキだけど、こんな表情も出来るんだな、なんて僕はこの時思った。


 作法その三、改正。ヤンデレ娘にストーキングされている時は、気付いていないフリをしなければならない。バレていると悟られた場合、接近戦に持ち込まれる可能性があるから。ただし、接近戦に自信があるのならば、試してみるも一興。

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