第2話 作法その二 手間暇かけた手作り弁当

 作法その二。ヤンデレ娘のお手製弁当がどんなにマズかろうとも、マズいと口に出してはならない。最悪の場合、腹部をナイフで刺されてバッドエンドになるから。



 次の日、竜胆りんどうカナデは早くも目の下にクマを作っていた。察するに、遅くまで読書でもしていたんだろう。もし本を好きになってくれたのなら喜ばしい限りだ。


「どしたの、カナデ? すごいクマだよ? コンシーラー貸してあげよっか?」


 竜胆と仲の良いクラスメイトの一人が化粧ポーチの中をゴソゴソと漁っているけれど、貸したところで、そもそもコンシーラーで隠せるようなクマではない。それに、竜胆だって、すでに化粧をしているはずだ。


「コンシー……何それ?」


 竜胆はコンシーラーすら知らなかったみたいだ……。


「はぁ〜、これだから素材が良い子は困るよ。スッピンでも十分だと思ってんだから。でも、絶対、化粧は今から覚えておいた方が良いよ?」


「そうなのかなぁ? でも、お肌に悪いとか言うし、一応、うちの高校って化粧禁止だよ?」


「マジメ過ぎでしょ。女の子は化粧でいくらでも可愛くなれるんだから、悠長にしてると、すぐ皆に追いつかれちゃうよ? で、好きな人を他の女に取られちゃって、やっと後悔するんだ。あー、あの時から化粧の練習しておけばー、ってね」


 クラスメイトがチラリと僕に目線を送り、釣られた竜胆も僕に視線を移す。慌てて僕は机に突っ伏した。


「……それは困る。とっても困る。そんなの絶対イヤ。そんなことになったら私……私……っ」


「いや、冗談だってば、カナデ。カナデは可愛いから大丈夫だって。……いや、顔が怖いって」


 たぶん今、竜胆の顔には狂気が貼り付いているんだろう。机に突っ伏しているため、その姿を見物できないのが僕には少し残念に思えた。



 お昼休み。僕は人気ひとけのない校舎の端っこでボーっとしていた。ボーっとしていたと言っても時間的には一分か、そこらの話で、教室から僕を付けてきていた竜胆がこの場に姿を現したため、僕の癒しの時間はすぐに終わってしまった。


「あれ? 浅見あさみくん? こんなところで何してるの?」


 僕の後ろをずっと付けていたはずなのに、まるでバッタリ出会ったみたいな口振りだ。


「いや、特に何かしてたわけでもないよ」


「なるほど、何もしないをしてたんだね。浅見くんってスゴく哲学的。……ステキ」


 発言の終わり際、彼女が小さく「ステキ」と呟いた気がする。でも、彼女に褒められるいわれもないし、たぶん「哲学的ステッキ」と言ったんだろう。まぁ、その意味はわからないけど。


「じゃあ、僕はこの辺で教室に戻るよ。この場所、使っていいよ」


「え? あっ! ちょ、ちょっと待って!」


 教室に戻ろうと歩き出した僕を彼女に引き留める。見れば、彼女の手にはお弁当箱が二つ。女の子にしては大食いみたいだ。


「ん? どうしたの?」


「あの……。浅見くんってご飯食べないの?」


 確かに、今、僕は手ブラだけれど、食事を摂らない訳がない。もしかして彼女は僕が光合成でも出来ると思っているんだろうか? だったら僕は、こう答える。


「うん。食べないよ。僕は食べなくても平気な種族だから」


 もちろん噓だ。


「嘘……。そんな人、ホントに居たんだ……。前にテレビで食事を摂らない人が居るって見たけど、噓じゃ……なかったんだね」


 いや、たぶん、申し訳ないけど、そっちの話も嘘だと思う……。


「まぁ、食べられないわけではないよ? ただ必要がないってだけで、ちゃんと美味しいって感情もあるし」


 予想以上に彼女が沈んでしまったものだから、僕は堪らずフォローを入れていた。

 正直に言えば、教室で一目見た時から手に持つお弁当箱の一つが僕用のものだと察しはついていた。深く刻まれた目の下のクマも、読書ではなく、きっと料理のために徹夜して出来たものなんだろう。

 だから、僕はわざわざ人気ひとけのない場所まで来たんだ。


「よ、良かった~! 実はね、弟にお弁当を作ってあげたんだけど、要らないって言われちゃって困ってたんだ~。全校生徒に聞いたら、皆、要らないって言うし、このままじゃ無駄になっちゃいそうでっ」


 他の人にあげるという選択肢を消すために全校生徒と彼女は口にしたんだろうけれど、全校生徒が拒絶したものを僕にあげるというのは、それはそれでどうなんだろう……と僕は思った。



 目の前には、丹精込めて作られた竜胆の手作り弁当。なぜ丹精込めて作られたとわかるのかと言えば、料理の全てが消し炭並みに真っ黒だったからだ。これは相当時間を掛けて煮込んだ、ないし焼いたに違いない……。


「すごく手の込んだというか。……時間を掛けた料理っぽいね」


「うん。一生懸命作ったから、きっと、すごく美味しいよ? これがラタトゥイユでしょ。こっちが麻婆豆腐で~。これがブリ大根っ。ご飯は、炊いただけだと腐りやすいかなって思って炒飯にしてみましたっ」


 いや、全部、消し炭ダークマターだ。何の料理かなんて目視では判別できない。せめて、お米だけは、お米のままでいて欲しかった。


「なんか汁気の多いおかずばっかりチョイスしてない……?」


 実際のところ、水分は全て吹き飛んでいるので全く汁気はない。これなら腐敗や味移りの心配もないだろう。まぁ、そもそも僕としては味自体が心配なんだけど。


「やっぱり味染み料理の方が美味しいかなって思って。そんなことより、ほら、早く食べてみて。早く食べないとお昼休みが終っちゃうよ? ……ほら、早く。……ほら、はやくたべて?」


 彼女が僕の顔を覗き込みながら、いつも通り、目を見開く。もう逃げ場はない。僕は覚悟を決めて、途中まではブリ大根だったはずの何かを口に運んだ。


「どうかな?」


「うん。なんかすっごい――」


 ――マズいよ……。


「良かったぁ~。……足りなかったら私の分も食べて大丈夫だからね?」


「あ……うん。ありがと」


 この後、彼女の分まで食べ終えると、余りのマズさに僕の意識が朦朧もうろうとし始めた。薄れゆく意識の中、目を見開いたままにヤンデレ特有の邪悪な笑みを浮かべる彼女と目が合う。

 彼女に悪意なんてない。邪悪なつもりなんてない。邪悪なのは、彼女のお弁当だけだ……。



 作法その二、改正。ヤンデレ娘のお手製弁当がどんなにマズかろうとも、マズいと口に出してはならない。最悪の場合、腹部をナイフで刺されてバッドエンドになるから。ただし、稀にマズいと言わなくともバッドエンドになることがある。

※主人公は死んでいません。彼は頑丈です。

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